催眠術にですら縋りたいお姉さん

 基本的に真白の朝は早い。

 以前隆久に一日八時間くらいはしっかり寝ようと言っているだけあって、早寝早起きを信条としているからだ。


 男の情欲を誘うような際どいネグリジェに身を包んでいるのは一重に、今隣で眠っている隆久を誘惑するためのものだ。それがいまだに身を結んでないのは今までからでも分かる通り、だが確実に隆久の理性を削ぎ落すには至っている。


「今日は土曜日だし……ずっと一緒に居ようね?」


 眠る隆久の頬を指でなぞりながら真白はそう呟いた。心なしか隆久が頷いたように見えたのはきっと真白の欲望が見せた幻覚なのだが、真白はキャッと嬉しそうに笑みを浮かべて隆久にこれでもかと頬スリをする。


「私に匂いをこれでもかと擦りつけてやる……他の女が寄ってこないように」


 まるで猫のように、妖艶な雰囲気を醸し出す女は愛する男にマーキングする。ひとしきりそうして満足した真白は再び枕に頭を乗せるように横になった。普段なら起き上がって朝食の準備等をするのだが、休みだしもう少しゆっくりしようと思ったからだ。


「ふんふんふ~ん♪」


 隆久を起こさないように控えめに気分よく鼻歌を口ずさみながらスマホで久しぶりのエゴサを開始する。

 マシロ、そう打つとサジェストに出てくるのはおっぱいであったりエロいであったりビッチであったり……特に気にするようなものはなかった。プラスの意味のある言葉でもマイナスの意味のある言葉でも、隆久を第一とする真白にとってその言葉たちはただの外野の囀りでしかない。


「ふふ、好き勝手書いてるわねぇ」


 裏では男を食いまくってるだの、投げ銭でホスト通いしてるだの……まあ確かに体を商売道具にしている故にそう思われるのも仕方ないかもしれないが、そのどれもが間違っていると分かっているのは真白だけ。否定しても仕方ないので基本的に真白は何も答えることはしないのだ。


「……真白……さん」


 そんな時だった。

 隆久が寝言で真白の名前を呟きながら、隣に寝ている真白に抱き着いて来た。夏だが朝方は少し冷えるからなのか、隆久は体温を求めるように真白の体に抱き着く。まるで抱き枕を抱きしめるように優しく真白の体を抱きながら、その豊満で柔らかい胸に頬を当てて幸せそうな寝顔を披露している。


「たか君は甘えん坊なんだから♪」


 隆久の可愛い仕草に暴走し真白から何かを仕掛けるようなことはしない。ただ眠っている隆久の好きなようにさせてあげるのが一番だと思った。隆久に好きなように抱きしめられる中、真白は幸せな心地の中でエゴサを再開する。


「……うわ、またこの人言ってるよ」


 ゲンカク、あの男がまた真白について呟いていた。悪いものではなく単純に一緒の大会に出てチーム組みたいとかそう言ったものだが、悪い意味を込めていなくてもそれを面白いと思わないファンが居るのは当然だ。リプ欄ではかなりの汚い言葉が行き交っている。


「暇だなぁこの人たちも」


 配信でも一切話題に出してないし触れてもいない。SNSでも絡みをこちらから一切してないのに色々と邪推するのは何なのだろうか、それだけは真白も常日頃から不思議に思っていることだ。

 しかしこうやってエゴサをするためにSNSを開くわけだが、昔は色々と凄かったのを覚えている。DM……公に出ることはない個人間のやり取りなのだが、リアルで会おうとか金を払うのでヤラせてほしいなどのメッセージが大量に届いていた。酷いものだと自分の局部の写真を撮って送ってくる奴すら居たくらいだ。


「昔は凄かった」


 色々な意味で、そう真白は苦笑するのだった。さて、これにてエゴサは終わりで次なる作業へと移る。毎回毎回隆久より先に起きてやっていることがあるのだが、それは“催眠術”である。


 ネットサーフィンをしていた時に見つけたもので、一週間経ったら効果が出ると言われていたものだ。

 真白はまだ胸元から動かない隆久の鼓膜に声を届けるように、必死でありながらも切実な願いを込めて口をから声を放つ。


「たか君はお姉さんを襲いたくな~る、たか君はお姉さんと結婚したくな~る、たか君はお姉さんと子作りしたくな~る、たか君はお姉さん無しじゃ生きていけなくな~る」


 ……完全に自分の欲望だけを口にしている催眠術モドキだ。

 真白は今これを一週間続けており、これが本当に効くのなら効果が出るのは今日になる。それから数分、真白はそんな風に呪文のように言葉を口にしていると隆久は目を覚ました。


 まだ完全に脳が覚醒してないのか眠そうに目を擦る姿に、真白の心の中で可愛いんだけどと魂の叫びが迸る。


「たか君、お姉さんのこと……襲いたい?」


 希望と夢を込めて、真白は問いかけるのだった。


「……何ですって?」


 いつもと変わらない隆久の様子、それを見て真白は何でもないと笑顔になるのだった。そして、枕に顔を押し付けてこんな言葉を思いっきり吐き出した。


「F〇ck!!」

「真白さん!?」


 取り合えず、催眠術なんてものに頼るのはやめましょう。






 えっと、朝から何やら怪しげな催眠術を掛けられそうになっていた俺です。全然効かないじゃないかと憤慨する真白さんに苦笑しつつ、俺たちはベッドから降りて朝食の準備に取り掛かる。


 今日は一日休みということでのんびりするつもりだが、真白さんから今日はずっとこっちに居ればいいとのお言葉をもらった。それで夜は真白さんの運転で街まで繰り出し焼き肉を食べに行くことが決まるのだった。


「今日は昼から配信して夜はお休みね。何しようかしら……」


 夜にゆっくりと焼き肉の時間を作りたいからこそ、今日は昼に生配信をすることを決めたらしい。朝食を食べる中でどんな配信にしようか相談をされるのだが、雑談でもいいんじゃないかと提案した。


「そうね……最近ゲーム配信ばかりだったし雑談にしようかしら」


 画面が次から次へと移り変わるゲーム配信の方が人は集まるものの、真白さんみたいなタイプの配信者の視聴者は基本的にとにかく真白さんを見たい人たちの集まりなわけだ。なので雑談配信でもそれなりに人は集まるし、何ならそっちの方が多く集まる時もある。

 朝食を食べ終えた後、皿洗いをする俺の視線の向こうでは真白さんが洗濯物を畳んでいた。最近こちらに結構泊っているということもあって、俺の洗濯物もそこには含まれている。


「……………」


 何気なしに見つめていると、真白さんが手に取ったのはブラジャーだ。相変わらずの大きさ、あれがあの豊満な胸を支えているのかと思うと尊敬の念すら抱きそうになるほどの大きさである。

 そして、次に真白さんが手に取ったのは俺のパンツだった。


「……は~」


 俺のパンツを顔の前で広げ、何やら溜息を吐く真白さん。そして……バッと自分の顔に俺のパンツを押し当てるのだった。突然のことに手に持っていた皿を落としそうになったが何とか堪える。どうやら真白さんは俺が見ているとは気づいていないようでそのままの姿勢で固まっていた。

 ま、まああれで真白さんの一日の活力になるのなら全然……。


「すぅ……はぁ……はむはむ……ふへへ♪」

「……………」


 真白さん、デリケートゾーンの位置をはむはむするのはやめませんか……。


 麻薬をやっている人間みたいな見せてはならないような顔をしながらも、しっかりと手元は動いて洗濯物を畳んでいく。それを後ろから眺める俺は一体どんな顔をしていたんだろうか、きっと仏のような顔をしていたに違いない。


「……?」


 そんな時だった。ピンポーンとインターホンが鳴ったのは。この時間帯に来るのは一体誰か、そう思っていると真白さんが立ち上がって玄関に設置してあるカメラの映像を覗き込む。


「……えっ」


 驚いたような声、もしかして知り合いだったりするのかな?


「たか君」

「はい」

「なんか、お母さん来たわ」

「……はい?」


 ほほう……それは凄い突然ですね。

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