第3話 これが洛中洛外図ぞっ
膨大なる下絵を元に、描く。
建物は様式があり、それに則って描けるからまだ良い。だが、京の人々は、どぎついまでに個性的で、その様式などに当て嵌めきれるものではない。
それが思いもよらぬ苦労であり、楽しみでもある。
清水寺の舞台から京の町を眺めている老若男女がいる。
その高い舞台に至る道を、息を切らせながら登る者たちがいる。
さらにその道へ続く五条橋を渡る者、その五条橋の下の夏の鴨川の岸辺を、女たちが集まってそぞろ歩いている。
川の中には鵜飼いだけでなく、直接自分で鮎を掴まえようと奮闘をする者がいる。
漁をしなくても、夏のことだから水遊びに興じる親子もいる。
遊びといえば……。
描きながら、遊びだけでも世にはこれほどの種類があるのかと思う。
路地で羽子板をついて遊んでいる者たちがいる。
相撲を取る者がいれば、それを見る者、囃す者がいる。
弁慶石を持ち上げあって力比べをする者たちがいると思えば、綱引きで遊ぶ子どもたち、
子供の遊びは動きが速い。その瞬く間を捉えるあたり、小蝶の目は確かだ。
それに、鶯合わせで鳴き声を競わせている武士や僧などもいて、貴賎を問わず人は遊ぶのだと思う。
信春と直治どのの下絵をも見ると、大人も子供も、本当によく遊んでいる。
遊ぶというのは、世が静謐でなければできぬことで、めでたいことではある。
だが……。
京の町のいたるところでこのように遊んでいる者がいるのか、信春と直治どの、小蝶が遊んでいる者を目ざとく見つけて描いたのかはわからぬ。
日々の糧を得るために、遊ぶ間などないという者が多いのは予想がつく。
だが、それでもなお、間を見つけて遊ぶのが人というものなのかもしれぬ。
このようなことでも考え出せば、日が暮れるまで考えられてしまう。
そして、描きながらあらためて気がつくのだが、京の町は美しい。
北野天満宮の梅の花、鞍馬の桜、芽吹く柳、菖蒲、夏の鴨川。そして、紅葉狩りの者たちが紅葉の枝を担いで嵐山渡月橋を渡っている。そして、雪の金閣寺。門松を用意する者たち。
紫宸殿では、元旦の宴の舞楽が演じられている。
雪も降れば風も吹き、花が咲けば日も照らす。
花鳥風月の移り代わりを摑まえ描くのであれば、直治どのに一日の長がある。最年少であったとしても、だ。
その筆で紙の上に写された、京の町を流れる季節はことさらに美しい。
その中で、人々は信心をし、働いている。
寺では僧侶がお勤めをしているし、因幡堂の盂蘭盆会の精霊迎えに行く者もいれば、
揃いの支度で念仏踊りの一群がいると思えば、念仏狂言で顔を赤く塗った閻魔役が舞台で目を剥いている。
お
御霊会の行列が行けば、それを拝む者もいる。
これほど京の都には、祈りというものがあったのかと思う。
それに加えて、圧倒的に多いのは働いている人々だ。
まずは職人衆、農民。
こけら葺きの屋根の修理をしている大工がいる。大工のまわりには、一緒に屋根を葺く者に屋根材を運ぶ者、はしごを登っている者もいる。
染物屋では染師が布を染めて干し、結桶師が桶の箍を締めている。鋏や剃刀の看板を上げている髪結床があれば、牛を飼う者もいる。
夫婦で種を蒔く農民がいれば、鍬を担いで道を行く者もいるし、麦が刈られ、稲も刈られている。京の都には、耕すことを生業にする者も
次に、商いをしている者たち。
馬の背に積まれた米が運び込まれ、下ろされ小分けされたものを買う客が絶えない米屋。男女の良縁を得るための御札を売る
祈祷の依頼を待つ山伏に、かわらけを担ぐ振り売り。菜や瓜を売る者もいる。
そういった商いの中で、俺も下絵なしにいきなり描けるものがある。
狩野の扇屋だ。これまた当然のように、店は賑わっている。自分の関係する店を描くのだ。いくらか盛ったとしても良いではないか。
働く者はそれだけではない。
世に生業の種類は多く、職人とも商いとも分けることができないものも多い。
大原女が牛と一緒に薪を運んでいるし、風呂屋では白衣の湯女が客の頭を洗っている。高野聖が日々の糧を得るための布売商売をしていると思えば、猿回しが赤いちゃんちゃこを着た猿に芸をさせ、琵琶法師は犬に追いかけられて、盲目ながら走って逃げている。
そして、商いがあれば、当然のように客がいる。
意気揚々と歩く烏帽子を被った若衆がいる。どこぞの奥方が、傘を差し掛けられながられながら歩いている。
公家の子供が我慢できなくなったのだろうか、輿から降りて人目につかぬよう抱えられておしっこをしている。この下絵を描いたのは信春。あまりに信春らしくて頬が緩んでしまう。
だが、このようなものまで含めて、道を行く者の数は多い。
京の町は生きている。
人々によって生かされている。
そうとしか言いようがない。
生きていると言えば、たくさんの生命が京にはあり、それがまた日々我らの糧となっている。
犬を連れた鷹匠、そしてその鷹に狩られる鷺。鳥をとりもちで掴まえる鳥刺し、
鮎を獲る者も多いことを考えれば、どれほどの獲物が京にいるのだろうか。
毎日毎日狩られながらもいなくならないのだから、その数は恐ろしいほどに多いものなのかもしれぬ。
そして、人の生命の力の発露が見られるのが祭りだ。
祇園会の長刀鉾、蟷螂鉾、さらに神輿。
最後には船鉾。そして、それを曳き、担ぐ者たち。
祇園会は、京の人々がここに暮らしている限り、その生命が受け継がれていく限り、続いていくのであろう。
思い切り伸びをする。
目を酷使する日々はまだ終わらない。根を詰めすぎると生じる、よくない疲れが蓄積しているのだ。
ここまでで、すでに二千を超える人々を描いてきた。
さらに、俺のお会いしたことのある方たちを描いていこう。
関白様は、お屋敷の門で客人を迎えている。
公方御所には続々と来客があって賑やかだ。そんな中で、将軍様はお付きの者に挟まれ守られている。
細川殿の屋敷では武士だけでなく奥の方たちも顔をのぞかせている。長年手入れされてきた庭は、美しく広い。
松永殿の家では、盛大に左義長が行われている。これを描き落としてはならぬ。
最後の最後に、俺の祈りを描こう。
将軍様が、ご無事で安泰でありますように。
そう祈って、俺は賑やかな闘鶏の場を描く。
闘鶏は、安泰祈願の行事なのだ。
将軍様はこの絵で屏風の右隻と左隻、ともにいらっしゃることになる。
これで二千四百五十一人。貴賤、老若男女、すべてを描いた。その人々の姿こそが京の都なのだ。
ただ、未だ描いていないものもある。
上杉殿だ。
上杉殿だけは、あとから世の状勢によって描き足す。
今の段階では、画竜点睛を欠くが仕方ない。
そして、もう一つ。
描かぬことで、俺は呪いを掛ける。
描かぬことゆえ、そのなにもない空間から、俺の意図を推し量ることは誰にもできまい。
三好殿の屋敷には、御成のときの冠木門だけが残る。
他の屋敷や家には、人を描いた。
だが、三好殿の屋敷は無人だ。
俺は、描かないことで将軍様の意を表し、仕掛けたのだ。
おそらくは来年、再来年にはその仕掛けは発動し、三好殿の屋敷はこのような姿になるであろう。
絵師の姿写しは
※振々毬打 ・・・ 毬を打ち合うホッケーのような遊び
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