歯止めの利かないお姉さん
人気配信者であるマシロが配信をしている同時刻、その配信を見ている一人の男が居た。その男は画面にかじりつく様にしながら配信を……正確にはワイプに映るマシロの体を見ていた。
「……本当に良い体してるよなぁ。奇跡が起きて抱けたりしねえかな」
なんてことを呟く男だが、こんなことを考えているのはこの男だけではない。マシロの配信を見ている多くの男が望むことはそれだ。顔は見えないため、マシロという女に関して知っていることは素晴らしい肢体を持っていることと喋りが上手く、そして料理が出来てゲームが上手いとそんなものだ。
男がマシロにハマったきっかけ、それはSNSで偶然見かけた胸を持ち上げては落とすということを繰り返すだけの短い動画だった。マシロが隆久に口にしたようにまんまと巨乳という釣り針に掛かった魚というわけだ。
別に彼女が欲しいとか、性欲に飢えているわけでもなかったが、大きくて柔らかく更には弾力がある。色んな衣装でそれが動画として見れるからこそ、触れられない故の憧れを男は抱いた。
猫や犬、動物の動画で癒しを求める人が居るように、この大きな胸が映される動画に癒しを求めたのだ……それが変に拗れてしまい男はガチ恋勢と呼ばれる者たちの仲間入りをしてしまった。
とはいえ別に変な写真を送りつけたり、ストーカーのように配信中に蓮投コメを打ったりすることはない。それがマシロの迷惑になること、嫌われてしまうことを男は理解しているから。
「マシロちゃん今日の昼の良く分からない投稿もそうだけど、今凄くテンション高いなぁ」
喋り方が変わっているわけではないが、微妙に声に嬉しさというか喜びのような感情が混じっている気がしたのだ。以前にも何回かこういうことはあるものの、その度には男はこれは一体何なのだろうと首を傾げる。
『なるほど、ここにこの隠しアイテムがあるんですねぇ。……わっ!?』
マシロが今プレイしているゲームでのイベント、誰でも絶対にビックリするであろうイベントが起きてコメント欄が騒がしくなる。ビックリするということは体が震えるわけで、つまりその大きな胸元がぷるんと揺れたのだ。
:だから言ったじゃんビックリするって
:揺れた
:揺れた
:最高かよこの配信
:ふぅ
:お前何したんだ!? ふぅ……
:お前らいい加減n……ふぅ
;草
お前らワイプばかり見ないでメインのゲーム画面を見ろ、そう言いたくなったが男は言えない。何故なら男も彼らと同じようにそこしか見ていなかったからだ。
『ビックリしましたね今のは……ふふ、ごめんなさい。あ~あ、今日は本当に楽しいなぁ。って、いつもですけど』
:今日本当に機嫌いいよね
:嬉しそうだよね
:彼氏でも出来たの?
:は、ふざけんなよ
:↑死刑、マシロに彼氏は居ない
:彼氏は俺だから残念
:は?
『……彼氏ですかぁ。まだ居ませんね残念なことに』
少しの間に若干の圧を感じた気もするが、推しの彼氏とかの話になると男も少し焦りを感じる。マシロは誰かと交際している、或いはそもそも彼氏が居るなんて話は公言していない。それに配信者も一人の人間なので、ついうっかりが発動し何かミスをするものだがマシロは一切そのようなことがない。
「……マシロに彼氏なんて居ない。結論は出たな」
そう思わないと泣いてしまいそうだった。
:10000¥―いい加減に籍を入れようマシロ、いつでも待ってるから
『〇〇さんありがとうございます。う~ん、それは困りますねぇ』
:草
:ナイスとは言えねえな
:素直に気持ち悪い
:親のクレカ使わずにちゃんと働けよ
:酷すぎワロタ
:当り前だろ、マシロちゃんと結婚するのは俺だ
もう色々とカオスである。とはいえ今の1万円でこの配信での投げ銭は既に10万を超えている。海外にも人気があるVTuberの投げ銭は相当なものだが、一度の配信でこれだけ稼ぐのもある意味凄いことだ。
『さて、それでは少し休憩しますねぇ』
「お、いつものやつだな」
他の配信者の場合は画面を別のモノに切り替えるか、或いはそのままミュートにするがマシロは後者である。マシロの手作りと思われる可愛いミニキャラクターがプラカードを持つように、そこには休憩中♡と書かれていた。
ミュートに設定したのを確認し終えたマシロは、まるでベッドに飛び込むようにぴょんと隣のソファへ飛んだ。
:飛んだ
:飛びこまれたい
:分かる
:変態しかおらんのか
:いいじゃねえか俺たちはおっぱいを見に来てるんだから
:だな
:それな
コメント欄の人たちに同意するように、男も休憩がてらビールの蓋をプシュッと音を立てて開けた。
「マシロに乾杯!」
いつも楽しい動画、癒しをありがとうと男はビールを喉に通すのだった。
「おっと」
ぴょんと飛び込んできた真白さんを俺は受け止めた。そのまま真白さんは俺の胸元におでこをスリスリと擦りつけ、満足したのか俺の隣に寝転がった。丁度腕を伸ばしていたので枕にするような形だ。
「ふふ、途中で離れた罰よ♪」
「だって……万が一があったら怖いですし」
途中まで俺は大人しく真白さんの隣に居たのだが、やっぱり怖くなってソファの方へ移ったのだ。動いた時は真白さんが悲しそうに見つめてきたものの、同じ部屋に俺が居ることが嬉しかったのかすぐにまたノリノリな雰囲気になった。配信中も常に上機嫌だったし、そんな真白さんを見ているのは俺も楽しかった。
「ねえたか君、今ミュートにしてるけどちゃんと部屋は映ってるのよ」
「そうですね……」
スマホで確認すると、カメラが新しいモノなので結構鮮明に奥まで映っている。面白がるように真白さんを腕を伸ばすと、指が画面の横から入り込んでくる。音が聞こえないだけで視聴者にはすべてこの映像が届いているというわけだ。
「少しカメラがズレたりしたら……全部映ってしまうわね?」
両手を伸ばして俺に抱き着き、足を絡めるようにする真白さんにそんな怖いことを言われてしまった。確かに何かしら事故が起これば俺たち二人の姿がファンの人に見られることになってしまう。俺からすれば大事件だが、真白さんは仮にそんなことが起こったとしても都合がいいらしい。
「たか君の逃げ道を封じれると思えばそれもありだけど……ふふ、私はあなたのことを病的なまでに愛している自覚はある。でも、困らせたいわけではないの。だから我慢するわ」
「……今の状態みたいに迫られると困りますが」
「でも、嬉しいでしょ?」
「……あい」
「うふふ~♪」
まあそこは嘘を付けなかった。いい子いい子するように真白さんは俺の頭を撫でながら、もっともっとと体を密着させてきた。そして、耳元で囁くようにこんなことを口にするのだった。
「さてと、後半も頑張るから……頑張れって頭撫でてくれる?」
疑問形で聞かれても俺にはそれを断ることは出来ない。別に嫌々では断じてなく、真白さんには可能な限り俺の出来る範囲で望まれることをしたいのだ。ちゃんと節度は保つけどね! 説得力ないかもしれんが。
「頑張ってください真白さん。見守ってますから」
「うん……ありがとたか君」
普段はお姉さん然としているのに、今はまるで年下のような大人しさだ。そんな彼女の姿に……何かを感じたのかもしれない、俺は体を横に向けて真白さんの体を抱きしめるように腕を回した。
「た、たか君!?」
「……俺も甘えたいので」
柔らかい、温かい、いい匂いがする……幸せな気分だ。ビクビクと体を震わせた真白さんはボソッと、俺の耳元で呟く。
「ゴム取ってくるから待っててねたか君」
「はいもう大丈夫です! 離れます!」
「いや~ん離れないでよぉ!!」
離れようとする俺の体に、いやいやと縋りつく真白さん。一体俺たちは何をやってるんだと見る人が居ればツッコミを入れることだろう。
「真白さんほら、後半の配信あるでしょ!?」
「なんかどうでもいいし! 隠れてたか君との秘め事生配信でいいじゃない!」
「良くないから!」
消されるわ! 動画も俺も!
何とか真白さんを説得し、後半の配信のために真白さんはパソコンの前へ戻った。だが頬を膨らませてずっと俺を見つめている……真白さん、体ごとこっちに向いてますがな。
「……続き、やりますぅ」
そのテンションの低さに、俺は少し苦笑するのだった。さて、俺もスマホから真白さんの配信を眺めることにしますか。
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