朝から過激なお姉さん

 ゆっくりと浮上するような感覚に身を任せるように俺は目を覚ました。

 掛け布団を押しのけるように体を起こす。すると俺の部屋では決して匂わないような甘い香りがするではないか。覚醒していない頭でそれに気付き、今俺が寝ていたベッドも多くのぬいぐるみが置かれていた……うん、全部思い出したわ。


「昨日結局こっちに泊まったんだっけ」


 夜帰ろうとしたらそのまま真白さんの勢いに負けて泊まることを決めたのだ。毎回こうして泊まると大変な思いをするわけだけど昨日に関しては凄く眠かったのが幸いした。


『……そんなに眠たそうにしてるのにちょっかい掛けるのはちょっとね。ほらたか君、一緒に寝ましょ?』


 真白さんにもそんな思いやりがあるんだなって言ったら頬を膨らませてたけど、ベッドに俺を招き入れた後は本当にこう、お姉さんみたいな温もりを感じて安心したなぁ。


 結局、服の様子からも本当に何もしてないみたいだし……って俺は朝から何を考えてるんだ!

 ベッドから降り、部屋を出てリビングに向かうと真白さんがちょうどご飯を作っていた。俺と目が合うと彼女は嬉しそうに笑って口を開いた。


「おはようたか君、目覚めはどう?」

「おはようございます。最高の朝です。真白さんの匂いに包まれていたからですかね」


 なんてことを言ってみる。すると真白さん正に神速のようなスピードで持っていたフライパンを置き、火を止めてびゅんと音を立てて俺に抱きついてきた。


「もうもう! 朝からなんでそんなに嬉しいこと言ってくれるの!? ほらたか君、お姉さんの匂いよほらほら!」

「むぐっ!?」


 む、胸が襲ってくる! がしっと頭を抱かれてしまい、顔全体を包む大きな胸の圧迫から逃げることができない。


「く、苦し……くないだと!?」

「あん♪ 当然じゃない。ちゃんとこうしてたか君を抱いても大丈夫なよう考えてるに決まってるでしょ♪」


 口元が覆われているのに何故か苦しくないことに戦慄したが、柔らかくていい匂いがして……あれ、ここはもはや天国なのでは。


「真白さん」

「なあに?」

「……実は、こういうことを期待してなかったと言えば嘘になります」


 ……俺も男なんや。仕方ないんや。するとハッとする様に真白さんが動きを止めた。どうしたのかと思い乳肉を頑張って顔を出して見上げてみると、真白さんが呆然とした表情をしていた。


「……ここまで素直なたか君を見て私は朝なのに猛烈に襲いたい気分なんだけど、その素直なたか君を汚したくなくてどうしていいか分からない私が居るわ」


 どういうことなんだと思わずツッコミを入れたくなったけど、程なくして落ち着いた真白さんと一緒に朝食を済ませた。


 真白さんは基本的に外に出ることはあまりないものの、俺は学生なので当然学校に行かなくてはいけない。なので一旦ここでお別れになる。


「たか君、お弁当作ったから食べてね?」

「あ、ありがとうございます!」


 って、5日ある平日のうち3日くらいは弁当を作ってくれるんだけどね。普段の料理は当たり前なんだけど、この弁当にしても最高に美味しいのだ。


「それと最後に」


 チュッと、小さなリップ音と共に柔らかい唇が頬に触れた。俺は赤くなる顔を隠すようにしながら笑顔で手を振る真白さんに背中を向けるのだった。


「……やっべぇ、心臓めっちゃバクバクしてるんだけど」


 本当に……本当に色々な意味で困ったお姉さんだ真白さんは。

 真白さんの部屋から自分の部屋に戻り、荷物を纏めて身嗜みを整える。受け取った弁当箱を大切に鞄に仕舞い、俺は改めて学校に向かうためにマンションから出るのだった。


 30分ばかり歩いていると、周りにも登校する生徒たちの姿が増えてくる。友達と一緒に歩く人、彼氏彼女と歩く人様々だが……一人だとちょっと寂しい気もしてくる。


 挨拶運動をしていた先生や生徒会の人たちに挨拶を返しながら、俺はそのまま自分の教室へ向かった。朝っぱらなのに話し声のうるさいこと、俺はそのまま静かに自分の席に座った。


「宗二はまだか……」


 俺の隣の席であり、入学した当時からの腐れ縁である友人はまだ来てないようだ。他にも友達が居ないわけじゃないけど、わざわざ話しかけに行くほどの用もない。


「……真白さんの呟きでも見るか」


 暇だからと俺はスマホを取り出してSNSを開いた。昨日の例の投稿に関しては万を超えるハートが付いており、他にも引用して呟いている人も多くいた。


 それだけ注目されて人気なわけだけど、今日の朝も真白さんは写真付きで投稿していた。


“寝起きのふんわりをあなたに”


 際どいネグリジェから覗く谷間が眩しすぎる。いやいくら眠かったとはいえ、よく俺はこの人の隣で爆睡できたものだなぁ。

 案の定その真白さんの呟きには純粋なファンの人、出会い厨、発情した猿など多くの人が返事を返していた。


「これどんな人たちなんだろうな」


 俺や宗二みたいな学生も中には居るだろうし、それよりも遥かに大人の人の方が多いだろう。こんなにたくさんのリプ、中には人生を賭けてるんじゃないかってくらいの本気の愛を囁いてる人も居た。


 自分の推しに対してそこまで本気になるのは凄いことだろう。けど、基本的に真白さんは自分が投稿する時くらいしかSNSは見ない。つまりこの人たちの言葉を真白さんは見ないどころか興味がないのだ。


「……俺も引用して呟いておくか」


 宗二もよくやってるし、そもそもこのアカウントが俺だと知ってるのはそれこそ真白さんや宗二くらいだ。あぁでも、宗二は俺の友人だが真白さんがマシロだとは知らない。というか会ったこともないんだけど。


 真白さんの呟きを引用して……そうだな、毎日最高ですと呟いておこう。こんなことをしても無数に埋もれる一つに過ぎないはずなのだが、やはり真白さんにとって俺は特別なのだと嫌でも理解することになる。


「?」


 呟いた直後、俺のその投稿にハートが付けられた。誰かからと思って見てみると、マシロの名前があった。

 ……真白さん、あなたもしかして監視とかしてる? 流石にリプは送られてこないけどそのハートの速さにはビックリしてしまう。


 ちなみに、真白さんは四十万万人というフォロワーに対して逆にフォローしてる人は百人にも満たない。その中にはファッションの有名な人や著名人が居るんだが、なんとその中の一人に俺が居るのだ。


 真白さんからフォローされていることもあって知らない人からどんな関係なのか唐突に個人メッセージをもらったことがあるけど特に返事はしていないし、何ならしつこいものはブロックして無視をしている。


『それくらい大丈夫よ。何なら配信の時に私ずっと片手で隠れるたか君を触ってたこともあるし今更よ♪』


 思い出してはならないことを思い出しそうになったので頭を振る。


「……あれ」


 そう言えばと、俺はもう一度真白さんの投稿に戻る。ネグリジェを着て胸元を見せつけているこの写真だが、場所は俺が寝ていたベッドの上ということはつまり、これあと少しズレたら一緒に寝ていた俺が写っていたのでは。


「……………」


 何だろう、この不安と恐怖の中に感じる小さな優越感は。っと、そんな風に考え込んでいたからか俺は背後に立つ存在に気づかなかった。


「おっす隆久! 朝からマシロさんの写真を見てるとは分かってるねぇ」

「うおわああああっ!?」


 いきなりの声に俺はビックリしてしまった。振り返ると眩しいくらいの坊主頭が俺も迎えた。


「……ビックリさせんなよ宗二」


 そう、この坊主頭こそ俺の友人である前田前田宗二そうじなのである。宗二は俺の隣の席に腰を下ろし、同じようにスマホを取り出して口を開いた。


「やっぱいいよなぁ。分かる、分かるぞ隆久。この胸は本当に男の夢が詰まってる、見ないでいるなんて不可能だってことだ」


 女子とかならドン引きだっただろうけど真白さんの熱烈なファンであるこいつだからこその反応だ。


「でもよ、本当になんでお前マシロさんからフォローされてるんだ?」

「俺に聞かれてもな……」

「だよなぁ……くっそ羨ましいぜ」


 って感じに、俺と真白さんの関係を知らなければこれで誤魔化されてくれるのだ。まあ俺は一般人で真白さんは有名人、だからこそ使える手なんだけど。


「お、今日の夜配信するってさ。宿題済ませてから見ることにするわ!」


 知らないうちに夜の予定を呟いていたみたいだ。それと同時に真白さんからプライベートの方でメッセージが届く。


『今日も家に来て欲しいの。それと、少し機材のことで聞きたいこともあるし…。どうかしら?』


 そのメッセージに、俺はもちろん行きますと伝えておいた。

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