襲撃を掛けてくるお姉さん

「ねえたか君」

「何ですか?」


 お互いに買い物袋を持っているので家から出た時のように手を繋いではいない。それでもお互いの距離は近かった。真白さんに呼ばれたので応えると、真白さんは嬉しそうにしながら言葉を続けた。


「さっきのムカつく言い方をしていたのは同級生かな? それならお姉さんとのデートが見られちゃったわけだけど……ふふ、たか君も恋人が居るように見られたんじゃない?」

「……そうでしょうか」


 大井は見惚れていたし、新垣に関してはそんな大井に怒っていたようにも声が聞こえた。ざまあみろとは思ったけど、よくよく考えたらあの大井の目はちょっと気に入らなかったな。


「……ふふ♪」

「どうしたんですか?」


 笑顔だった真白さんだが、さっきよりも嬉しそうに何か含みのある笑みを溢した。


「大丈夫よ。何も心配することはないわたか君」

「えっと……?」


 ただそれだけを伝えてくれた。特に何の意味を持たせた言葉なのか分からなかったけど、まるで何も心配は要らないんだと俺に言い聞かせるような言葉だった。夕焼けに染まる空をバックに笑顔を浮かべている真白さんは本当に綺麗で、俺は思わず直視出来ないくらいに照れてしまい下を向いてしまった。


「さ、帰りましょう」

「……はい」


 普段は揶揄ってくるはずなのに、特に何も言わずに隣を真白さんは家に着くまで歩いてくれたのだった。


「……………」


 隣を見れば真白さんは真っ直ぐに前を向いて歩いていた。……こう言っては何だけど珍しく凛とした顔つきだ。こんな表情も似合うなと、俺は真白さんの横顔を眺めながらそんな感想を持つ。

 それから二人で言葉少な目にマンションへと戻り、部屋に入った俺はリビングに荷物を置いた。すると、バッと後ろから真白さんに抱き着かれた。


「……たか君たか君たか君!」


 背中から胸へと腕を回し、全身で俺を捕まえるようにして真白さんは口を開いた。背中にぴったりくっ付いているので、真白さんの息がシャツを通して背中に届く。


「危なかったわ。もう少しでお姉さん、思いっきりたか君の可愛い照れ顔に我慢できなくて飛び込むところだったわ……」

「……あ、そういう」


 つまりはこういうことだ。俺は真白さんの凛々しい顔付きを意外だと思っていたけど実は買い物袋を両手に持っていたので我慢していただけで、内心はずっといつものように俺に抱き着きたかったわけだ……あはは、本当に真白さんは変わらない人だったな。

 それから真白さんが満足するまで、俺は真白さんに抱き着かれていた。


「よし! たか君お風呂行って来たら?」

「先に良いんですか?」

「もちろんよ。お姉さんは下ごしらえをしておくから」


 さて、ここで首を傾げる人も居るかもしれない。実を言うと、今日も今日とて真白さんの部屋に泊まることになったのだが、お風呂もこっちで済ませればいいと言われて既に着替えも全部こっちに持って来ているのだ。


「それじゃあ入ってきますね」

「いってらっしゃい♪」


 俺はこの時、少しでも後ろを見れば良かったのだ。そうすれば、真白さんが意味深に笑みを浮かべていたことに気づけたのに……。

 っと、考えても後の祭りである。真白さんの意味深な笑み、お風呂、場所は真白さんの部屋……もう分かるだろう。そうだ――俺は彼女の侵入を許してしまった。


「はい。それじゃあ背中を洗うわね」

「……はい」


 必死に目を瞑り、必死に下半身に血液を行かないように俺は耐えていた。もちろん見られるのも恥ずかしいのでしっかりタオルは腰に巻いている。泡立てたタオルで優しく背中を流してくれるのだが、これがくすぐったくもあるけど心地が良かった。ハッキリ言ってかなり気持ちが良い。


「……あ~」

「ふふ、気持ちいい?」

「はい」


 蕩けるような……は言い過ぎかもしれないが、そんな感じの声が漏れた。それからしばらく真白さんに優しく体を洗われるのだが、ふと真白さんが小さな声で呟くのだった。


「……大きい背中よね。男の子……ううん、男性って感じがするわ」

「まあ……男ですしね」

「そうね……でも、私はこの背中が本当に大好きだわ」

「っ!」


 脇の下を通るように真白さんの腕が回った。そしてさっきリビングで抱き着かれた時と同じ体勢になったのだが、今回俺も真白さんは服を着ていない。つまり、しっかりと真白さんの肌を背中に感じているというわけだ。


「ま、真白さん……」

「ふふ、ドキドキしてる。でも分かるでしょ? 私も同じよ」


 ただ腕を回しているだけじゃない、俺の胸……心臓の辺りを指の先でクルクルとなぞっている。俺は意識を出来るだけそっとに集中させようと頑張るのだが、背中から感じる大ボリュームのそれが最大級の邪魔をしてくるのだ。しかも、先端の少し固い部分も明確に感じ取れてヤバい……本当に色々とヤバい。


「たか君にエッチなお姉さんって呼ばれたものね。それならこういうことをしても仕方ないわ♪」

「……………」


 ……ってあれ、なんか頭がボーっとしてきたような気がする。暑い、凄く暑くてふわふわしてくる気分だ。何だろうこれ……気持ち悪くはないけど、段々と意識が遠くなるような気がしてくる……あ、なるほど……逆上せてるわ。


「……真白さん」

「なあに? ……ってあらら、もしかしてたか君」

「はい……ボーっとします」


 一瞬静かになった真白さん、そしてすぐに大きな声で謝罪の言葉を発してから俺を脱衣所まで避難させてくれた。扇風機も付けてうちわもパタパタとしながら俺に風を送る真白さんは少しシュンとしていた。


「ごめんねたか君……」

「いえ……その、俺が慣れてないだけなので」

「……私以外の女体に慣れてはダメだからね?」

「はい……」


 取り合えず頷いておいた。でも……体温下がりそうにないな。何故かって? だって真白さんが素っ裸なんだ。つまり寝ている俺の視線の先では真白さんの体の動きに合わせてぷるんぷるんと揺れているわけだ。

 結局、それから体を拭いて俺たちはお風呂から上がることになった。リビングに戻る頃にはすっかり回復しており、真白さんもすぐに元通りに戻ってくれて安心した。


「その……逆上せはしましたけど……俺も嬉しかったですから」

「……ほんと?」

「はい。なので良かったらまた一緒に……っていきなりすみません」

「うん分かったわ! 今度は気を付ける! その上でたっぷりねっとりイチャイチャしましょう!!」


 的な会話をしたおかげかもしれないけど……俺は早まったかもしれない。

 風呂から上がれば夕飯の用意だ。俺は鍋に入れる肉団子の準備、真白さんは野菜を切ったりして役割分担をしながら用意していく。


「シンプルに水炊きってのもいいわよねぇ」

「そうですね……あ、良かったポン酢ちゃんとあった」


 二人でこうして料理を用意するのもやっぱりいいなぁ。何というか、背伸びしすぎな気もするけど夫婦みたいな感じが……って絶対に本人は言えないけどね。


「なんか私たち夫婦みたいね♪」

「……はうあ!?」

「た、たか君?」


 思っていたことを思いっきり言われてビックリした。俺の様子に首を傾げる真白さんに、俺は照れながらも同じことを思っていたと口にした。


「た、たか君!」


 目を潤ませて感動する真白さんなのであった。

 それから真白さんはこの感動を忘れないようにとでも思ったのか、テーブルの真ん中に置かれたぐつぐつと音を立てている鍋を写メに撮って投稿した。だが、そこであっと真白さんが声を上げた。


「どうしました?」

「……その……ごめんねたか君。大丈夫とは思うけど……はい」

「……??」


 真白さんが見せてくれたのは鍋が映っている写メだ。それが一体どうしたのかと思ったのだが、俺もさっきの真白さんと同じようにあっと声を出して気づいた。

 写真の隅、テーブルの端に俺のスマホが置かれていた状態なのだ。真白さんも好きで俺も好きなキャラクターの描かれたケースなのだが……こればかりは反応が来ないことには分からない。


「……………」


 真白さんは慎重にすぐに来る無数のリプに目を通していく。だがそのどれもが特にスマホについて追及する物ではなかった。単純にサブ端末と思われているのか、単純に気にならないのかのどちらかか。


「……久しぶりにやったわねこのポカは。でも反応を見る限り大丈夫そう。というかいくらでも誤魔化しの効くことだしね。ま、私はこれを機にたか君とのラブラブ生活を匂わせてもいいんだけど♪」


 全然気にしてなさそうですね……。

 さて、ハプニングはあったが準備は整った。俺と真白さんはお互いに向き合う形で座り手を揃え、いただきますと口にするのだった。

 

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