西野アキ廣の象徴界サロン

幸村 燕

プペル?

寝る前、ふと西野は自分が最近始めたクラウドファンディングについて思った。西野のクラウドファンディングには様々な特典があるが、今日から選べるようになった新しい特典は今までの物とは少し趣向を変えた革新的でクリエイティブな特典だった。それは以下のようなものだ。

①【態度悪く御礼】このリターンをしたことを西野アキ廣と会った時に行っていただけると、西野がぶっきら棒に「ああ。ありがとう」と御礼をします。500円

②【真っ直ぐ目を見て御礼】このリターンを購入したことを西野アキ廣と会った時に言っていただけると、西野が真っ直ぐ目を見て「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」と三回御礼をします。1000円

③【目をそらしながら御礼】このリターンを購入したことを西野アキ廣と会った時に言っていただけると、西野が伏し目がちに「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」と三回言います。

④【西野を休ませる権】多忙な西野が丸1日全力で休んで、その間、「この休みをプレゼントするのは、○○さんなんだなぁ」と、あなたのことを思い続けます。一日の最後に西野からお礼のメールが届くかも。10万円

果たして、何人がこのクラウドファンディングを支援してくれるだろうか、僕の革新的なアイディアはどれだけの人を惹きつけることができるのだろうか。そんな期待に胸を弾ませながら、西野は眠りに落ちた。時刻は23時半、東京タワーでは今西野の個展を解体する権利を5万円で買い取ったサロンの人間たちが黙々と撤収作業をしている。


 翌朝、東京で朝早くから仕事があった西野は6時に起き、歯磨きやひげ剃りをし、身なりを整えてから家を出た。普段ならば車で移動する西野だったが今日の現場は電車で行くのが近いために徒歩で最寄りの駅に向かっていた。交差点の信号を待っているとき、西野は後ろからマスクをつけたサラリーマン風の男性に話しかけられた。西野は男性を変な言い掛かと思い無視しようとしたが、自分が不審に思われたと感づいた男性は西野に変な迷惑をかけないようにとすぐさま、【真っ直ぐ目を見て御礼】を購入しましたよ、と要件だけを言った。しかし、あまりにも突然だったために西野は狼狽し「え?」と聞き返してしまった。そこでサラリーマンはもう一度、【真っ直ぐ目を見て御礼】を購入しましたよと言った。そこで全てを理解した西野はありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、と3度続けてサラリーマンの真っ直ぐ目を見ながら御礼を言った。そこで信号は青になり、西野はサラリーマンを後にして横断歩道を渡り始めた。しかし、少し進んだ辺りで西野はまた別の男性に呼び止められ、【態度悪く御礼】を購入しましたと言われた。そこで西野は「ああ。ありがとう」とぶっきら棒に御礼をして、男性に目を向けることもなく去っていった。

 それから西野は駅につくまでに【態度悪く御礼】三人、【目をそらしながら御礼】一人、【真っ直ぐ目を見て御礼】二人の購入者に出会い態度の悪い御礼を3回、目をそらしながらの御礼を一回、真っ直ぐ目を見て2回、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございますと御礼をした。さらに、駅についてからも西野は女性に話しかけられ、【態度悪く御礼】をすることになった。一体僕はどれだけの人間に御礼をしなければならないのだろう。本当にこれだけの人が自分のクラウドファンディングにお金を入れたのだろうか。僕は、どれだけの御礼をリターンをとして返さねばならないんだろう。そしてふと西野は「このリターンを購入したことを西野アキ廣と会った時に言っていただけると」という条件の不備に気づいてしまった。もし、クラウドファンディングを購入していない人間が「購入した」と言い張ったならば、僕はそのたびに御礼をしなければならない。さらに、本当に購入した人間が多数いたとして、僕は常に道端で出会う人間たちに「御礼」を求められる恐怖から逃れられることはできない。僕が、全ての「御礼」を履行するには一体どれだけの月日が必要だろうか。そのようなことを考えながら西野は今日の現場の最寄り駅までついたが、自宅から駅までの反省を活かして駅を出てすぐにロータリーからタクシーを拾った。

 西野がタクシーに乗り込み、運転手に今日の現場であるスタジオの住所を伝えると、運転手は「西野さんじゃないですか、僕も買いましたよ、アレ」と言った。西野は怯えた。この運転手は一体何を買ったのだろうか。彼は僕にどのような御礼を求めてくるのであろうか。彼は【態度悪く御礼】を三十六個、そして【真っ直ぐ目を見て御礼】を百六十個、【目をそらしながら御礼】を五十七個購入していた。そのせいで、西野は現場につくまでに「ああ。ありがとう」を三十六回、「ありがとうございます」を六百五十一回言うこととなった。西野自身の人生においてこれほどまでに御礼をしたことが一度でもあっただろうか。一生分の御礼を使い切った西野は、ようやく現場のスタジオに辿り着き、マネージャーと合流することができた。

 マネージャーは西野を見ると笑顔で手を降って西野に近づいてきた。西野はマネージャーの笑顔を、何か良い仕事が舞い込んできたのだという意味で理解し、期待しながら「どうしたんだ」と尋ねた。すると、マネージャーは「クラウドファンディングの【西野を休ませる権】が大好評でして、なんと一夜で八百四個売れました。そのため西野さんは今日から八百四日間休暇になります」と言った。西野ははじめマネージャーの言っていることが理解できず、そのあとゆっくりと彼の言葉の意味を咀嚼していった結果、次第に動揺に支配された。戸惑った西野は状況を完全には理解できないまま、必死で言葉を絞り出した。

「でも、今日から一週間かけて大事なプロジェクトをする予定じゃないか、このプロジェクトは外せない」

しかし、マネージャーはすかさず「それはできません」と答えた。

「なんでだ?」

「【西野を休ませる権】は権である以上権力が行使されます。つまり絶対に休むようにパワーによって強いられるのです」

 なんてこった、と西野は思った。

「だけど、今日から2年間も休みだなんて、これからの仕事に支障を来すんじゃないか」

「それなら問題ありません、クラウドファンディングにて【西野の代役をする権】を販売し、多数の応募があったので、あなたの代わりはたくさん用意されています。安心してお休み下さい」

 マネージャーはそう言って、西野をスタジオから追い出すと、休暇用にと八千四十万円を現金で渡した。

 西野は大量のお札が入った袋を抱えながら、自宅へと戻ることに決めた。しかし、西野は休暇の喜びを味うことなど出来ず、ただマネージャーが最後に言い残した「とにかくクラウドファンディングが好評で良かったです。これからも新しいコンテンツの販売を始めていくのでどんどん稼いでいきましょう」という言葉を一抹の不安として抱えていた。一体彼はどのようなコンテンツの販売を始めたのだろうか。

 そのような不安に苛まれていると、西野はいきなり後ろから若い女性に呼び止められた。女性は「買いましたよ、アレ」と、タクシードライバーと同じことを言った。西野はまた「御礼」のことだろうと思って、彼女が一体なんの「御礼」を買ったのだろうかとぼんやり考えた。

「アレですよ、【西野を首輪につないで四足で散歩させる権】」

 御礼を言おうとしていた西野の脳内は混乱し、言葉を失っていたが、女性に「え、散歩できないの?詐欺だったの?」と問い詰められ、西野は何も反論することができなくなってしまい、そのまま成り行きに任せて首輪に繋がれた。

 しばらく散歩していると「あら、後ろ足にしか靴がないなんて不便ね」そう言って、女性は近くの商店街で西野の前足に靴を買い与えた。首輪に繋がれた西野は四足で、必死に女性のペースに合わせて進んでいた。三十分ほど歩いた後、女性はコンビニに行くからと言って、西野を繋いでいるリードロープをコンビニの前の動物用リードをつないでおく場所に付け、コンビニへと入ってしまった。女性が戻ってくるまで大人しく待っていた西野だったが、そこに小学生ほどの年の少年が四人近づいてきて、西野に「買ったよ、アレ」と言った。犬と化していた西野は言葉を忘れ、ただ少年たちの言葉を待っていた。「【西野を缶蹴りの缶にできる権】だよ」

 そして、西野は缶蹴りの缶になった。夕暮れの公園の真ん中でただうずくまり、少年たちが隠れた他の友達を見つけるたびに踏まれるだけの物体、それが今の西野である。そして十七時のチャイムが鳴った後、少年たちは帰宅し、西野は公園に置き去りにされた。

 暗くなった公園でしばらく動かずにいると、突然空から大きな音がした。見上げると黒いヘリコプターが見えた。そして、すぐ近くまで来たヘリコプターから梯子上のロープ降ろされ、スーツを着た男が二人ほど降りてきた。そして彼らは西野を見ると「西野だな、我々は【西野を傭兵として紛争で戦わせる権】を購入したものだ。リターンを頼む」と言った。


 目覚めると西野は銃声の響く戦地にいた。ここで目覚めるのは何回目だろうか。僕が休暇を取り始めてから何日が経っただろうか。戦局は一向に変わらず膠着状態だ。しかし、チャンスがないわけじゃない。来週には支援隊が来てくれるし、状況をひっくり返すクリエイティブな発想もある。それにここでは僕に「御礼」を求めてくる人間もいない、とにかく人民のために、僕は戦わねばならない。そして「御礼」をする存在からされる存在へと成り上がるんだ。

 僕の革命のファンファーレはこれからも成り続けるだろう、そう思って西野はライフルを構えた。

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西野アキ廣の象徴界サロン 幸村 燕 @kurenaiduki

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