その凶器を思う存分感じさせるお姉さん

 正直、食われると思った……生理的にである。

 それほどに挑発的というか、妖艶な雰囲気というか……いつにもまして男の興奮を誘うような真白さんだったからだ。

 しかし、ある意味その心配は杞憂だった。


「なんてね、ビックリさせてごめんなさい。キスはともかく、本当にただイチャイチャしたかっただけなの」


 真白さんはそのまま俺に向かって体を倒した。

 むにょんと音を立てるように俺の胸元で潰れる大きな胸、そこまで感触は感じないなんてそんなことはない。ちゃんと触れた瞬間から形を歪める瞬間、その全てが鮮明に伝わってくる。


「たか君……たか君♪」

「あはは、くすぐったいですよ真白さん」


 まるで求愛するかのように全身を擦りつけながら、首元に顔を近づけてくるのでこれが本当にくすぐったい。特に何かするでもなく、俺と真白さんはそんな風にずっとお互いの体温を感じていた。


「……あの、真白さん」

「なあに?」


 顔を上げた真白さんに俺は緊張しながらこんなことを口にした。


「付き合っているということで……もっと甘えても良いんでしょうか?」


 そう聞くと、真白さんはカッと目を見開きながら凄い勢いで頷いた。


「当然じゃない! 何がしたいの!? どんな風に甘えたいの!? たか君の好きなようにしていいんだからね!? 何がご所望? おっぱい吸いたい?」

「吸いません!!」


 ……それを良いなぁとか思ってしまった変態の俺を許してください。

 取り合えず、俺も真白さんの体を思いっきり抱きしめることにした。こうやって抱きしめることは何度もしていることだけど、やっぱりこれが落ち着くんだよな凄く。


「……あ~」


 やばい、柔らかさと良い香りのせいで物凄く気の抜けた声が出た。真白さんに押し倒されるような体勢だったけど、俺と向き合うように横になってもらった。そして今までは自分からすることが恥ずかしかったこと、真白さんの胸に顔を埋めるという行動に出た。


「あらあら……ふふ、いい意味で積極的になってくれたのね♪」


 真白さんは決して嫌そうにはせず、むしろ嬉しそうにしながら俺の頭を撫でてくれた。言葉に言い表すことが出来ないレベルの幸福感、安心感を味わう俺を真白さんも抱きしめるようにして離さない。


「どう? 落ち着く?」

「はい……とっても落ち着きます。大好きです真白さん」

「……キュンと来るわねこれ……お姉さんも好きよたか君」


 足まで絡めてきたのでこれはある意味、甘える側の俺が捕食されてしまったような感じがする。この体の体温が上がっているのは夏だから……そう思いたいけど冷房が効いてるし、単純に照れてるだけなんだろうな。

 こうしていると……何だろうなぁ、凄く懐かしい感じがするのは何故だろう。真白さんにこうされるのは初めてではない、それこそ世の男たちから羨ましいとさえ思われるくらい何度もされている。それとは違う懐かしさ……う~ん、これは一体――


『はい、お姉さんのパフパフ攻撃~♪』

『く、苦しいよまーちゃん!』


 ……何だ今の光景は。

 一瞬、本当に一瞬脳裏に過った光景だった。まるで小さな自分と……あれは真白さんかな。思い出せない……思い出せないけどもしかしたら……俺たちは過去に出会っている?

 ふと顔を上げれば優しそうに見つめてくる真白さんと目が合った。それだけで真白さんは口元を緩めて俺に顔を近づけ、チュっとリップ音を立ててキスをしてくる。

 

「真白さんは……」

「うん?」

「……いえ、何でもありません」

「そう? なら続きをしましょう」


 それからも俺たちはお互いを求めるように……もちろん、一線を超えることはなかったものの、こんな風に体を密着されていれば反応してしまうのは当然でそれを隠すのが本当に大変だった。


「たか君、手を退けて?」

「……えっと……その」


 俺の手を握り、真白さんはゆっくりと退けた。すると、当然そこに視線は行ってしまう。真白さんは少し頬を染めたが、すぐに嬉しそうに、そして色っぽく微笑んだ。


「楽にしてあげる。お姉さんも経験ないけど上手く出来ると思うわ」


 パジャマのボタンを外し、その豊満な胸を抱えながら真白さんは俺へと体を寄せるのだった。一線を超えることはなかった、その答えはこれである。

 その後、簡単に体を拭き終えた真白さんが戻ってきて就寝の時間になった。


「あ~、本当に今日は幸せな日だわ。ねえたか君、明日からもこんな風に過ごしたいのだけど……いい? お姉さん、たか君にもっと甘えたいし甘えられたいわ」

「……それは俺も一緒です」


 そう告げると、真白さんは微笑んでくれた。

 そして、こんな提案を俺にするのだった。


「ねえたか君、たか君がどういう気持ちで一人暮らしをしようと思ったのかは理解しているつもりよ。その上で提案するわ――こっちに住んで? お姉さんと一緒に一つ屋根の下で暮らしましょう?」

「……………」


 それは……その提案はつまり、そういうことなんだろうなぁ。

 俺はしばらく真白さんから視線を外して天井を見た。……何となく、近い内にこうなるんじゃないかとは思っていた。


「……………」


 もう一度隣を見るとワクワクしたように俺を見つめる真白さん。その瞳には僅かな期待と不安が織り交ざっているようにも見えた。帰る場所が真白さんの家になる……それは凄く幸せなことだな。

 俺は真白さんの提案に……頷くのだった。


「お世話になります――真白さん」

「っ……うん!!」


 ギュッとさっきみたいにまた抱き着かれた。真白さんってやっぱり基本的に嬉しいことがあると抱き着いてくるよなぁ。とはいえ、これだけは伝えておかないといけないと思い俺は口を開いた。


「家のことは俺にも手伝わせてくださいね? 真白さんは気にしないで、甘えてって言うでしょうけど……流石にそれは違うと思うので」

「……それは……その」


 これは絶対に全部一人でやるつもりだったな……。それは気遣いでも何でもなくてただ押し付けてしまうだけだ。


「俺も真白さんと対等でありたいんです。だから家のことは進んでやらせてもらいますからそのつもりで居てください。真白さん――」

「は、はい!」


 少しだけ真剣な表情でそう名前を呼ぶと、真白さんは緊張した様子で返事を返してきた。


「二人で歩幅を合わせて歩いていきましょう――って、真白さんに比べてガキの俺が何言ってんだって話――」

「そんなことないわ……そんなことないわよ」


 言葉を遮るように真白さんが口を開いた。


「……そうね、甘えさせてあげるだけで満足するのは私だけだもの。一緒に二人で協力して生きていく、それが大切なこと……なのよね」


 お世話されるだけ、それは確かに楽な生き方だろう。でも俺はそんな生き方は嫌なのだ。何か苦労することがあれば二人で補い、片方が出来ないことがあればもう片方が助ける……なんて、そんな過ごし方がやっぱりいいと思うんだ俺は。


「……むぅ、こうしてるとたか君の方が年上みたいじゃない」

「そうですか?」

「そうよそうよ……でも、それも素敵だわぁ」

「そっか――真白?」

「っ!?」


 っと、いつかのように呼び捨てで呼んでみると真白さんは分かりやすいくらいに体を震わせた。頬が赤みを増し、瞳が少し潤んだような感じになる。


「……ねえたか君、こういう感じの時はそうしない? 呼び捨てで、敬語もなしで」

「それは……ちょっと難しいかもしれないです。実を言うと、こうやって呼び捨てにすると何とも言えない恥ずかしさがありまして……」


 呼び捨てにしたところで真白さんは逆に喜んでくれるとは分かっている。それでもまだ学生の身なので素の状態で呼び捨てにするのはどうも慣れない。だからまだしばらくは真白さんって呼ぶことにはなりそうだ。


「でも……その方がいいかもしれないわね。お姉さん、さっきの呼び捨てだけでちょっとアレだったし」

「アレ?」


 聞き返した俺に真白さんが耳打ちをした。その言葉に今度は俺が顔を真っ赤にしてしまうのだった。


「ふふ、まだまだそう言う部分は可愛いのねぇ♪」

「……………」


 それから眠くなるまで、俺はずっと真白さんに抱き着かれ続けるのだった。

 というか明日学校だけど……宗二たちに恋人が出来ましたとは言わない方がいいよなぁ……いずれ分かるかもしれないけど、何があって真白さんの身バレに繋がるかも分からないし。バレたらバレたで宗二に殺されるかもしれないけど。

 あり得ないだろうがあり得そうな未来を思い、俺は苦笑した――真白さんの胸の中で。


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