恋人として初めての朝に感動するお姉さん

「……朝ね」


 今日もまた一日が始まる……でもそれは私にとって、今日はいつもより特別な朝だったのは言うまでもない。

 隣を見ればまだ眠っているたか君、あどけない表情だけれどこの表情の中に隠されたかっこいい表情、他にも色んな表情を私は知っている。おそらくだけど、それを知っているのは私だけだ。


「たか君?」

「……うあ」

「ふふ」


 変な声を出して起きそうになるもやっぱり起きない。

 そんな様子に愛らしさを感じつつ、私は体を起こして時計を見た。六時、いつも通りの時間だ。

 私はもう少しゆっくりしていようと思って体を横にした。そうしてたか君の方へ体を向けてその寝顔を眺める。


「……恋人かぁ……素敵ね本当に」


 まだ少しだけ実感できていないけれど、私は昨日たか君と恋人になった。たか君としては忘れているだろうけれど、私からすれば何年にも及ぶ恋だった。いつか思い出してほしい、そうは思っても別にこうなってしまえばいいかなとも思っている。だってもう、私とたか君は付き合いだした。つまり、阻むモノは何もないのだから。


「う~ん……真白さん……すぅ」

「あらあら、夢の中でお姉さんに甘えているの?」


 だとしたら……それはとても光栄なことであり、同時に嫉妬してしまう。現実の私ではなく、夢の中の私に甘えていることにだ。たか君が望むなら私は何だってしてあげる、それこそエッチなこともドンと来いというやつだ。

 ……まあ、昨日流れに身を任せてパイ……コホンコホン、アレをしてしまったわけだけど、たか君の表情もそうだが、私としても何とも言えない高揚感があった。出来ることなら毎日してあげたいけど流石にそれはがっつき過ぎかしら?


「幸せな時間だったことには変わりないわ。今までと違って、ちゃんと恋人だからこそ出来ることをしたのだから」


 それ以前にたか君を性的に狙っていたことには目を瞑ってほしい、もういいじゃない過去は過去、大切なのは今と未来なのだから。こうして私とたか君は正式に付き合うことになった……つまり! 何度も言うけど時間なんてたっぷりとあるのだ。どんどんたか君を誘惑するもよし、逆にたか君に襲われてもよし……きゃっ! お姉さん困っちゃうわ!


「……真白さん?」

「おはようたか君」


 目を覚ましたたか君はそのまま私をしばらく見つめ、もう少し寝たいと言わんばかりに私の胸に顔を埋めた。あぁ、こうやって素直に甘えてくれるのが本当に嬉しいことだわ。中学の頃から大きかった胸、同級生の男の子からジロジロ見られて気持ち悪かったけど、この子がこんなにも夢中になってくれるのなら全然いい。

 それからしばらくお互いに体を引っ付けて横になっていると、ようやくたか君は起き上がった。


「……あ、そうか」

「たか君?」


 ふと安心したように笑みを浮かべたたか君はこんなことを言うのだった。


「夢じゃなくて良かったなって……大好きですよ、真白さん」

「……っ~!」


 昨日、何度も聞いた言葉だ。けれど、その言葉に込められた意味と今の私たちの関係は昨日確かに変わった。

 たか君から好きと言われ、私は当然たか君の胸に飛び込むのだった。


「たか君!!!」

「おっと!」


 そこそこに勢いがあったはずなのにたか君は倒れることなく受け止めた。しっかりとした胸元に頬を当ててたか君の存在をこれでもかと感じる。学校に行くと少しばかり会えなくなってしまうのだ。だからこそ、たっぷりたか君成分を補充しないと!


「朝から真白さんとイチャイチャするのは……恥ずかしいですけど幸せですね」


 たか君、お姉さんを嬉しさで殺したいの?






「よし、こんなもんだな」


 真白さんと付き合うことになった初めての朝だ。とはいっても二人でのんびりすることは出来ず、今から俺は学校に向かわないといけない。寂しさはあるけれど、学生としての仕事みたいなものだからな。


 身嗜みを整え、俺は部屋から出て隣へ向かう。もう一度寄ってほしいと真白さんに言われていたからだ。

 インターホンを押すとすぐに真白さんは出て来てくれた。


「はい、お弁当よ♪」

「ありがとうございます」


 これは……愛妻弁当みたいなものだよな。って、恥ずかしくて流石に言えることはないけど――


「愛妻弁当みたいね」

「……おう」


 思ったことを言われてしまった。

 俺の様子からどうやら真白さんは察したらしく、凄く嬉しそうに笑って俺に抱き着いて来た。俺も真白さんを抱き返すように背中に腕を回すと、真白さんは顔を上げて唇を近づけてくる。

 俺はそれに応えるように、俺からも顔を近づけた。


「ちゅ……」


 触れ合うだけのキスだ……あぁでも、こうすると離れたくないな。もしも許されるならこのまま学校を休んでずっと真白さんとイチャイチャしたい気分だ。でもそんな気持ちは何とか押さえ込み、俺は真白さんから離れた。


「あ……」


 寂しそうに、切なそうな声を漏らした真白さんに再び抱きしめたい衝動に駆られるもなんとか堪えた。


「それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい。その……早く帰って来てね?」

「はい!」


 昨日と全く同じやり取り、でも安心してほしい。俺だって早く真白さんに会いたい気持ちは一緒なのだ。

 必ず終わったらすぐに帰ってくる、そう伝え俺はマンションから出るのだった。


 いくら真白さんという素敵な恋人が出来たとしても、学校にまで真白さんが関わることはない。本来なら同じ学校に通う人たちと付き合うのが高校生の姿かもしれないが、生憎と俺はそうではない。


「ま、それがなんだって話だよな」


 むしろ、もしも真白さんが同級生だったりしたらそれこそ大変そうだ。あんなに綺麗で優しい人なのだから、きっとクラスの人気者にでもなっているだろうしさぞモテていたに違いない。

 俺はそんなもしもを考えながら登校し、教室に着くと今日は珍しく宗二の方が早かった。


「お、珍しいな。おはよう」

「おっす隆久。いや~珍しく早起きしたもんでな」


 へぇ、そいつは珍しいな。

 鞄を置いて椅子に座ると、何故かジッと宗二がこちらを見てくる。どうしたのかと聞くと、宗二は首を傾げてこんなことを言いだした。


「お前……なんかあったか? やけに嬉しそうなんだが」

「……分かるのか?」

「嫌何となくそんな気がしたんだけど……ということは何かあったのか?」

「まあ……な」


 取り合えず、宗二には黙っておいた方が良さそうだろう。しかし、この時に関しては宗二の勘は鋭かった。


「まさか……彼女か!? 彼女が出来たのか!?」

「……いや、その……」

「その反応は当たりなのか!? あれか、例の金髪巨乳美女か!?」

「うるさいからもう少しトーンを下げろ!!」


 取り合えず煩かったので何とか黙らせた。すると宗二はまるで血涙を流すように悔しそうな様子で呟く。


「俺とお前で高校生の間は童貞で居ようって誓ったじゃねえか……」

「そんな約束をした覚えはないんだが……」


 一方的に言われたような気もするけど、俺はそんな約束をした覚えはない。というか別にまだ俺はしたことないし……いや、それに近いことはしたけれど……って思い出すな隆久! 思い出すなら帰ってからにしろ……いいやダメだ。もう真白さんの部屋に行くことが決まってるし逃げ場がないぞ。


「……いいなぁ彼女か。羨ましいぜ」


 そう言って宗二はスマホを取り出した。


「ま、別にいいさ。俺にはマシロさんが居るんだ!」

「……………」


 何だろう、本当に宗二には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 これは真白さんのことが万が一にでも知られたら本気で殺されるかもしれない。まあいくら友人であっても、真白さんのことを知らせる機会はないと思う。何より真白さんが望まないだろうし。


「って朝からテンション高いなマシロさん」


 俺も宗二のスマホを覗き込むと、珍しく写真のない文字だけの投稿だった。


『みんなおはよう! もうね、昨日からテンション高いのなんのってやばたにえんなんだけど! あ~あ、早く夕方にならないかなぁ……むふふ♪』


 どんだけ楽しみにしてくれてるんだ真白さんは。そう思ってくれることに嬉しさは感じつつも、やっぱり匂わせるんだなと苦笑もしてしまう。そうだな、学校が終わったら本当にすぐ帰るとしよう。


 でも……昨日みたいなことが続くとなると、俺はいつまで真白さんを前にして我慢が出来るのだろうか……。

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