やっぱりお酒に支配されるお姉さん

「それにしてもよく来てくれたわね二人とも」

「はい。私もお母さまに会えて嬉しいです」


 俺に抱き着いて泣いていた母さんもようやく泣き止み、やっとのことで真白さんを含めた和やかな時間がやってきた。俺としても母さんに会えたことはとても嬉しいことで、楽しそうな母さんを見ていると自然と頬が緩みそうになる。

 一つのソファに腰を下ろす俺と真白さんに向き合うように座っている女性、改めてこの人が俺の母である工藤くどう咲奈さなになる。


「それにしても……ふふ」


 母さんは俺と真白さんを交互に見て笑みを溢した。


「電話で聞いたけど、改めて二人を祝福させてちょうだい。おめでとう」

「……うん、ありがとう」


 真白さんと付き合うことになったことは報告していたが、当然母さんに面と向かって祝福されたのはこれが初めてだ。僅かに恥ずかしくなる気持ちを抑え、俺は小さくそう返した。そしてそんな俺の気持ちも分かっているのか、母さんはクスッと笑みを浮かべて俺を優しく見つめるのだった。


「ありがとうございますお母さま。ようやく、ようやくたか君と結ばれることが出来ました♪」


 隣に座っていた真白さんは俺の腕を取り、その豊満な胸元に抱きしめながら母さんにそう言葉を返した。


「本当に良かったわ。あの時の電話で話したと思うけど、本当に隆久はよく我慢した方だと思うのよ。こんな子が傍に居たら色々大変でしょうに」

「……そうだね。本当に大変だった」


 真白さんの言動から態度に至るまで、本当に誘惑が凄まじかったのだ。俺は男で真白さんは女、こんな綺麗な人に惹かれるのは当然だったけれど……俺のツボというかグッと来る仕草というか、そういうのを本当に把握されていたと思うのだ。


「……まあでも」

「?」


 そんな真白さんの全てを含めて好きになったんだけどね。

 いきなり視線を向けた俺に真白さんは首を傾げていたが、母さんが目の前に居るにも関わらずそんな仕草が可愛らしくて俺は大好きですと、そう告げた。


「……うん」


 ピタッと、肩に頬を擦りつけるように真白さんはスリスリと当てて来た。そんな真白さんを見て母さんはあらあらと嬉しそうに微笑み、次いで再び俺を見てやっぱり優しい目で見つめてくるのだった。

 ……こう言ってはなんだがこの空間、とても背中が痒くなってしまう。真白さんにもそうだし母さんの反応も、全てが俺にとって嬉しい事のはずだ。いや実際に嬉しいんだ……でも、やっぱり恥ずかしいモノは恥ずかしい。


「でも、こうやってサプライズしてくれたことは嬉しいけど……せっかくだからご馳走を作りたかったわねぇ」


 まあそれはあるだろうな。知ってるのは父さんだけだし……あぁでも、案外父さんだけが知っていることは言わない方がいいのかな? 別に母さんは何も言わないとは思うけど、どうして黙っていたのって父さんに詰め寄るかもしれないし。

 結局、今回はそこまで凝った物は作れないということで、お肉や野菜はたくさんあったのでしゃぶしゃぶをすることになった。しゃぶしゃぶでもご馳走だとは思うけれどね。俺と真白さんはお肉が大好きなのでたくさんいただくことにしよう。


「ただいま」

「あ、帰って来たわね」


 仕事終わりの父さんが帰って来たようだ。

 リビングで待っている俺たちの元に現れた父さん、流石に前もって伝えていたからか驚きはなかった。


「おかえり隆久。そして真白ちゃんもいらっしゃい」

「ただいま父さん」

「お邪魔していますお父さま」


 既に電話もそうだし、引っ越しの手伝いもしてもらっていたが改めて父さんの紹介をしようと思う。

 父さんは建築関係の仕事をしている人でガッチリとした体格だ。それもあって引っ越しの作業がスムーズに進んだのもあるんだろう。そして顔立ちは渋め……母さんと並んで歩いていたら夫婦にはとても見えない。でもそんな父さんでも母さんのことが大好きだし、真白さんの胸を見てニヤニヤしてしまうような一面もある。

 工藤くどう久明ひさあき、それが父さんの名前だ。


「あら? 驚きがないのね?」

「知ってたからな」

「……え?」


 おっとこれは……。

 今回のサプライズ、父さんは既に知っていたことをべらべらと話した。すると母さんはスッと立ち上がり、父さんの傍に歩いていく。ここから母さんの顔は見えないものの、母さんの顔を見た父さんはギョッとするように表情を変えた。


「二人からサプライズということは聞いたわ。あなたは以前に二人に会っているしそれもあって伝えられたんでしょう。でも、私が知らなくてあなたが知っていたのはムカつくわね。夜、ご飯食べた後にお話ししましょうか」

「……はい」


 何度も言うが、父さんはガッシリとした体格の男性だ。そんな父さんが圧倒的に小さい母さんよりも更に小さく見えてしまう不思議、正に母は強しである。


「お母さまは強いわね」

「そうですね」


 うちの家系だと母さんが一番強いのは周知の事実だ。

 さて、こうして全員が揃ったことにより母さんは夕飯の準備に。真白さんも手伝うようにキッチンで母さんの隣に立った。


「ああやって二人が並んでいるのを見るのは嬉しくなるな」

「……何となく分かるかも」


 自分の母親と付き合っている人が仲良くしている、それだけでも幸せなことだ。まあ真白さんの人付き合いが上手いのか、それとも母さんと父さんが例外なのかは知らないが会った当初から既知のような振る舞いだったのは覚えている。よくよく考えてみるとあれって不思議だよな。


「……ふむ」


 色々と考えていたが、先にお風呂に行ってきなさいと言われ入浴を済ます。その後に俺と入れ替わるように真白さんもお風呂を済ませた。胸が苦しいからとダボダボのシャツを着ているのだが……うん、やっぱり刺激が強い。


「……隆久、羨ましいな」

「あなた?」

「っ!?」


 父さん、母さんの前で不用意な発言はやめておきな。


「私たちは後でいいわよね。それじゃあ食べましょうか」


 そうして、みんなで鍋を囲んで夕飯の時間がやってきた……のだが。

 俺と父さんは二人揃って額に手を当てて溜息を吐く。何故かって? 真白さんと母さんが揃ったらアレが出てくるわけだ――お酒が。


「んもう真白ちゃんったらお上手なんだから♪」

「何言ってるんですかぁ! お母さまは小さくて愛らしいですよぉ!」


 色々と小さい女性と色々と大きな女性がイチャイチャしている。単純にじゃれあっているだけなのだが、やっぱりアルコールが入るとこうなってしまうんだな……。

 俺と父さんは黙ってしゃぶしゃぶを食べていく。すると、既にビールの缶がそれぞれ二本開けられていることに気づいた。三本目に入った二人だがまだ止まりそうになく、俺はつい先日の真白さんの言葉を思い出していた。


『お姉さんお酒には強いんだから~♪』


 実際の真白さんはというと……


「……ぷはぁ! はれ……たか君が分身してる? 見てみてお母さま! たか君がいっぱいいますぅ!」

「あら本当! 私ったらいつの間にこんなに息子を生んだのかしらぁ!」


 ダメだこりゃ。


「分かり切っていたことだ」


 既に悟った様子の父さんだ。

 とまあこんな感じで二人がうるさい時間となったが、無事に夕飯は済ませた。ご馳走様と手を合わせた後、何を思ったのか真白さんが立ち上がって俺の傍へ。


「たか君はぁ……お姉さんに甘えないといけないのです!」

「いつも甘えてますよ真白さん」

「もっともっと! 甘えないといけないのですぅ!!」


 そう言って真白さんはシャツを捲り上げた。

 ぷるんとその姿を見せた巨乳に父さんが飲んでいた茶を噴き出し、母さんが面白そうにケラケラと笑っている。そして、その捲り上げたシャツを俺に被せるように真白さんはするのだった。


「もがっ!?」


 さて、つまりどうなったか……簡単である。

 今俺の顔は真白さんのシャツの中、とても柔らかいモノに直接包まれているということになる。その状態で真白さんが俺を抱きしめてきたので、当然逃げることは出来ず微妙に漂う酒の匂いと、真白さんの谷間から香る匂いをこれでもかと感じるのだった。


「ほらほらぁ、もっと甘えるのぉ!」


 お酒はやっぱり怖い、それを改めて知った瞬間だった。

 そんな騒動が終わり、完全に寝入ってしまった真白さんを部屋に連れて行く。当然のように俺は自分の部屋のベッドに寝かせたが……まあこれも新鮮だな。


「……変わらないなぁ」


 ある程度の家具は減っているけど、ここに居た時とそこまでの変化はない。ずっと小さい頃から過ごしていたこの部屋に真白さんが居るのは不思議な感覚だが、悪くないなうん。


「たか君……ふみゃぁ……く~ん」

「どういう寝言?」


 でへへと枕を抱きしめて寝ている真白さんに俺は苦笑した。

 さて、まだ寝るには早いかもしれないけど真白さんがこの状態だからな。俺も布団を敷いて横になった。真白さんのベッドと違って俺のは小さいから二人で寝るのは難しいからだ。

 ……………


「……あれ?」


 さて、ちょっと気を抜いていたらどうやら寝落ちしていたらしい。

 時間としては0時を回る手前だ。相変わらず真白さんは寝返りを打った程度で起きた様子はなく、相変わらず枕を抱いてそのまま眠っていた。俺はトイレに向かおうと思って部屋を出るのだった。

 用を足してスッキリしたところで、俺は部屋に戻る……わけではなく、何を思ったのかリビングに向かった。


「……これは」


 そこで俺が見つけたのは一つのアルバムだ。

 大切そうに棚の上に置かれていたそれは俺の過去の写真が入っている。手に取ってソファに座り、ゆっくりと開いて順番に見ていき……そして気になる一枚の写真を見つけるのだった。

 そこに映っているのは昔の俺と……そしてもう一人、俺はその女性から目を離すことが出来なかった。


「真白……さん?」


 今よりも幼い真白さん、制服に身を包んだ彼女が幼い俺と共にピースサインを作っていた。

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