未来図を語るお姉さん

「この芸人さん最近よく出てるな」


 真白さんがシャワーを浴びている間、俺はリビングでテレビを見ていた。テレビの画面には今旬の芸人がネタをやって観客を笑わせている。見ている俺として少しクスッとしてしまうくらいには面白かった。

 時計を見てみるとまだ九時なので真白さんが戻ってきても寝るにはまだまだ早い。


「ふぅ、スッキリしたわ」

「おかえりなさい真白さん」


 相変わらず胸元のボタンを外した状態で真白さんが戻ってきた。シャワーを浴びるだけとはいっても、髪の毛を乾かす時間は女性なのでそれなりに掛かる。真白さんの髪がとても綺麗でサラサラとした感触なのは、きっと手入れをキッチリしているからだと思う。


「たか君はまだ寝ないわよね?」

「寝ませんよ?」

「そう、じゃあお姉さんたか君を味わおうかしら」

「……はい?」


 味わうとはなんぞや、真白さんはソファに座る俺の隣に腰を下ろした。その影響で風呂上がりのシャンプーの匂いであったり、真白さん自身の甘い香りが鼻孔をくすぐってくる。


「たか君はそのままテレビでも見てゆっくりしているといいわよ?」


 そう言って真白さんは俺の方へ顔を近づけ、ペロッと耳を舐めてきた。


「ちょ!?」

「ふふ、ほらほら楽にして」


 逃げられないようにガシっと肩に手を置かれ、真白さんはそのまま耳舐めを再開した。ヌルリとした温かい舌が耳を這う感覚にゾクゾクとしたものが背中を走る。味わうってそういうことかと納得しつつ、これでテレビに集中しろというのが無理な話だった。


「真白さん……降参していいですか?」


 俺は速攻で白旗を上げるのだった。

 真白さんとしてはもう少ししたかったみたいだけど、分かったわと一応納得してくれて代わりに膝枕をされることになった。

 頭を撫でられる手は別に、お腹に置かれた手がリズムを刻むように優しくトントンと叩いてくるので少し眠くなってしまいそうだった。


「何というか……」

「どうしたの?」

「俺、真白さんに甘やかされてダメになる未来が見えます」

「あらあら♪」


 俺は結構危機感を抱いているのだが、逆に真白さんはニコッと笑みを浮かべた。

 何をするにも肯定され、いつも甘えさせてくれて、俺にしか見せない表情を見せてくれて……それだけでも真白さんに夢中なのに、逆に真白さんを俺を全面的に信頼して頼ってくれるし愛してくれる……はぁ、溜息が出そうなくらいに素敵な女性すぎてある意味困ってしまうのだ。


 まあ、おんぶにだっこされるつもりはない。俺は俺に出来ることをしっかりと考え相談もしながらやっていく。真白さんの手伝いで機材の手入れや動画の編集もそこそこやっているが、それ以上に何か出来ることはないのか……それを模索していくことが大事なんだろう。


「お姉さんとしては、たか君にはどっぷりと溺れてほしいのだけどね。お姉さんの傍で、お姉さんだけのたか君になってほしい。お姉さんだけを愛して、お姉さんだけに愛されてほしい」

「……………」


 まるでいつぞやのASMRの収録のように、脳に直接響くかのような声だ。あやふやな感覚をそうしなさいと命じるように固定させるような、麻薬のような甘さに痺れそうになる。


「そうやって永遠に二人だけで過ごしていく……素敵じゃない? お互いに愛する人の傍に居るの」

「それは……素敵ですけど」

「まあ、重たいわよね」


 そこで真白さんはおどけるように笑った。


「それくらいお姉さんはたか君を愛してるってことよ。もちろん、たか君のことを知っているから浮気とかはしないでしょうけど……それでも少し心配しているわ」


 こんな素敵な女性が傍に居て浮気なんて考えられないんだが……。


「真白さんみたいな女性が傍に居るのに浮気はしないでしょ。てかこんな話前もしませんでした?」

「そうかしら? でも……そうね。たか君は浮気なんてしないわよね絶対。だってこんなにもお姉さんのことが大好きだものね♪」


 そのまま体を前に倒すことで、俺の顔をぷにぷにとした感触が包み込んだ。別にこの大きな胸を……ええい、それも含めて大好きですよはい!

 大好きですよと、そう言葉にしようとしたのだが口元を覆われているのでくぐもった声になってしまう。真白さんからすれば胸に振動を感じたらしくくすぐったそうに身を捩った。


「くすぐったいけど……うふふ。ほれ、ほれほれ♪」

「むぐっ……」


 真白さんの胸が襲ってくる……っ!

 それからしばらく真白さんに攻められ、俺が満足した真白さんの膝枕から起き上がったのは数十分も経った後だった。


「気持ちよかった?」

「あい……」

「それは良かったわ♪」


 次いで今度は普通に抱き着いてくるのだった。こうなると俺が腕を真白さんの体に回すように伸ばし、今度は俺が真白さんの頭を撫でるのもいつも通りだった。

 そうしてのんびりと二人でテレビを見ながらゆっくりしていた時、真白さんが少しだけ真剣な声音で口を開いた。


「ねえたか君」

「はい」

「私ね、その内付き合っていることを公にするつもりよ」


 思わず真白さんの表情を見た。彼女は真剣に俺を見つめている。真白さんはそのまま俺を見つめながら言葉を続けた。


「別にプライベートのことだからそんな義理はないのだけど、私の夢のためにはそれは必要だと思うのよ。たか君と一緒に動画を撮る、私はこの人と生きていくんだと残すために」


 前から真白さんは俺と動画を撮るのが夢だと言っていた。生配信だって一緒にやりたいし、旅行動画や料理動画など俺を交えて色んなことをしたいと言っていた。けれど今の真白さんの立場からすればあまりにも障害が多すぎるのだ。


「別にアイドルを気取っているわけでもないし、恋愛しないなんて公言しているわけでもない……だからまあ、いいかなって思ったのよ」

「なるほど……」


 それから話を聞いたのだが、今のメインチャンネルは基本的に真白さんだけが出演する動画を撮り、別のサブチャンネルに俺との動画を投稿したいとのこと。簡単に言えばカップルチャンネルみたいなものだ。

 男女が二人で恋人のように過ごす日常を動画にする、演じている人も居れば実際に恋人同士のチャンネルもある。だからそういう属性のチャンネルは別に珍しいわけではないのだが……どう転ぶかは分からない。


「でもね、意外と勝算はあるのよ。私に対して執着する視聴者はごく一部で、時折話題にする結婚ネタとかは割と面白がられているの。だから逆におめでとうって言われるような気がするのよねぇ」

「……ふむ」


 今の世の中、アイドルであったり……何ならアニメのキャラに声を吹き込む声優ですら週刊誌にすっぱ抜かれて炎上する時代である。確かに真白さんはそのどれにも当てはまらない、かといって楽観視は出来ないけれど……そうだな。俺を見つめる真白さんの顔を見れば本気だってことがすぐに分かる。


「サブチャンネルに関しては反応を見てからにはなるわね。まあでも、ネットの世界でそこそこ有名人とはいえ顔が全く知られてないのは気が楽だわ。と言ってもたか君が高校を卒業した段階で顔出しはしようと思ってるけどね」

「そうなんですか?」

「えぇ、顔出しに関してはずっと前から考えてはいたの。私のチャンネルが特別なだけで、最近は顔出ししてないだけで伸びは良くないって言われる時代だから」


 確かに……ゲームの攻略情報に全振りしていたりするとあまり気にならないが、確かに動画のサムネにその人の顔が乗っていたりすると何故か見てしまうもんな。でもそうか、そうなると真白さんの美貌がついに解禁されるのか。


「……もっとガチ恋勢が増えそうですね」

「それでもいいように早い段階から恋人が居ることを明かすのよ♪」


 ていうか真白さんかなり嬉しそうというか楽しそうだ。


「普通に今この瞬間にSNSで呟きたいくらいよ? 私にはもう素敵な恋人が居るのでありもしない奇跡を信じている人は諦めてって言いたいもの!」


 ありもしない奇跡っていうと所謂万が一出会って付き合えたり、或いはオフパコ出来るかどうかってことだろう。仕事以外のメッセージがDMで送られてくることをかなり嫌っているし、以前に見せてもらった局部の写真とか送りつけられればそりゃ嫌いになるってもんだ。


「お互いの両親には報告済み、一緒に住むことも決まった……そして何より私たちはもう恋人よ! 恐れるモノは何もないわ!」


 ね? そう問いかけられ、俺はその雰囲気に圧倒されるように頷いた。

 そうか……ここまで真白さんが今度の予定を立てていてここまで俺に言ってくれたのだ。俺としても、彼女のパートナーとして腹を括らないとだな。


「真白さんは……凄いですね本当に」

「そう? たか君との未来図を口にしただけなんだけど……」


 本当にそれだけしか考えていない、そんな雰囲気の真白さんに俺は苦笑する。

 真白さんと共に歩むのならば俺も怖いとは思わない、でも……やっぱりまだ学生なので踏ん切りは付かなかった。


 しかし、真白さんが恋人が出来たと公言するのは意外と早かったのだった。

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