一つ、大人としての階段を上ったお姉さん

 プロゲーマーからストリーマーに転向したゲンカクにとって、マシロという存在は手が届きそうで届かない存在だった。

 昔はそうでもなかったが、今の時代において配信者という職業は人が多くなりつつ人気もあり、そして有名な職の一つになっていった。全く絡みがなかったとしてもコラボ動画であったり、何かの企画で顔を合わせたりとそんなことが起こり得るのもまた配信者だった。


『……すっげえ胸』


 SNSで見つけた一つの写真、胸の写真に目が釘付けになった。それからマシロを追うように配信も見たのだが、写真では感じることのできない躍動感を感じることが出来て大変満足していた。それだけでなく、マシロはゲームもそうだしトークも上手だった。


『推せるわこの人』


 マシロが自身と同じゲームをやり込んでいるというのも嬉しかった。配信者を集めて賞金付きの大会を開いたりすることも多く、いつも呼ばれるゲンカクは当然として人気配信者のマシロももしかしたら呼ばれるのではないか、その時に通話か何かでお近づきになれるのではと思っていた。

 そんな風に淡い希望を抱いていた矢先、マシロが付き合い始めたことをSNSに投稿した。


『……は?』


 最初は信じられなかった。しかし、それはすぐに真実なのだとゲンカクに知らしめることになる。

 その告白があって初の配信にて、顔は映らなかった相手の男と思わしき存在が出演したのだ。一言も話すことはなく、そのまま配信は終了したがゲンカクの脳内にはずっとその時の映像が残り続けていた。

 気になっていた人が自分とは違う男を傍に置き、嬉しそうにその体に身を寄せていた。その豊満な胸が形を歪めるほどに強く抱きしめていた……その光景に、ゲンカクは拳を握りしめるほどの嫉妬を覚えたのだ。


『誰だよこいつ……』


 今までいくらか匂わせるような言葉をマシロが呟くことがあったが、いつまで経っても男の存在は出てこなくて安心していたのだ。そんな気持ちを裏切るようにマシロは彼氏を作ってしまった。


『……………』


 ふざけるなと、そう言いたいがそれが無駄だとも理解している。自分は結局マシロのファンでしかなく、マシロの隣に立つことは出来なかったのだ。胸に巣食う喪失感を感じながら、ゲンカクは気落ちした様子で日常と化した配信を行う。

 リスナーに心配されながらも何とか元気を装い取り繕う。アイドルに彼氏が居たら激怒したり、ファンをやめたりする人が現れるがゲンカクはその気持ちがよく理解できたのだ。


「……くそ」


 今この瞬間も、マシロはあの配信に映った男と一緒に居るのだろうか。それを考えるとモヤモヤする気持ちを振り払うように、ゲンカクはゲームの世界へと没頭するのだった。






「……寝れねえ」


 もう既に数時間前になるのだが、真白さんの配信は無事に終わった。最後に俺が映るという予想外の出来事はあったものの、終わり間近だったので何もおかしなことは起きなかった。


「すぅ……すぅ……」


 隣を見れば真白さんが安らかな表情で眠っている。体をこちらに向けて安心した様子で眠るその姿に、俺はこれも信頼の証なんだなと嬉しくなる。

 さて、明日は日曜日ということで別に夜更かしをしても困ることはないのだが、こうして真白さんが眠ってしまうと俺自身退屈を持て余してしまうのだ。いつもなら真白さんに続くようにすぐに眠れるはずなのに、今日に限ってはやけに目が冴えてしまっている。


 少しだけゴソゴソと音を立てて俺は腕を伸ばしてスマホを手に取った。光で真白さんが目を覚まさないように、真白さんに背中を向けるようにしてスマホの画面を覗き込む。暗い中でスマホを見ると目が悪くなるので、本当に少し見るだけだ。


「……うわ」


 真白さんの配信に映った俺のことに関してそこそこの呟きが見られた。単純に悪口もあるのはあるが、やっぱり真白さんがああやって俺を紹介してくれたのが良かったのか祝福の声もやっぱり多かった。

 配信が始まる前も、終わった後にも心配しなくて大丈夫とずっと真白さんは俺に言い聞かせていた。これを見ると、やっぱり俺の考えすぎだったのかなと苦笑してしまう。


「……ふわぁ」


 っと、眠たいわけじゃないのに欠伸が出てしまった。そろそろ眠たくなるのかなと思って俺はスマホを置くのだった。


「……ふむ」


 とはいえ仰向けになっても眠れないので俺は真白さんと向き合うように横になる。


「……真白さん?」

「……すぅ……すぅ」


 当然眠っているので俺の問いかけに反応はない。綺麗な寝顔を見ることが出来るベストポジションだが、夏ということもあって毛布は全身に掛かっていない。なので配信後にボタンを外したその谷間が丸見えというわけだ。

 こうしていると、いつも悪戯をされることが多いのでその仕返し……というほどのことでもないがちょっと俺も触りたくなってしまう。


「……ツンツン」


 頬に触れてみるとくすぐったそうに動くが目は覚まさない。

 ……よし、いつもかなり過激なことをされているしこれくらいは良いんじゃないかと思い、俺はその果実へと手を伸ばした。


「……柔らかいなぁ」


 いつも押し当てられているし、何なら触れたこともあるのでそれはもう分かっていることだ。それに……っと、そこまで考えて俺は首を振った。あの時のことを思い出すのは流石に刺激が強いしまた少し訪れた眠気が吹き飛びそうだった。


「……ぅん……たか君……っ」


 夢の中で俺が現れているのか、真白さんは寝言を言っていた。どことなく表情がニヤニヤしているような気がするけど、起きているわけではなさそうなのでそのまま俺は真白さんの胸に触れ続けた。


「たか君……そのまま……いっぱい触ってぇ……」


 いや、起きてるわこの人。

 よくよく見てみれば半分目が開いてるし……とはいえ、少し前の俺ならこんな時さっと手を離していたんだろうけれど、そこまで慌てることはなかった。やっぱり付き合うことになったという認識が大きいのかな。


「真白さん起きてますか?」

「……すぅ……すぅ」


 ……よし、悪戯を続けてみよう。

 とはいっても特別強く揉んだりはせず、あくまで優しく宝物を扱うように触れていた。いやらしい気持ちになるのは当然だけど、それ以上にこの柔らかさと温もりに触れているととても安心するのが不思議である。

 指を滑らせていると、何か固いものに引っ掛かる感覚があった。


「っ……」


 ピクッと震えた真白さんの体、俺はドキドキする心を抑えるように手を離した。


「真白さん、好きです」


 そう告げると、真白さんはゆっくりと目を開けた。

 少しだけ切なそうな表情の真白さん、その頭の後ろに手を回すようにして俺は顔を近づけた。

 言葉はない、でも真白さんは目を閉じて唇を突き出してくる。俺は真白さんの唇にキスをし、今日は俺からその先をしてみるのだった。


「……たか君……っ! たか君……!」


 俺のことを呼びながら身を寄せ、更に足も絡ませるようにしてきた。結局のところ俺はどうしようもないほどに真白さんに惹かれていた。もっともっとと彼女が俺を求めてくれるように、俺も彼女を求めているのだ。


「真白さん、いいですか?」


 その問いに真白さんは頷いた。

 そうして時間が過ぎれば呆気なく、俺と真白さんは揃って天井を見上げて物思いにふけていた。

 余韻を楽しむかのように握られている手の感触、そして温度を感じながらただただゆっくりとした時間を過ごす。


「ねえたか君」

「はい、なんですか?」

「幸せよ凄く。もちろん、このことだけが幸せなんじゃなくてたか君と一緒に居れば全てが幸せよ。でも……ふふ、いざこうなると喜びが半端ないわね」


 視界の隅に脱ぎ散らかされた寝間着が意味するように、彼女は全裸でそれは俺も同じだった。お互いがお互いを求め、いつもよりも深く繋がった今日という日……真白さんと俺はとっくに眠っているはずなのに、今日はもう日付が変わってしまった。

 隣に居る真白さんがもぞもぞとしながら距離を詰め、ぴったりと俺にくっつくように身を寄せてくる。後で少しシャワーを浴びないと、そう思わせるくらいにはお互いに汗でベトベトだ。


「ねえたか君、お互いに一つ階段を上ったわね」

「……そうですね」

「そしてお姉さん、たか君に染められちゃった♪」


 まだまだ、真白さんの言葉に俺が照れてしまうのもある意味いつも通りの光景なのであった。





【あとがき】


目標だった星1000を突破できましたありがとうございます。

これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

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