鼻血に心から安心するお姉さん

「……あ」

「?」


 真白さんの配信を傍で見守る中、俺のスマホに電話が掛かってきた。掛けてきたのは父さんだけど、この時間に何の用だろうか。取り合えず家族からの電話ということで俺は立ち上がった。


 ドアを開ける際に一瞬だけミュートにしてもらうことで、何とか視聴者の人には誰か他に居ると悟られることはないだろう。配信部屋から出た俺はリビングに移動し電話に出た。


「もしもし」

『もしもし、元気にしてるか隆久』


 ……はは、なんかこうして父さんの声を聞いたのは久しぶりな気がする。別にそこまで会ってないわけじゃないけれど、こうして家を離れてみると少しだけ寂しさというものを感じることがある。


『その様子だと寂しかったみたいだな? いい時に電話をしたみたいだ』

「うるさいよ。でも……そうだね。少しは思ったかも」


 そう言うと父さんは笑った。


『そいつは良かった。母さんも心配してるし隆久から電話してやってくれ』

「分かった。必ずする」


 一人暮らしに慣れておくため、そう言って家を出たけど別に家族との間に不和があったわけではない。父さんも母さんも俺のことを慈しんでくれているし、寂しくなったらいつでも帰ってこいとも言われていた。


『傍に真白ちゃんが居るし全然大丈夫とは思うがな』

「まあね」


 ちなみに、父さんと母さんも真白さんのことは知っている。こうして真白さんと親しくなったことで、うちの家族とも会う機会があったのだ。真白さんは昔の同級生などの親しい人たちにすらマシロのことを伝えてないらしいが、父さんたちに会った時は躊躇うことなく伝えていた。それだけ信頼してくれているのだと嬉しくなったのもあるし、母さんと楽しそうに話をする姿も俺個人としては感慨深かった。


「そう言えば父さん、真白さんを見て母さんに殴られてたよね」

『人が忘れようとしていることを思い出させるんじゃない』


 あの時は凄かった。父さんは母さん一筋の一途馬鹿ではあるが、真白さんと初めて会った時にはその巨大な胸に目を奪われていたほどだ。母さんはその……ペッタンコとは言わずとも平に近いので、真白さんの巨乳にデレデレしていた父さんはビンタを母さんから食らっていたっけか。


『まあだが、個人的なやり取りを母さんもそうだし俺も真白ちゃんとさせてもらっている。お前の様子を聞くのは真白ちゃんに聞くと確実だからな』

「……変なこと言ってないよね?」


 いやいや真白さんに限ってそんな――


『電話の度に言われているよ。隆久が成長するまでちゃんと待つので結婚を許してくださいってな』

「……………」


 三対七くらいで恥ずかしさが勝った。まあでも、冗談か本気かは置いておいて毎回毎回理性を溶かされているけれど……やっぱりそれは言ってないっぽいな。

 それから数十分話し込み、配信を終えた真白さんが隣に座った。


「あ、もしもしお父さまですか? はい……はい。今私も配信を終えましたので」


 他人に興味がないは言い過ぎかもしれないがファンの熱烈な言葉に一切興味を示さない真白さんだけど、うちの父さんと母さんの二人と話をする時はとても楽しそうに会話をする。口調も丁寧なモノになるし。


「はい……はい。ああいえ、大丈夫ですよ。私は常に準備は出来ていますから。後はたか君次第ってところですけど……ふふ、そうですねぇ」


 ……一体この人は父さんと何を話しているんだろう。

 俺のスマホを手に取って楽しそうに話をする真白さんから視線を外し、俺はボーっとするように部屋の中を眺めた。


『大丈夫だよ! お姉ちゃん凄く綺麗で優しいもん、その配信者……? ってお仕事もきっと上手く行くよ!!』

『……ふふ、不思議だなぁ。君にそう言われると、その笑顔を見ていると自分の悩みなんてちっぽけなモノに思えちゃう』


 どこか遠い場所で、そんなやり取りを誰かとしたような記憶が蘇った。全然覚えてないけれど……どうしてかとても懐かしい気持ちになったのだ。


「はい……はい! それではまたこちらからも連絡しますね。はい、分かりました。お母さまにお伝えください。はい! おやすみなさい」


 父よ、息子にはおやすみの言葉はないのかい? 通話が終わったことでスマホを受け取ると、やけに嬉しそうな様子の真白さんだ。


「うふふ~♪ ねえたか君、お父さまに許可を頂いてしまったわ。今年の夏休みは二人で旅行に行きましょう」

「……いきなりですね」


 こんな思い付きに付き合うのも初めてではない。というか、学生の身分でありながら真白さんに引っ付いて色んな所へ行くのは贅沢みたいなものだ。真白さんは車の運転も出来るし、意外と移動範囲は広いのである。


「あまり有名な所だと人も多いし……適当に旅館でも借りて二人で静かに観光でもして過ごしましょう」

「分かりました」


 既に決定事項みたいだけど、真白さんと一緒に過ごすのは好きだからな。旅館に二人と聞いてちょっと不安ではあるけど。前にホテルを借りた時はシングルで同じベッドに寝るという……あれ、それはよく考えたら今と変わらないのか。


「たか君、膝枕させて?」


 普通は俺がしてくださいって頼む方では……けどまるで俺は当たり前のような動きで真白さんの膝上に頭を置いた。枕に比べて少し固いのは当然だけど、目の前に広がる景色は絶景だった。顔が見えないくらい胸が大きいって不思議な感覚、というか下乳がこんにちはしていらっしゃった。


「たか君の目には今私のおっぱいが下から見えていますね?」

「……はい。って何ですかその話し方」

「いいからいいから。その下から覗く胸と胸の間には、将来たか君のたか君が入ったり出たりすることになりますねぇ」

「……………」


 無心だ、無心になれ俺!

 上を向く頭の向きを俺は横に変えた。それだけでかなり気持ちが楽になった気がする。しかし、真白さんは更なる攻撃を仕掛けてきた。


「こんな風にむぎゅってされるのは好きかなぁ?」


 真白さんが上体を前に倒すようにしたことで、膝に面する頬とは反対側の頬が柔らかいモノに包まれた。胸元のボタンが外れているので当然、俺の頬と真白さんの胸が直接触れ合うことになる。すべすべの感触と共に真白さんが体を動かすたびに形を変える柔らかさ、まるで天国と地獄のようである。


「……ねえたか君」

「……何ですか?」


 っと、そこで何やら真白さんが真剣な声音で口を開いた。頭を撫でられながら、相変わらず頬に胸を押し付けた状態で真白さんは言葉を続けた。


「こうやってたくさん誘惑してるけど、逆にたか君の理性の壁を強化しているのではないかって不安に思えてきたわ」

「……あ~」


 確かに真白さんの誘惑にドキドキはするし理性が剝がれそうになる。でもやっぱり我慢というか耐えることが段々簡単……は言い過ぎかもしれないけど、慣れてきた感じはするかもしれない。


「何そのあるかもみたいな反応は!? ダメよたか君、お姉さんにこんなことされて理性を保てるようになってはダメ! いい!?」

「……えっと」


 何だろう、真白さんの変な方向に必死な姿を見ていたら心がとても落ち着いていく気がするぞ……あぁ、なんか安らかな気持ちだ。


「ちょっとたか君!? お地蔵さんみたいな顔をしてちょっと悟りを開いたみたいな反応はやめて!? ほら、全部見せてあげるから!」


 真白さんはパジャマのボタンを全て外し、その隠されていた部分を全て曝け出した。


「……あぁ、おっぱいだ」

「たか君ぅぅぅぅぅぅぅん!?!?!?」


 いやね、声だけは平常心を保ってるんですよ。内心はとても焦っているし、今すぐにでも視線を逸らして逃げ出したいくらいなんですよ。でもね、かなり微妙なラインで真白さんの慌てように中和されている感じなんですよ……うん。

 ……ってあれ、なんか鼻が熱いんだけど。


「あ、鼻血出てるわ!」


 そのままティッシュを渡され俺は起き上がった。そこまで大した量ではなかったが体は真白さんの色気に耐えられなかったみたいだ。すると、鼻にティッシュを当てる俺を見て真白さんは心底安心したように溜息を吐いた。


「良かったわぁ……ちゃんと反応してくれてるみたいで。もうたか君! お姉さんの誘惑で興奮しないのはやめてよね! 心配になっちゃうじゃない!」

「……真白さん、コントをやってるわけじゃないんですよね?」

「当り前じゃない。私は至ってまともだわ」


 そっか、まともなんだ真白さんは……ハッ。


「真白さんいい加減パジャマのボタンを留めましょう」

「ふふ、じゃあたか君留めて?」

「……………」


 ニヤニヤする真白さんに見つめられながら、俺は鼻にティッシュを詰めた状態でボタンを留めるのだった。というかやっぱりちょっとキツイよねそれ、下の方を留めるだけでも大変だった。


「視聴者の人が絶対に触ることのできないモノをたか君は触れるの。思いっきり自慢してもいいんだからね?」

「この世から抹消されそうなのでやめておきます」


 えぇ、そう言って子供みたいに足をジタバタさせる真白さん。結局、子供かよとツッコミを俺がするまで真白さんの可愛いかまってアピールは続くのだった。

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