結局いつも通りになるお姉さん

「美味しいわね」

「そうですね。でもちょっと量多かったかな」

「そうね……それはちょっと思ったわ」


 水炊き鍋、肉団子に魚、野菜もかなりの量を投入してしまったのが災いしてかお互いにもうお腹が膨れてきてしまった。俺もそこそこ頑張ったのだが、もう限界というかお腹いっぱいである。


「……ふぅ」


 お腹を擦ると真白さんは苦笑した。


「残りは明日私が昼にでも食べるわね。これなら丁度いい量でしょうし」

「分かりました」


 まあこういう鍋物って次の日に食べることも少なくはないし、残った分は明日真白さんに美味しく食べてもらうことにしよう。二人でご馳走様と手を合わせた後、俺は鍋に蓋をして立ち上がった。


「真白さんは今日も配信するんですよね?」

「するわよ~。また近くで見守ってくれる?」


 流石に連日だと精神的に疲れるので遠慮しておいた。真白さんは凄く残念そうにしていたが、寂しくなったらいつでも部屋に入ってきていいと言ってくれた。配信の準備をするからと衣裳部屋に入る真白さんを見送り、俺は少しゆっくりしようとテレビを付けてスマホを覗き込んだ。


「……うわ」


 そこで俺は見つけてしまった。SNSで飛んだ真白さんのアカウント、さっきの鍋の写真を撮った投稿のいくつかのリプが目に留まったのだ。


:一人でこの量は無理でしょ、誰か居るの?

:奥のスマホ誰のだよ。男だろ絶対

:あ~あ、ファンを裏切ったね。ちゃんと説明しないと

:所詮男に股を開く女だったかぁ……なんかガッカリだわ


 まあこんなことを書いているのは数人なので燃えているわけではないが、少数とはいえハートが付いていることから色んな人の目に留まっているんだろう。というか普通にムカつくなこの返事……。色んな人がその投稿者に対して嫉妬乙だとか、気持ち悪いとか素直な感想を送っているものの、そこから更に喧嘩にまで発展しているのも見つけてしまった。


 そんな風に何とも言えない気持ちでスマホを見ていると、真白さんがようやく衣装室から出てきた。ミニスカタイプのメイド服であり、完全にコスプレなのだがよくある光景の一つだ。


「今日はこれでやろうかしら。どう?」

「凄く似合ってますよ。可愛いです」


 フリルが多くて可愛いけど、しっかりと胸の谷間が強調される服だ。というか少し走ったりしたら零れてしまいそうなくらいの防御力の低さに、俺は大丈夫かと心配してしまうほどである。


「何かあった?」


 やっぱり真白さんは鋭かった。俺の様子から何かあったと感じたのか、すぐに近づいてきて一緒にスマホを覗き込む。すると一連のファンなのかアンチなのか分からないが、彼らの言葉を真白さんは見た。


「……全くもう、めんどくさいったらないわね」


 心の底から嫌そうに、うんざりしたように真白さんは呟いた。けどこれはスマホを置きっぱなしにしていた俺の不注意みたいなもんだからな。謝らないと、そう思って謝罪を口にしようとした俺だったが、不意に真白さんにトンと体を押された。


「おっと……」


 後ろにあったソファに腰を下ろすような形になると、真白さんは腕を広げて俺の頭を抱え、そのまま胸に抱き抱えるような姿勢になった。……何か俺が不安に思った時によくこうしてくれるけど、本当に真白さんは俺の気持ちにすぐに気付いてくれる人なんだなと改めて思った。


「大丈夫よたか君。たか君が謝ることなんて何もないわ。言ったでしょ? 逆にたか君とのラブラブっぷりを匂わすのもいいわねって」

「……ですが」


 もっと強く抱きしめられた。谷間の間に顔が入り込むような形になってしまい、頬がさっき風呂で逆上せたような暑さを持ち出すが、それでも真白さんは決して離さず俺の頭を優しく撫でてくれた。


「本当に気にしないで良いの。こういう世界に居るとね、全く関係ないことで今までちょっかいを出されたり見当外れなことを言われたりしたこともあるの。今回もそんなものよ、変に動揺したりするより堂々としている方がいいわ」

「……………」


 なんというか、流石だなって感じがするよ本当に。俺を安心させるような言葉を伝えてくれたけど、真白さんはクスクスと嬉しそうに笑いながらこんなことも言うのだった。


「でもそんな風に悩んでくれることが嬉しいわ。まるで私のことを真剣に考えてくれているかのようで……たか君に心から想われている気がするから」

「……そんなの当たり前ですよ」


 真剣に考えるのは当然のことだ。だって俺は……そこまで考えた時、ギュッと最後に強く抱きしめてくれた真白さんは気合を入れるようによしっと呟いて体を離した。


「ふふ、本当に私は嬉しいのよ? けれどもしこれでたか君がお姉さんから離れるようなことになったら何するか分からなかったわぁ」

「っ……」


 喜んでいる表情から一変、いつぞやに見せた怖い笑顔に心臓が文字通りキュッと縮むかのような恐怖を覚えた。けれど……そんな真白さんの所謂独占欲のようなものを心地よく思っている俺も居るのかな? なんてことを最近考えることがある。


「ちなみに……何をするつもりだったんですか?」


 怖い物見たさというものはあった。すると真白さんは、まるで漫画に出てくるサキュバスような妖艶さを醸し出しながら、下唇をペロリと舐めるようにして口を開く。


「たか君を部屋に閉じ込めて、二度とお姉さんから離れられないようにするの。お姉さんが居ないと生きていけない体に……は普通に考えて無理かもしれないけど! 少しでも、今よりお姉さんに依存してくれたらいいなぁなんてことを思っています……はい」

「……はい」


 完全にヤンデレみたいな台詞だったけど、最後の最後に言っていることが恥ずかしくなってきたのか黒い部分が消えていきいつもの真白さんに戻った。……言われたこともそうだし、今の照れていく流れも可愛くて俺の方も恥ずかしくなってしまった。

 お互いに見つめ合うだけで何も言葉を発しないこの空間……気まずい! 


「……真白さん、配信頑張ってください」


 配信開始の時間は刻々と迫っているため、俺は小さくそう呟くと真白さんは嬉しそうに頷くのだった。


「うん!」


 配信部屋に入って行った真白さんを見送り、俺も少ししてからソファに横になるような体勢になってスマホから配信を見ることにした。配信開始予定の時間になるといつものようにゲーム画面と真白さんを映すワイプが映り、ぼーんと音が効果音が聞こえるかのような大きな胸が映される。


:きたあああああああああ

:こんばんは!

:待ってたぜマシロちゃん!

:今日も素晴らしいお胸様です

:柔らかそう


 コメント欄はいつも通りだな。


『みなさんこんばんは。それじゃあ今日も元気にやっていきましょう』


 それから雑談もそこそこにゲームが開始された。コメント欄の受け答えをしながら楽しそうにゲームをする真白さんだったが、やはり奴らは現れた。


:男と住んでるの?

:二人で鍋食べたの?

:説明して


 ……真白さんにあんな風に言われたので気にすることはやめたけど、シンプルにこうやって聞くのは少し気持ちが悪いな。コメント欄でそんな風に聞くのは一部の人で、他の人は無視をしたり、或いは関係ないことを話すなって言う人も居るけど連投したりして迷惑行為を続けている。


『……はぁ』


 そんな時だった。真白さんの嫌悪をこれでもかと煮詰めた溜息が出たのは。ゲームの画面は止まらないものの、真白さんは平坦な声で言葉を続けるのだった。


『そうやって色々と追及するのってシンプルに気持ち悪いと思わない? SNSの返事のやつ私も少し見たけどさ、まああの一枚の写真からあそこまで色々と妄想できるなぁって思ったよ。後面白かったのが所詮は男に股を開く女だったかってリプなんだけど、私に一生死ぬまで処女で居ろって残酷なことを言うのかって感じ』


:それは残酷

:一生処女……つまりマシロちゃんは今でも?

:やめろ気持ち悪い、変なことを聞くのはやめましょう

:10000¥――消えろ変態共

:草

:でも説明はするべきじゃない?


『説明? どうして? なんで自分のプライベートを説明しないといけないの? 私にはそこが分からないなぁ』

「……うわぁ」


 これ、真白さん結構キレかけているなぁ。

 でも一つだけ分かったのが、やっぱりこうやって真白さんを困らせようとしているのはほんの一部だ。大多数の人は気にしていても聞かない派か、或いは素直に真白さんという配信者を楽しんているかのどちらかだ。

 それからも配信は続いたけど、いつの間にか変に追及していた連中は消えていた。


『……結婚したいなぁ』


 そんな中、割と真面目なトーンのその言葉にコメント欄が盛り上がった。


:あ……これは独身ですわ

:今の一言に全てが込められていたのを感じる

:相手が居るけど向こうが乗り気じゃないとか

:10000¥――相手は俺だすまんな

:5000¥――いやおれだから

:250¥――俺だし

:段々しょぼくなっていくのは草

:知り合いのアラフォー女性と全く同じ口振りだった

:つまりマシロは40代くらいまで結婚出来ない……?


『はぁ!? せめて30代までには結婚するし!! 子供も欲しいし!?』


 っと、いつもより茶化されながらも楽しい配信になるのだった。俺もコメントを打ち込むようにこんなことを書いてみた。


:頑張れマシロさん


 怒涛の勢いで流れるコメント欄だ。だからこそ俺のこのコメントもすぐに消えてなくなるだろうと思っていたが……。


『うん、頑張る。終わるまで見てね!』


 その言葉は一体誰に向けてなのか、その時点ではまだ分からないのだった。

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