これでもかと見せつけるお姉さん

 配信というものを仕事にしている人で、昼夜の概念がおかしくなっている人も中には結構な数が居ると思う。しかし真白さんはその例に入ることはなく、ちゃんと夜は寝て朝には起きるタイプの人だ。


『毎日八時間はちゃんと寝る! 結構大切なことよ』


 実を言うと、結構ゲームとか見たい番組やアニメがあると夜更かしをすることは多かった。けれどそんな話を聞いたのもあるし、こうやって真白さんと一緒に過ごすことが増えてくると同じ時間を共有するわけだ。なので一緒に寝る、つまりその睡眠時間をしっかり確保することが染みついて来たわけだ。


「……んで、まあこういう日もあるってことだ」


 俺の視線の先にはまだ眠っている真白さんが居た。


「……ふへ……ふへへ……たか君……今したばかりなのにぃ……♪」


 ……あなたは一体何の夢を見ているんですかね。

 真白さんは配信を生業にしているのでいいのだが、やはり俺は今日も今日とて学校の日だ。真白さんがまだ眠っているなら今日は俺が朝食を作ることにしよう。

 ベッドから出ようとすると無意識なのか腕を掴んでくる真白さん、そんな彼女の様子に苦笑しつつ俺はその手を躱してベッドから出た。


「普通にトースト、目玉焼き、味噌汁くらいでいいかな」


 真白さんのように料理が上手いというわけでもないので、そんな簡単な物くらいしか俺は作れない。どこに何があるのか、どこに何の食材があるのか、もうそれを知り尽くしてしまっているあたり俺もかなり真白さんとの付き合いが長いんだなと感慨深い気持ちになる。


 パンを焼き、目玉焼きを焼いて味噌汁を用意した段階で真白さんが起きてきた。


「ごめんたか君、お姉さん寝過ごしちゃったわ……」

「おはようございます真白さん。時間的には全然ですよ」


 まだ六時半くらいだから早い方だと思う。申し訳なさそうにする必要は一切ないのだが、俺は寝起きの真白さんの頭をポンポンと撫でた。


「一緒に食べましょう、美味しいかどうかは置いておいて」


 簡単……というか一般的な朝食だし不味くはないと思う。これで不味いって言われたら俺には才能が一欠けらもないということだ。頭を撫でたせいかは分からないが、顔を赤くした真白さんがギュッと抱き着いて来た。


「……おはよ、たか君」


 ……可愛いなぁ本当に。

 そうして俺と真白さんは朝食を食べ始めた。焼き加減とか気になっていたけど、個人的にはいい出来だったと思う。真白さんも美味しいって言ってくれたので一安心した心地だ。

 朝食を終えた後は一緒に皿を洗う中で、真白さんが残念そうにこう言う。


「……お弁当作ってあげられなかったわ。学校で頑張る夫のために妻である私がお弁当を作らないといけないのに」


 本気か冗談か……まあ本気で言ってるんだろうなってくらいの気落ちした表情だ。普段の眩しい笑顔が似合う真白さんにこんな表情は似合わない……そう思って俺はこんなことを口にするのだが、やはり口は災いの元というのは本当らしい。


「そうだなぁ……真白のお弁当があると一日頑張れるんだけどね」


 っと、真白さんに応えるように絶対に普段ではしない呼び捨てをしてみた。年下から呼び捨てにされるのを嫌う人は当然居るけど、真白さんは絶対に嫌がらないという自信があった。まあ今後する気はないけどさ。


「……?」


 皿洗いを終えて手を止めた俺だったが、そこで真白さんがジッと俺を見ていることに気づいた。さっきのように顔を赤くして照れている様子だが……その纏う雰囲気は凄く嬉しそうなものを感じた。しかし、そんな彼女だったがまるで戦場に立つ戦士のような雰囲気を纏いだし、腕まくりをして冷蔵庫を開けた。


「待っててねあなた、今すぐにお弁当を作るから」

「間に合わないよ真白さん」

「たか君、お姉さんは不可能を可能にする女よ? 大丈夫、時間を支配すれば問題ないわ」

「どういうことなの」


 しばらくそんなコントみたいなやり取りが続いたが、真白さんを何とか正気に戻して俺は部屋を出た。本当に残念そうにしていた真白さんだけど、明日は絶対に作ると約束してくれた。


『悪いとか思わないでね? 私が心からそうしたいって思ってるからするの。それだけたか君にお弁当を食べてほしいってことなのよ』


 なんてことを言われてしまったら俺も嬉しさでどうにかなってしまいそうだ。それと今日学校が終わったら買い物に出かけることになった。流石に冷蔵庫の中が寂しくなってきたのもあるし、他の日用品も買いたいとのことだ。


『たか君、本当の意味でお姉さんの部屋に住むことにしない? 荷物とか全部こっちに移して同棲しましょう? そうすれば家賃も浮くし……それに、お父さまとお母さまの許可ももらっているの。ねえねえ、そうしよ?』


 あの提案は危なかった。思わず頷いてしまいそうになるくらいの雰囲気だったけど、寸でのところでどうして一人暮らしを始めたのかを思い出し踏み止まった。というか許可をもらっているって……父さんと母さんは何を言ったんだよ。


「……俺はまだ高校生だ! 同棲は……って、何だろうこの説得力の無さは」


 もう何度も泊ったりしている時点で今更か。周りの住民はともかく、大家さんには本当に仲が良いのねと常々言われているくらいだし……俺は自分の胸に手を置いた。

 ドクンドクンと脈打つ心臓の音を感じ、そりゃドキドキするに決まっていると納得した。


「さてと、それじゃあ今日も学校頑張りますか」


 着替えを終えて荷物も纏め、俺はマンションから出た。学校に向かう通学の途中昨日に続いてまた真白さんがテンションの高い朝の投稿をしていた。

 今日は胸元を出しておらず、服の上にエプロンを着たままの状態だ。ぶっちゃけさっきまでの服装だけど、たとえいつもみたいに谷間が見えていなくても、こうやって大きな膨らみだけが分かるからこそのエッチな雰囲気がある。


「……何々、ふと言われたい言葉?」


“マシロのお弁当があると一日頑張れるんだけどね”


「……………」


 これ、さっきの俺の言葉そのものじゃないか……。もちろん真白とマシロの違いはあるけど全く同じである。真白さん、それだけ嬉しかったってことなのかな。俺はその投稿にいいねをしてそのままスマホをポケットに閉まった。


 ちなみに、この投稿にはいつものようにエロいだの触りたいだのそう言った返事が相次いだが、じゃあ俺のために弁当を作ってほしいというリプが数十分のうちに100くらい付いたらしい。


「おはようさん」


 学校に着いたらいつものように俺は席に座って時間を潰す。そうしていると少し遅れる形で宗二が登校してきた。いつものように簡単に挨拶を交わし、隣に座った宗二は朝の儀式のように真白さんの投稿に目を通す。


「……うわ、また見てる」

「!?」


 俺と宗二の後ろから同じクラスの女子がそんな言葉を言っていた。まあ確かに朝っぱらからこんなのを見ているのは、女子からしたら引かれるかもしれん。すると、その女子……名前は新垣というんだが、その彼氏である大井が肩を抱くようにして口を開く。


「いいじゃん別に。彼女が居ない寂しい生活を送っている中での癒しなんだろ」

「それもそっかぁ」

「そうそう、あんな風に寂しい学生生活は送りたくないけどな!」

「ウケル。ほんとそうよね」


 何もウケねえよクソッタレ。新垣はともかく、大井は完全に見下したような顔を俺たちに向けて歩いて行った。わざわざそれだけを言うためだけに来たと思うとムカつくけど、まああいつがああいう奴ってのは理解している。


「けっ、ブスを彼女にしてる時点でよく言うぜ」

「宗二、涙を拭けよ」


 ちなみに、新垣さんはこのクラスだと結構人気の女の子だ。大井もそこそこのイケメンで人気と言えば人気だが……まあ正直なことを言えばクラスの女子に一切の興味がないのでどうでもいいんだけど。

 宗二にハンカチを渡した俺、そんな俺たちに近づく他の友人たち。


「気にするなよ工藤君に前田君、あんなクソリア充の言う事なんて」

「そうだそうだ。彼女が出来たからって調子乗ってんだよアイツ」


 ……君たちもハンカチ要る? どうしてそう思ったかは想像に任せるとしよう。

 さて、そんなこんなで朝から微妙な気持ちになったが特に何も起きることなく学校は終わった。放課後になったので俺はそのままマンションに帰り、既に用意を終えていた真白さんと一緒に外に出た。


「大分温かくなってきたわね」

「そうですねぇ……これ以上暑くなると思うと気が滅入りますよ」


 まだ本場の夏の到来というわけではないが、半袖じゃないと汗を掻くほどには暑い。そんな真白さんだが、膝上くらいまでの長さがあるTシャツを着ている。女性のファッションには疎い故あまり詳しく言えないのだが……こう、ダボッとした服装だ。だからなのかあまり真白さんの胸の大きさがそこまで強調されてはいないが、遠目から見てもこの人は巨乳だなと思わせるくらいには分かる。


「ふふ、有名な配信者だともう少し隠すとは思うけど……私は色々と誤魔化しているからね。声で判別されたらあれだけど、見た目だと絶対にバレないわ」

「確かに……配信の時は黒髪のカツラ付けてますもんね」


 地毛である金髪を隠すためだ。配信ではそもそもハーフのことは口にしてないし髪のことも言ってはいない。なので視聴者の誰しもが真白さんは純日本人だと思っているわけだ。


「ほらたか君、せっかくのデート……というには時間が短すぎるけど、早く行きましょう」

「はい」


 そうして真白さんと商店街を歩くのだがかなり目立つ。万が一を考えて真白さんはあまり声を発することなく、俺の手を繋いでいるわけだが……そうやって出来るだけ目立たないようにしていても自然と目が集まる。それだけの美貌、それだけのスタイルをしているということだ。


「たか君、少し暑いかもしれないけどお鍋にしない?」

「いいですね」


 確かに暑い、暑いけど美味しいから賛成だ。今日の献立が決まったわけだが、そこで俺の目の前にとある二人組が姿を現わした。朝にこちらを馬鹿にするような視線を送ってきた大井とその彼女の新垣である。


「……うわ、工藤じゃん」

「へぇ、寂しそうに一人で買い物かよ」


 ……うるさいなぁこいつら。

 このままこちらに近づいてくるように歩く二人だったが、この二人をどう躱そうかと思っている俺の手を引いて真白さんが声を上げる。


「ほら隆久、デートの続きに行くわよ♪」

「え……えっと……」


 いきなりの名前呼び、そしてまるで見せつけるように手を引く真白さん。大井と新垣は真白さんを見て呆然としており……というか大井に至っては顔を赤くしていた。


「……ちょっと!」

「いたっ!?」


 後ろから何やら喧嘩のようなやり取りが聞こえてきたが、俺と真白さんは気にせずに足を進めていく。その途中、真白さんは舌を出しながらお茶目に口を開いた。


「寂しくなんてないものね。お姉さんが傍にいるんだから♪」

「……はは、そうですね」


 少しだけ、あの二人に対してざまあみろと思ったのはいけないこと……かな。

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