彼にだけ色々見せたいお姉さん

「真白さん、今週にでも両親の元に帰ろうと思っています」

「……え?」


 カランコロンと、真白さんは箸を落とした。

 最近両親の元に帰ってなかったので、そろそろ電話で話すだけではなくちゃんと顔を合わせようと思ったのだ。それを伝えたのだが真白さん、この世の終わりを見たかのような表情で呆然としていた。


「……なんで?」

「真白さん?」

「なんで……なんでなんでなんでなんで!? お姉さん何かした? たか君に嫌なこと何かしちゃった!? いやよ……いやいやいやいや!」


 ……あっと、俺はそこで気づいた。

 どうやら真白さんは俺がここから居なくなるのだと勘違いをしているらしい。そうじゃないんだと慌てる真白さんに説明をすると、しばらくしてケロッとしたように笑みを浮かべる真白さんが居た。


「な~んだそうだったの♪ そうね、お父さまとお母さまに直接会うのは大事なことだわ。週末なのね? ならお姉さんが車で送ってあげるわ」

「いいんですか?」

「えぇ……まあでも、たぶんお姉さんもたか君と一緒に泊まることになりそうね」

「あ~……絶対そうなりますね」


 父さんはともかく、母さんは俺が帰ったことを知ったらかなり喜んでくれると思っている。それくらい俺のことを大事に考えてくれているし慈しんでくれている。そんな遠い距離でもないけれど、母さんからすれば息子が家に居ないことを寂しいと感じてくれているんだろう。

 俺の方はそんな感じだが、真白さんに関しても同じことが言える。俺でもビックリするくらい二人は仲が良いし、一緒に飲む酒の量も凄まじいのだ。ここに居る時は全く酒は飲まないものの、母さんと会った時くらいはと言った感じで結構飲むのである。


「真白さんお願いだから酒の量は控えてくださいよ?」

「大丈夫よ~♪ お姉さん、お酒には強いんだから!」

「……はっ」


 思わず鼻で笑ってしまった。

 前にうちの両親と会った時も真白さんは酒を飲んだけど……その時のことを俺は忘れてはいない。


『たかく~ん、お姉さん酔っぱらっちゃったわぁ。介護してぇ』


 べろんべろんに酔っぱらった真白さんが俺に抱き着き、母さんがもっとやれと茶々を入れてきたことがある。その時の真白さんは……まあ酔っぱらってもエッチなのは変わりなく、ボディタッチの量がかなり増えるのだ。それが去年の段階……どれだけ下半身を隠すのに必死になったか絶対に真白さんは分からないだろう。


「ご馳走様でした」

「お粗末様でした♪」


 朝食を終え、俺は学校に向かうための準備をする。思えばこうして真白さんの部屋から学校に向かうのも新鮮な気持ちがする。俺の為に用意された部屋……申し訳ないのがずっと真白さんと一緒に寝ているのでベッドはまだ使っておらず、そのうちちゃんと使ってやるからなとポンポンと叩く。


 鞄を持って玄関に向かうと、パタパタと足音を立てて真白さんが駆け寄ってきた。


「行ってらっしゃいたか君」

「はい。行ってきます」


 そう言葉を交わし、当たり前のように行ってきますのキスをした。

 触れ合うだけのキス、それだけで一日の活力になるようだ。顔を離した真白さんはやっぱり切なそうに瞳を揺らすけれど、俺はそんな真白さんを抱きしめながら今日も早く帰りますと口にするのだった。


「うん、待ってる……でもごめんね? お姉さん凄く我儘で」

「そんなことないですよ。俺だって可能な限り真白さんの傍に居たいんですから。同じですよ俺たちは」

「……ふふ、それもそうね」


 ようやく笑ってくれた真白さんに背を向けて俺は外に出るのだった。

 いつもと同じ光景の続く道を歩いて学校へと向かう。特筆するようなことは何もなく、俺はいつものように学校に着き教室へと入るのだった。


「隆久、カモン」

「お、おう……」


 教室に入った瞬間、俺は変なポーズを決めている宗二に呼ばれた。傍には秋月君と三好君も居り、その二人も宗二同様に変なポーズをしている。

 まあ何となく聞かれることは分かっているけどね。


「隆久……どうやったらあんな人と巡り合えるんだよおおおおおおお!!」


 悔し涙を流すように宗二が俺に抱き着いて来た。いつもなら簡単に振り解けるはずなのに今日に限って妙に力が強い。なので振り解くことが出来ず、俺は仕方なくされるがままになっていた。


「前は遠目で見たけど……工藤君、あれはダメだよ。どれだけ美人なんだよ!!」

「そんなになのか? 俺は見てないけど……気になるなぁ」


 三好君だけは真白さんを見たことがないので分からないみたいだが……まあ彼らに悪いかもしれないけど、自分の大切な人をそんな風に言われるのは悪い気はしなかったのだ。だからそれが嬉しくて笑みを浮かべたんだけど、彼らにはどうやらそれが気に入らなかったらしい。


「彼女持つとそんな風になるのかよ隆久ああああああ!」

「あんな風に……あんな風に寄り添ってラブラブしてるなんて羨ましい!」

「……一体どんな人なんだ気になるぞ!!」


 ……いやごめん、やっぱりちょっとうるさいわ。

 相変わらず宗二に抱き着かれる中、秋月君が三好君に懇切丁寧に教えるのだった。


「綺麗な金髪で、顔も小さくて、すんごい美人なんだ」

「……それで?」

「声も綺麗で……それに、物凄くおっぱいが大きいんだ」

「……っ!!」


 いやなんでそこで俺に敵意を向けるんだ三好君!

 結局それから真白さんはどんな人なのか、どうやって出会ったのかを聞かれたけど俺は簡単なことしか教えなかった。万が一にでも真白さんがマシロだと気づかれるのを防ぐためだ。

 ……まあ、宗二の様子を見る限り大丈夫そうではある。


「でもよぉ、マシロさんが目の前に現れたと思ったんだよなあの胸を見て」

「……ふ~ん?」


 いや、怖いけどかなり鋭くてビックリするよ俺は。

 とはいえ、今のやり取りは他のクラスの人にも見られていた。女子の方はともかくとして、クラスの中心人物のようなチャラチャラした連中には笑われていた。あれはたぶん信じちゃいないし、何より仮に俺と付き合う女性が居たとしても大した女ではないと思ってそうな顔だ。


「……ま、どうでもいいことだけど」


 他人の目や評価なんてどうでもいいことだ。

 俺は真白さんが好きだし、真白さんも俺のことを好きで居てくれる。それだけで俺は十分だし、それ以上を求めるつもりもない。だからこそ、そんな真白さんの気持ちを裏切らないことが大事だと思っている。


「……よし!」

「どうしたんだ……?」

「いや、ていうかそろそろ離れい!」


 小さく意気込んだ俺を宗二が見上げた。俺はいい加減に離れろと、宗二を何とか引き離した。やっぱりああやって見上げられるのは真白さんが良い……って、俺もどんだけ真白さんのことを考えているんだよって話だ。


「……?」


 席に座ってスマホを取り出すとメッセージが届いていた。送り主は真白さんで、メッセージと共に写真も送られている……?


「っ!?」


 思わず、その写真を見てガタンと大きな音を立ててしまった。

 宗二はもちろん秋月君と三好君もどうしたのかと見てくるが、俺は何でもないと平常心を装う。


「……真白さん、これは刺激が強すぎるのでは」


 これでも見て勉強頑張って、そんなメッセージと共に送られてきた写真に写る真白さんはコスプレをしていた。それも最近人気のアニメに出てくるサキュバス、無修正では絶対にSNSには投稿できない衣装である。

 際どい衣装はともかくとして、ベッドの上で四つん這いのような姿で視線をこちらに向けている。俺だけに向けて送っているからこそ表情が見えるのだが……こうして見ると本当に現代に現れたサキュバスに見えてしまう。


「……変に元気が出てしまいそうです」


 そう送ると、帰るまで我慢してと返事が速攻で送られてきた。

 それから真白さんはいつものように、SNSで胸の写真を投稿するのだが、当然俺に送られてきたものより大人しい衣装の写真だった。まあ、それを見て俺の隣の男子三人が興奮していたけど。


「……これがマシロさんかぁ」


 ちなみに、今まで真白さんを知らなかった三好君がこの一枚で一瞬でファンになるのだった。

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