甘えさせたいし甘えたいお姉さん

「今日のマシロの絶叫はいいなぁ」


 これまたとある場所にて、マシロという配信者を愛する男が居た。彼は所謂マシロガチ恋勢であり、万が一にも想いが届くかもしれない可能性を考えていた。つい先日にマシロは彼氏の存在を明らかにしたことで男は荒れた。それはもう見るに堪えないほどに荒れた。


 裏切ったなと、ずっと騙していたんだなと……そんなことをずっと男は呟き続けていた。しかし、それでもこうしてマシロの配信を見ているのは単純だ。マシロを諦めきれないだけだ。


「……ちっ」


 とはいえ、マシロの傍に彼氏が居る。その彼氏に見守られているということでメンタルをブレイクされたマシロが立ち直っている……その事実に男は舌打ちをした。どうしてその傍に居るのが俺ではないのか、どうして俺はマシロと現実で会うことが出来ないのか、それをずっと考え続けている。


『よし、これで私はまだ頑張れる』

「っ!?」


 今までマシロが座っていた椅子に彼氏であろう男が座り、そんな男に背中を預けるように真白が腰を下ろす。男の腕がマシロのお腹に回され、たとえ表情が見えなくてもマシロが幸せそうに笑っているのが分かった。


「……なんでだよマシロ!!」


 まあ、この男の姿は特別珍しいわけではない。世の中には自分の推しに異性の影があることが認められず凶行に走る者も居れば、その相手に対して誹謗中傷をする人間だって居るくらいだ。だからある意味、こうしてただ行き場のない怒りを口に出すだけの男はマシな方だった。


「……?」


 そこで男は気付いた。

 このマシロの配信、コメント欄に有名なアカウントの名前があったこと。


「ゲンカク……?」


 元プロゲーマーであり、今はストリーマーに転向したFPS界の重鎮とも言われているゲンカクがコメントしていたのだ。この配信はマシロを見に来ているのだから男を出すのはどうかと苦言を呈すものだ。その言葉に賛同するものは不思議なことにごく少数で、多くの人はマシロの幸せそうな姿に盛り上がっていた。

 まあつまり、このゲンカクの言葉はそこまで拾われなかった。というかマシロは全く気付かなかったのか触れてすらいなかった。


「……はは」


 それを見ていた男にとって、それがどうしてか気持ちが良かった。散々配信でマシロの話題を出していた有名人もまた、自分のようにマシロへの届かない想いに嘆いているのだと考えると尚更だった。


「……俺は」


 自分の推しであるマシロ、アイドルのように追いかけていた彼女に男が居るならもういいか。そう考えて男はチャンネル登録を解除……することはやはり出来なかったのだ。男はそれからもマシロを追い続ける。ファンとして、もしかしたらあるかもしれないIFを願いながら。






「たかく~~~~~~~ん!!」

「よしよし」


 精神を破壊してしまうゲームと話題のつるはしおっさん、そのゲーム配信を終えた後の真白さんである。

 あのゲームによほど疲れたのか、配信が切れた瞬間に真白さんは俺の胸に顔を埋めて動かなくなった。いつもより長く配信していたこともあり、もう既に寝る時間なのだが……真白さんがこの通りなのでずっとこのままだ。


「……もう嫌、私絶対にあのゲームやらないから!!」

「あはは、見てる側としては楽しかったんですけどね」


 嘘偽りなく見てる側としては楽しかった。人間が壊れていく瞬間というか、ゲームによっておかしくなって発狂するのは……その、こう言っては何ですが本当に見ていると面白かったですハイ。

 楽しかったと、そう言った俺に真白さんはむぅっと唇を尖らせる。そんな真白さんの様子に苦笑しつつ、更に強く抱きしめて頭を撫でると、すぐに真白さんはふにゃっと表情を緩めた。


「あんなに苦しんでたのに酷いわ……でも、たか君に楽しんでもらえたなら嬉しいって思えちゃうわ♪ まあ、あんなにたか君を傍で感じられて配信が出来ていたのも幸せだったんだけどね」

「あれはビックリしましたよ本当に」


 まさかあんな形でまた配信に出ることになるとは思わなかったからな。確かにビックリはした……したけれど、ああやって真白さんが俺を頼ってくれることは素直に嬉しかったんだ。だから少なからず俺の姿が見えているとはいえ、思いっきり真白さんに背中から抱き着いてしまった。


「ビックリしましたけど……嬉しかったです」

「ふふ、そう♪」


 さて、いつもは俺が真白さんに甘えることが多いのだが、今日に限ってはその立場はほぼ逆転したようなものだった。


「たか君に膝枕をしてもらうのもやっぱりいいわねぇ」

「まあ言ってもらえばいつでもやりますよ」

「本当に?」

「はい」

「やったわ♪」


 別に断るつもりはないし、こうやって甘えてくれるなら望むところだ。

 触り心地の良いサラサラな金髪の感触を感じながら、真白さんの頭を撫でていると気持ちよさそうに目を細めている。まるで猫みたいな印象を受けるが、真白さんの場合は可愛い猫というより雌の豹みたいな感じかな……なんて、そんなことを口にしたらそれじゃあと言って襲われることになりそうだ。


「そう言えば真白さん」

「なあに?」


 俺はふと気になったことがあったので聞いてみた。


「さっきの配信、ゲンカクさんが来てたらしいですけど気づいてました?」

「え? そうだったの?」


 実は配信が終わって真白さんを慰めていた時、片手間に見ていたSNSでそのことを知ったのだ。ただ見に来ただけではなく、ちゃんとコメントもしていたらしい。そのコメントというのが見たいのはあくまで真白さんであり、男の存在を映すのはどういうことなのかというものだ。

 そのことを伝えると、真白さんは特に表情を変化させなかった。


「ふ~ん、まあ言いたいことは分かるけどあなたにそんなことを言われてもって感じね。別にどうでもいいわ」

「……すっぱり言うんですね」

「本当にどうでもいいもの。色々とゲンカクさんが私に対して言っているのは知っているけど、何度も言うけど気にしたことはないからね私は。そんな人のことを考えるよりたか君のことを考えていたいわ」


 そう言ってニコッと笑い、顔を上げて俺の頬にキスをした。そうして再び膝枕を所望するように頭の位置を戻すのだった。どうやら、まだまだ今日の真白さんは俺に甘えたいようである。


「今日の真白さんは甘えん坊ですね」

「それさっきのお返しかしら? でも……そうね、もっと甘えたいわ」


 視線の先を俺の体に向け、そのまま俺のお腹にグリグリと顔を擦りつける。その位置は色々とマズいからやめてほしい、なんて言いたくもなるけどたぶん真白さんのことだし分かっているんだろうなぁ……。

 それからしばらく真白さんに甘えられる時間を過ごし、いつもより寝るのが遅くなってしまったが無事に今日を終えることが出来た。


 今日の配信に俺が出たこと、真白さんに甘え甘えられていた映像はすぐに切り抜きが作られてしまうほどだった。とはいっても真白さんの活動に影響はなく、むしろどうしてか分からないがチャンネル登録が伸びる結果に。

 そのことについて真白さんも少し驚いていたが、俺とイチャイチャすることに効果があるのだとしたらそれはそれでいいことだと笑っていた。あの様子だとたぶん、これからもふとしたことで真白さんの配信に出ることになるかもしれない。


 さて、そんなこんなで時間は流れて金曜日になった。

 真白さんに話したように両親の元に向かうため、俺は真白さんが運転する車で家まで向かう。サプライズのような感じで帰るのはその通りなのだが、父さんはこのことを知っている。知らないのは母さんだけだ。


「咲奈さん驚くでしょうね」


 きっと凄く驚くと思う。

 ちなみに父さんは今日仕事で帰りが遅いらしく母さんしか今は居ないはずだ。インターホンを鳴らすと、僅かだが近づいてくる足音が聞こえてくる。

 ガチャッと音を響かせ、扉を開けて出てきたのは当然母さんだった。


「は~い! どちら様……」


 前に会った時と変わらない姿、大人の女性にしては小さい身長が特徴的の母さんは本当に若く見える。真白さんの母親であるフィリアさんと仲が良く、二人で歩いているとフィリアさんの妹みたいに見られてしまうこともあり母さんが不満そうにするのも珍しくない。

 小さな身長、ショートボブの綺麗な黒髪、クリっとした瞳と……一言で言うなら真白さんやフィリアさんとは真逆に位置する感じの人だ。


「ただいま母さん」

「お母さまこんばんは」

「……………」


 声を掛けても母さんは目をパチクリとさせるだけでリアクションはない。けれどすぐにその大きな瞳を潤ませ俺に抱き着いてくるのだった。


「たかひさぁあああああああ!!」

「……あ~」

「ふふ♪」


 取り敢えず母さん、息子である俺に抱き着くのはいいけどさ……鼻水を服に付けるのはやめてほしいな。

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