我慢できないお姉さん
「相変わらず美味そうだなお前の弁当」
「だろう? 本当に感謝しているよ」
俺の好きなモノで構成されているのもあるが、何より栄養がしっかりと考えられた献立である。一つ一つの食材に感謝を込めながら口に運んでいく。うん美味しい。
「美味そうに食べるな本当に。でもお前一人暮らしだよな?」
「……そうだね」
「……まさか彼女か!?」
ガタっと音を立てて宗二がそう口にした。その声に何人かのクラスメイトがこちらに視線を向けたが、ハッと鼻で笑うように俺たちを見る。その反応にちょっとムカつきはしたが、何とか脳裏に真白さんの笑顔を思い浮かべて気持ちを静める。
「……すまん、お前に彼女が居ないのは俺が一番分かってるもんな」
「その謝罪はそれはそれでイラっと来るんだが」
お前からすれば彼女なんかより発狂してしまう存在だけどな。だから決して友人とは言っても真白さんのことを伝えるわけにはいかない……その、彼女のことを知られるわけにはいかないっていう危機感もあるけど、一番は真白さんのことは俺だけが知ってればいい、そんな気持ちがあった。
それから弁当を平らげ、片耳にイヤホンを着けて真白さんの配信を宗二が見ている時だった。ふと宗二がこんなことを言いだした。
「なあなあ、実際に配信者になろうとしたら結構金掛かるんかな?」
「なるのか?」
「……目指してみたい気もする」
「……ふむ」
どんなことをしたいかにもよるけど、実際に配信しながらゲームもやりたいとかだとそこそこのスペックのパソコンは必要だろう。今時のグラフィックの良いゲームをやろうと思えばそれこそかなり掛かると思う。高校生の小遣い程度じゃ到底届かない金額は確かだ。
「パソコンだけでもそうだけど他にも色々と必要だからなぁ……スマホだけで配信も一応出来るっちゃ出来るけど画質と音声は死ぬからな」
「だよな……やっぱ働いて金を貯めてからがいいのか」
「それもだけど、実際に食っていこうとするのは本当にしんどいぞ?」
今の世の中配信者ってのは腐るほど居る。その中で誰にも負けないは無理だがある程度認知される動画を作成するのは至難の業だ。自分の好きな動画を撮るだけで金が入ってくる、言葉としては簡単で夢があるけど、それを実現するだけのコストはかなり大変だと思っている。
……まあ真白さんは裏技みたいなものだけど、彼女は昔からの積み重ねに寄る部分も大きいしな。
「だからまあ最初は趣味から初めて、ある程度どっかで当たりでもすれば本格的に力を入れるのもありかな」
「なるほど……いやぁ為になるぜ」
「誰でも思い付くことさ」
それでも、実際に登録者も増えて再生数も稼げてくると本当に入ってくるお金は凄まじい額になる。動画に載せる広告料はその都度変化するけど、再生数を稼げる人なら全く問題にはならない。
真白さんの動画は少ないものでも30万回は再生されているし、本当に何度か通帳を見せてもらったけど桁がおかしいからな。
「有名になりてえなぁ……」
「ま、やろうとするなら頑張るしかねえべ」
大体の人も動画を作って食ってこうなんて考えてはないだろうし、おそらく趣味から始めて成功したから続けようと思った人がほとんどのはずだ。そんな茨の道だからこそいいじゃないかとは思うが、無責任に道具も全部揃えろとは言えない。
「ま、機材に関してはアドバイス出来ると思うよ」
「おう! サンキュー!」
昔からパソコンは触っていたのもあるし、真白さんと知り合ってから色んなことを調べたり教わったりしたから力になれるはずだ。
さて、こんな風に話をしながら昼休みは終わりを迎える。後少しで終わるという時に俺は真白さんにメッセージを送っておいた。弁当美味しかったです、また食べたいですといった内容だ。
「……?」
そのメッセージを送ってすぐ、宗二がスマホを見て首を傾げた。どうしたんだと思って覗き込んで見ると、真白さん……マシロがSNSで良く分からない投稿をしていた。
“やばい嬉しいどうしようどうしよう最高ジャマイカひゃっほい!!”
「……何だろうねこれ」
「分からん」
胸の写真の投稿ではない且つ良く分からない文章だが、それでも色んな返事をもらえる辺りやっぱり真白さんは有名人だという証明だった。
それから時間は過ぎて放課後、特に用はないので俺はそのまま帰ることに。途中で宗二と別れ、俺は住んでいるマンションまで帰って来た。そしてエレベーターで部屋がある階層まで登り、鍵を開けて部屋に入ろうとしたその瞬間、隣の扉がまるで俺を待っていたかのように開いた。
「っ!?」
いや、そこは真白さんの部屋なわけだけど突然でビックリするのは当然だ。ジッとしている俺に業を煮やしたのか、中からチラッと真白さんが顔を出して手招きしてきた。
「……真白さん?」
まあ、荷物を置いたら弁当箱を返しに行くのもあるし呼ばれたから行こうと思っていたのでちょうど良いけど……手招きする真白さんに応じるように、俺は開かれたドアから中に入った。
「……おっと」
すると腕をグッと引っ張られるように中に連れ込まれ、ガチャッと鍵が閉められた。そのままリビングのソファの前まで連れていかれ、トンと胸を押されて俺の体はソファの上に倒れた。
「たか君、会えない時間は半日程度なのに……どうしようもなく寂しかった」
俺の腰の辺りで馬乗りになった真白さんはそのまま俺に全体重を掛けるように体を密着させた。感じる吐息、圧迫されるように潰れた胸部、真白さんは俺の頬を量の手で包みながら言葉を続けた。
「たか君が昼にメッセージをくれたじゃない? あれが凄く嬉しくて、お姉さんあのメッセージを見てから居ても立っても居られなくなったの。それでね、ずっと玄関の前でたか君の帰りを待ってたんだよ」
「……えっと、一歩も動くことなくですか?」
「えぇ。だって、そうじゃないとたか君が帰って来た時に気づけないでしょ?」
マズい、この真白さんは何かのスイッチが入ってしまっている状態だ。ずっと待っていてくれたことは嬉しいけど、流石にそれは引く……は言い過ぎか、いやでも誰でもそう思うのでは。
「たか君……たか君たか君たか君!!」
首筋をペロペロと舐めてくるその仕草は妙な心地を感じさせると共に、そのくすぐったさに思わず逃げようと試みる。しかし、どこからそんな力が出ているんだって感じに真白さんの体を離すことが出来なかった。
「……真白さん!」
「……あ」
だが、俺もされるがままではない。大人の真白さんと違って、俺はまだ高校生のガキだがそれなりの時間を真白さんと過ごして来た。だからこそ、どうやって落ち着けさせるかも理解しているつもりだ。
ただでさえ俺に抱き着くようにしている真白さんを、逆に俺も強く抱きしめた。そのままサラサラとした金の髪を撫でるように、優しく、優しく、落ち着けるように撫でてみた。
「……ふみゃぁ」
するとビックリ、猫のような声を出して真白さんは体から力を抜いた。俺はそのまま頭を撫でることを続け、背中をポンポンと優しく叩きながらこう伝えた。
「真白さん、お弁当ありがとうございました。本当に美味しかったです。それに、もしかしたらあの時のSNSのやつは嬉しすぎてですか? そういう部分も何というか凄く可愛いです」
「た、たか君……っ!」
深淵を覗いていたような漆黒の目から一転し、光が戻った真白さんは恥ずかしそうに俺の首筋に顔を隠すようにした。離れてくれないのかとも思ったけど、こうなると大丈夫かなと俺は真白さんが満足するまでその状態を続けるのだった。
「……ふぅ、ねえたか君。お姉さんとっても落ち着いたわ」
「そうですか。それは良かった――」
「でも、同時にとても昂ってる。ねえもうゴールしない? 子供が出来ても本当に大丈夫、たか君は何も心配することはないから」
「いや心配するから!!」
「……むぅ!!」
可愛くむくれてもダメなモノはダメです!
ようやく離れてくれた真白さんに溜息を吐きつつ、立ち上がった俺はキッチンに向かって弁当の空箱を出した。
「綺麗に食べてくれたのね。本当に嬉しい」
「あれを残すのは人間じゃないです」
嘘偽りなく、心からの感想だ。マジで美味しかった。
「真白さん、今日も……その、ご馳走になっていいんでしょうか?」
「もちろんよ。またご馳走させて?」
ウインクと共に告げられたその言葉に、俺は思いっきり頷くのだった。自分の部屋に戻って風呂を済ませ、寝間着のまま真白さんの部屋に戻った。美味しい料理を振る舞ってもらい、真白さんが言っていたパソコンの周辺機器の確認を終えた。
そして、目の前で真白さんの配信が始まった……え?
「みなさんこんばんは。もうご飯は済ませたかなぁ? 私も済ませたけど、本当に色んな意味で幸せな時間でした」
ピンクのパジャマ、ただし当たり前のように谷間は見せている。というかさっきボタンを留めていたんだけど動いた拍子に外れて飛んで来たんだよね、俺の額に。その時の痛みを思い出しながら額を擦っていると、真白さんがポンポンと少し離れた隣を叩いた。
「……え?」
「……………」
映っているのは胸元なのでそれは……いやでも。迷う俺に真白さんは口元を動かした。俺の読唇術が間違ってなければ“きて”と言っていた。
「……………」
決して物音は立てず、ましてや声は絶対に出さずに俺は真白さんの隣に座った。目の前には三台のモニター、配信ソフトとコメント欄、デスクトップの画面が広がっており無数のコメントが流れている。しかもワイプには当然真白さんの胸が映っておりこれが少しでもズレると俺が見えてしまう。
「ちょっとドキドキするけど始めますか。今日はこれをやろうと思います」
そう言ってゲームを起動した真白さんだが俺の心は今にも限界に達しそうでヤバいくらい怖いんだけど。
:マシロちゃん可愛い
:そのパジャマすこ
:挟んでほしい
:それな
:やめろおまいら
:付き合って
:草
このコメントを打っている人たちは当然俺の存在なんて全く予期してないんだろう。それでもやっぱり何か事故があるかも分からないので、俺は座っていた椅子の背もたれを倒した。ただ傍に居ればいいだろうし、俺はこうしてスマホのアプリをポチポチ遊んでいることにしよう。
「はぁ……幸せだわ……こほん、それではやっていきま~す」
真白さん、配信中なので俺の太ももを撫でるのはやめましょう。
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