ついに知られてしまったお姉さん

 引っ越し作業を終わらせたその日の夜、更に言えば真白さんが俺と付き合っていることをカミングアウトした後のことだ。真白さんは面白がっていたが、俺としては真白さんの投稿に対するリプを見るのが大変怖かった。


「……でも意外と受け入れられてるんだな」


 俺が予想したよりもおめでとうございますといったコメントが多かった。もちろん否定的なコメントもあり、クソビッチとか金返せとか、登録解除しますとかいったコメントもそれなりにはあった。しかし、どちらかと言えばやっぱり祝福の声の方が大きかった気がする。


「少し気は楽になったかな」


 ふぅっと、一息吐くように俺は呟いた。

 既に夕飯は済ませており、真白さんは今お風呂に入っている。風呂から上がったらすぐ配信を始めるらしいけど、もちろん俺も同室で真白さんを見守るつもりだ。


「……あ~」


 そしてあの人――ゲンカクの投稿を見つけた。


『マシロさんの投稿に絶望しています。次の大会……どうだろうなぁ』


 そのコメントに元気出せと言ったり、たぶん女の人なんだろうけどあんなクソ女気にしないでとか書かれていた。そのコメントには少しムッとしてしまったが、まあそこに目くじら立てても仕方ない。


「この人イケメンだからやっぱり信者っていうか、そういう人は多いのかな」


 最近のストリーマー部門の人は基本的に顔出し配信をしている。元々プロゲーマーだった時点で顔出しはしていたので今更だが、男の俺から見てもこのゲンカクって人は結構イケメンである。


『そう? その辺でよく見る顔じゃない? たか君の方がかっこいいわよ』


 以前こう言われたことがあったけど、やっぱり好きな人にかっこいいって言われるのは凄く嬉しかった。よくよく考えてみたら、俺は結構前から真白さんのことが気になっていたんだなとある意味納得した。

 それから暇を潰すようにSNSを見ているとようやく真白さんが戻ってきた。


「ただいまたかく~ん!!」

「おっと……」


 ジャンピング抱き着きをしてきた真白さんを受け止め……られるわけがないんだなこれが。とはいえ背中はソファだし、顔面は真白さんの胸に包まれたので当然痛みはなかった。


「何を見てたの?」

「SNSを少し」

「あぁ、思ったより大丈夫だったでしょ?」

「そうですね。ちょっと安心しました」


 こうしてるとまるで真白さんの胸と話をしているみたいだな……。

 押し倒した俺の腰に跨るように体を起こした真白さんだが、今日は珍しく胸元のボタンをしっかりと留めていた。それでもかなりきつそうで間から肌が見えているし今にもボタンが外れそうだった。


「たか君」

「何ですか?」

「ボタン、外れそう」

「え――」


 その瞬間、パツッと音を立ててボタンが飛んだ。丁度胸の部分を守っていた場所のボタンが飛んだことで、胸の部分のみ真ん中が開いているような形になる。上から二つ外して谷間を見せるのではない分……これはこれでかなりエロい。


「まるでズリあ――」

「そこまでです真白さん!」


 危ない発言をしそうだったので口元に手を当てて塞いだ。真白さんは一瞬驚いた風だったが、俺の塞いだ手を舐めるようにペロッと舌を出して来た。もちろん手を離そうとしたのだがガシっとそのまま手を掴まれる。


「じゅる……れろ……」


 まるでアイスを舐めるように指であったり、指と指の間をペロペロと舐められること数十秒、満足したのか真白さんは手を離してくれた。


「ご馳走様でした♪」


 下唇を舐めるような仕草でそう言われ、俺はその真白さんの妖艶な雰囲気についいやらしさを感じてしまった……いや、誰でも感じるだろこんなの。

 それから配信部屋に向かった真白さんを追うように俺も向かう。いつものように配信前の準備を終わらせると、いつもの場所に控える俺を見つめてきた。


「本当に大丈夫だからそんな顔をしないで?」

「……そんな顔してましたか?」

「えぇ、凄く心配しているような顔をね」

「……………」


 流石にやっぱり心配にもなるというものだ。

 そんな俺を気遣ってか、真白さんはもう一度立ち上がって俺の元へ。そしていつものように抱きしめてくれた。


「いつも通りにすればいいのよ。たか君、お姉さんを信じて配信が終わるまで見守っていてちょうだい。お姉さん頑張るから♪」

「……はい。分かりました」


 真白さんの笑顔に俺は頷いた。

 改めて席に座り、真白さんは一度深呼吸をして配信開始のボタンを押すのだった。


「みなさんこんばんは~」


:こんばんは!

:きたあああああああ!

:付き合うこと驚きました

:匂わせていたもんな

:あり得ねえわ

:クソビッチ

:死ね

:ガチ恋怖いです

:おめでとうマシロさん!

:10000¥ご祝儀です

:おめでと~!!


 そこまで多くはないが、やはり厳しい言葉はありそうだな。

 真白さんはそれを見ても全く表情を変えなかった。変えないというより、ある程度の予測が当たったのか少し微笑んでいる?


「一万円ありがと♪ でもご祝儀は少し早いかなぁ……相手の子とは結婚までしたいとは思うけどね。ううん絶対するしてみせる。絶対に逃がさないから」


 逃がさないから、いつものようにその言葉の時は俺を見つめていた。


:お、おめでとう……

:こわ

:きも

:相手の子ってことは年下?

:ショタコン?

:金返せクソ女

:お前が勝手に投げ銭したんだろw

:相手の男はどれだけ前世で徳を積んだんだ?

:今から死んだらマシロの子として生まれる?

:最高かよ

:やめろww


 コメント欄の流れはいつものように早い、でも真白さんへの罵声を塗り潰すくらいに他のコメントの方が多い。


「相手の子は年下だよ? でもショタコンはやめてそこまで年下じゃないから」


 ショタコンか……でも、真白さんみたいなスタイルが良い美女の人が幼い子を襲ったりする同人誌とか人気の世の中だし、そのコメントには少し笑ってしまった。自然に笑ってしまいそうになったので口元を手で押さえたけど、僅かでも音は拾われてないみたいで安心した。


「まあでも予想した通り、何人か厳しいこと言われるけどそこまで受け入れられてないわけじゃなさそうで安心したかな」


:まあちょっとビックリしたくらいかな

:俺はロスがやばい……

:それでも推しが幸せなら満足です

:黙れ

:クソ女

:別にアイドルとかでもないんだし良いと思うけどな

:金払ってたやつどうなんの?

:だから勝手に払ってんだろうが。それでおかず提供してもらってんだろ

:草

:ぐうの音も出ない


 相変わらず少しの罵声、そして文字に起こせないような過激なことを言っている人も見られるが概ね好意的……なのかな。7:3くらいの割合だと思う。

 ほら大丈夫でしょ、そんな視線を向けてきた真白さんに俺は頷いた。真白さんはクスッと笑みを浮かべ、少しだけ真剣な感じで話し出した。


「その子のこと、本当に大好きなの。何よりも大切で、ずっと傍に居たくて、それくらい愛してるの。私にとって全てと言ってもいい、それくらいに大切な存在なの。だから恋人になって凄く嬉しくてね、私すっごい迫っちゃったわ♪」


:羨ましい

:その男殺したい

:殺すはやめとけ

:今の時代すぐに捕まるからやめとけ

:嫉妬は見苦しいぞ

:優しい声音はいい

:幸せそうでおじちゃん嬉しい


「仕方ないとは思ってるけど変なこと言うのはやめてね? 私のことならいくらでも罵倒してくれても構わないけど、彼を悪く言うのは許さない……って、ネットの配信だからそんなことを言っても仕方ないけど。それくらい、私はその子のことが好きだって言っておくわ」


 感情の起伏で声音の変化は当然だけど、いつもより声のトーンが低かった。それだけ俺を大切に想ってくれていることが伝わってくる反面、真白さんの内に秘める怖さのようなものを知った気分だ。


:俺は応援するよ

:まあおっぱいは逃げないもんな

:だな。これで遠慮なく邪念なしで見れる

:おっぱいを見てる時点で邪念があるのでは?

:草

:草

:これからも癒されに来ます

:お幸せに

:50000¥

:無言ニキかっこいいっす

:てか一万人くらい減ったね


「五万円ありがと♪ ……あぁほんとだ。まあでも気にしてたら仕方ないよ。これから私はまだこの仕事を続けていくし、すぐに取り返すから百万人も夢じゃないってきっと♪」


 いつの間にか罵声を浴びせる人たちはかなり少なくなっていた。もちろん目を凝らせば見つけることは出来るけど、好意的なコメントに流されて目に留まることはそんなになさそうだった。

 そんな中、俺は宗二のアカウントを見つけた。


:これからも追いつづけるので頑張ってください!!


「ありがと♪」


 真白さんはそれが俺の友人だとは知らない、けど次に宗二と話す時にはコメントを拾ってもらったって喜ぶ姿が見れそうだ。


「そうそう、このチャンネルとは別にサブチャンネルを開設しようと思ってるの。そこではまあカップルチャンネルみたいなものね。彼とのことを少しずつ発信しようと思ってるんだ」


 言ってしまった……すると、真白さんが何やら俺を手招きした……え?


「実を言うと、彼今そこに居るんだよね」


:マジで?

:同棲してるのか……

:そらそうやろ

:いいなぁ

:マシロさんみたいな人とどこに行けば会えますか

:胸デカいだけならそれ専門の風俗に行けば会えるぞ

:金掛かるやん

:金掛からない出会いを期待してんじゃねえ

:そんなだからこういう配信に来てんだろ

:やめろ、その言葉は俺にも刺さる

:俺もだ

:死にたい


 相変わらず真白さんは俺を手招きしてるけど……ええい、こうなったら俺も腹を括るしかない。

 真白さんに応えるように歩いていきその隣に腰を下ろした。


「じゃ~ん!」


 カメラを少しずらして真白さんと同じように首から下の俺が映り込んだ。その瞬間コメント欄が更に加速したけど、どうやらこれで今日の配信は終わりらしい。


「それじゃあみなさん、今日はありがと! またサブチャンネルに関してはSNSで告知するから見てね? ではお疲れさまでしたバイバイ!」


 配信が切れる直前、真白さんが思いっきり俺に抱き着いた。最後に残った映像としては、俺の胸元で形を歪める大きな胸だった。


「ありがとうたか君」

「いえ……何も喋りませんでしたけど」

「いいのよ。その内嫌でも喋ることになるんだから」

「……頑張ります」


 その時がいつになるか分からないけど緊張するな。

 でも、こうして今日の配信はそこそこいい雰囲気で終われたと思う。配信が終わったのだから後は思う存分イチャイチャしたい、そんな真白さんの気持ちを表すようにずっと俺は抱き着かれていた。

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