気持ち良くなるお姉さん

「ぅん……ふぁ……あん……んっ!」

「……………」


 まだまだ寝る時間には遠いけれど、早寝する人によっては既に布団の中の住人になっている人もいるかもしれない。俺と真白さんはまだ寝るつもりはなく起きているがこの分だと、また今日もここに泊まり流れになるのかもしれない。


「そこぉ……いいのぉ……たか君……もう少し……ひゃん!?」


 ……それにしてもこの人、絶対にこれ狙ってるよなぁ。誤解がないように言うと俺は別に真白さんをこんな風に悩まし気な声を出す行為を行ってはいないし、真白さんとしても俺の目の前で所謂ソロ活動をしているわけでもない。


「てい」

「いたい」


 後頭部に向かって優しくチョップすると、真白さんは可愛く痛いと声を漏らす。今俺が何をしているのかというと簡単だ――肩のマッサージである。父さんとの電話を終えてしばらくして、真白さんが肩が凝ると言ったのだ。それで普段のお礼も込めて肩もみをしていたというわけである。


「だって気持ちいいんだもん。段々と解れていく感じが良くて、思わず声が我慢できなかったの」

「そんなに良かったですか?」

「えぇ、もうたか君じゃないと満足できないくらいよ。というか、私の体に触れられるのはたか君だけだから当然だけど」


 そいつは嬉しいことで。まあでも、肩が凝っているというのは間違いではなかったらしい。揉んでて分かったけど結構硬い、普段からそんな重たいものを抱えているのだから当然と言えば当然だが。


「ありがとうたか君、大分良くなったわ」

「それなら良かったです」


 こんなことで普段の礼になるとは思っていない。でもこれくらいのことなら頼まれればいくらでもするつもりだ。


「ふわぁ」


 っと、思わず欠伸が出てしまった。別に今すぐに寝たいってくらいではないけど少し眠たいかな。そんな風に頭が若干ボーっとしていたからか、俺は真白さんの策にハマることになった。


「ねえたか君、実はもう一つ解してもらいたいところがあるの」

「どこですか?」

「そのまますこ~し手を下に下げて……そうそう」


 言われるがままに俺は真白さんの肩から腕のラインを滑るように下げていく。


「そこで止めて、はい手を前に出して、そのまま内側を掴むように」

「はい」


 言われた通りにすると、手の平に伝わったのは凄まじく柔らかいものだった。手の平に力を込めるともにゅもにゅと至高と言っても過言ではない柔らかさ、指がその柔らかいモノに沈んでいく感覚がクセになりそうだった。


「たか君、そのまま揉んで。お姉さん結構弱いからすぐに――」

「っ!?」


 パッと、俺はそこで目を見開くようにして手を離した。すると真白さんがどうしてやめるのと切なそうに俺を見つめてくる。


「もうたか君! そこは思いっきり揉んで果てには吸ったりするところでしょ! 全くたか君はたか君なんだから!」


 ふんと、真白さんは唇を尖らせて前を向いてしまった。ただし、体は俺から離れようとしない。ソファの背もたれに背中を付けている俺、その俺の股の間に腰を下ろしているのが真白さんと……この体勢に詳しい説明は不要だろう。


「真白さん?」

「つーん」


 拗ねていらっしゃるようだ。


「離れてくれないんですか?」

「離れません、私はずっとたか君と同化しています」


 グッと体重を掛けるように背中を俺の胸元にくっ付けた。う~ん、こうなると真白さんは中々退いてはくれないだろう。でも、正直なことを言えばこの体勢は男目線からだとご褒美みたいなものだよなぁ。

 特に動けないので反撃の意味を込めるわけではないけど、俺は真白さんのお腹に腕を回し、空いた手で頭を撫でる。


「……あ」


 抱き枕がないと眠れない人が居るけど、俺は少し前まではどんだけだよって正直思っていたことがある。けれどこうやって思いっきり抱きしめられる存在が傍に居るのは何というか、凄く心を安心させてくれる何かがあるようだ。


 ま、抱き枕と違って温もりと柔らかさがちゃんとあるんだけどね。誰に言うでもないマウントを頭で取り、俺は真白さんを体全体で抱きしめるようにしてみた。


「……たか君」

「はい」

「私はチョロイ女よ。今の私の顔、きっと凄いことになってる」

「どんな風に?」

「嬉しすぎてニヤニヤが止まらないの。必死に我慢しようとしても、笑みが零れそうになるくらいに口元がユルユルなのよぉ」

「はは、可愛いじゃないですか」


 真白さんは美人だけど可愛いって思える瞬間は多々ある。時々目から光が失われた瞬間は怖いけど、でもやっぱり綺麗だとか可愛いってイメージが先行する。


「真白さんは可愛いですよ。綺麗ってのもありますし……その、色気も凄いですけど可愛い瞬間は本当に多いです。今みたいに」

「あ、あ……あぅ」


 俺の角度からでは真白さんの表情は見えないけど、今は嬉しそうというより照れの方が強そうだ。その証拠に耳元まで赤くなっているし。


「……何よ、実質両想いじゃないこんなの」


 真白さんは何かを呟いた後、俺から離れるように立ち上がって体を離した。ずっと近くにあった温もりがなくなってしまったことに若干の寂しさを感じていると、クルッとこちらに振り向いた真白さんはそのまま正面から俺に抱き着いて来た。


「ちょっと!?」

「……いや、離れないもん」


 足を大きく上げてソファに乗り、俺の膝に足を下ろすようにして座った。そのまま両足で俗に言う大好きホールドをするような体勢に。更には肩に顔を乗せられるような形でくすぐったさを感じるも、胸元でぎゅむっと潰れる真白さんの大きな胸の感触がダイレクトに伝わってくる。


「……ふふ」


 ……まあでも、こうして真白さんが嬉しそうにしてくれるならいいのかな。そんな体勢をしばらく続けていると、当然俺は色んなものと戦うわけで眠気は吹き飛んでしまった。

 真白さんも俺に甘えている段階でそれは察していたらしく、少し落ち着いた後にごめんなさいと伝えられた。そして――


「たか君、次殴る?」

「そうします」


 寝室に移動した俺たち二人はベッドの上に居た。殴るというのは物騒な響きだけど決して人を殴るわけではない。俺と真白さんはそれぞれスマホを眺めながら今流行りのアプリをしていた。真白さんもよく配信でやっているゲームで、かなりの人気と売り上げを誇るゲームだ。


「……強いなぁ」

「そうね。やっぱりこのキャラが居ると楽なんだけど」

「限定ですもんね」


 最近のアプリには当然のように限定キャラというものは存在する。性能はマチマチだがこのゲームの限定キャラは基本的に恒常キャラに比べて高性能なキャラが多いのが特徴だ。

 今ちょうど来ている限定キャラ、それが今俺と真白さんが二人で挑戦しているボスへの特攻を持っているのでおススメなんだが……残念ながら俺は持っていない。


「たか君、普段のお礼もあるし課金しよ? 私が天井分出してあげるから」

「流石に課金のお金を出してもらうのはやめておきますよ。それにお金使うくらいなら真白さんへのプレゼントを買いますって」


 ゲームへの課金は働き出してからだなぁ……流石に高校生で課金は出来ない。というか一瞬真白さんの言葉に心が揺れてしまったけど、何とか自分を律した。このゲームの天井は六万円、真白さんからすれば痛くも痒くもない出費だろうけど流石に断った。


 それから少し静かになってしまった真白さんに首を傾げつつ、俺たちはアプリを終えて寝室の電気を消した。


「……たか君」

「何ですか?」


 掛け布団をかき分けるように真白さんは俺の肩にピッタリと自分の肩を引っ付けた。少し視線を傾ければすぐ近くの真白さんのキレイな顔がある距離だ。何か言いたいことがあるのかな、そう思っていると真白さんがこんなことを口にした。


「たか君はエロ本とか買わないよね? 動画とかも見ないの?」

「ぶっ!?」


 突然のことで咽るかと思った。


「いきなりですね……」

「ちょっと気になったの」


 ……なんで気になるんだよ、って言ったらなんて返ってくるんだろう。まあでもその質問には答えるとしよう。


「エロ本っていうか……そういう雑誌は買ったことないですね。動画も……まあ特に見ようとも思わないし」


 別に性欲を持て余しているわけでもないし、特にいいかなと思って見ていないし買ってもいないだけだ。というか、買っても仕方ないって部分がある。だって……ね?


「……すぐ近くにエッチなお姉さんが居ますし?」


 まあ、これが全ての答えと言えるだろう。そう言うと真白さんは一瞬目を大きく見開き、次いで頬を赤くして何かをブツブツと呟いた。


「……え、つまりそれは私がたか君の……むふ、むふふ♪」

「……真白さん?」

「なあに? ふふ、そうなのそうなのそうだったのねぇ。もうたか君ったら♪」


 ギュッと腕を抱くようにした真白さんはニコニコととても機嫌が良さそうだ。そのまま俺は笑顔を絶やさない真白さんに腕を抱かれつつ、いつの間にか彼女の温もりを感じながら眠りに就くのだった。







「大丈夫だからねたか君、お姉さんのおかずもたか君だから!」


 何かを過大解釈している真白であった。

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