第019話 ダークエルフにはみせられない

 ダクタと一旦別れた僕は部屋を出て、1階に下り、でっかい扉の前にきた。

 しかしデカイ。正門よりは小さいが、それでも4メートルくらいはありそうだ。


「……ぐっ」


 僕は扉を押してみるが、当然、動かない。


「どうしたもんか……」


 と、その時、大扉の脇に通常サイズの扉があるのに気づいた。非常口――じゃなく一般口? わからないが、鍵は掛かっていなかったので助かった。


 ここはたぶん、謁見の間というところだろう。

 ホールのような広い空間。造りも今まで見た中で一番豪華で立派で、様々な装飾が壁や天井にある。入口からまっすぐ赤い絨毯が伸び、最奥は段になって上がっており、その先に玉座があった。


「……風通しいいな」


 その玉座の後ろは案の定というか、某天才魔法使いが吹っ飛ばしたせいで、屋外と直で繋がってしまっているのだが。


「…………」


 僕は赤い絨毯を進み、玉座の前に来た。

 そして、座った。


「…………」


 座は段になった上に設置されているため、座っていてもそれ以外を見下ろす形になる。かつてここで、配下にかしずかれていた王がいたのだろうか。


「……ただの固い椅子だ」


 玉座に座った僕の感想はそれだった。

 ただの固く、冷たい椅子だ。

 こんな金だけは掛かっているゴツイ椅子よりも、僕はダクタと一緒に座れる二人掛けのベンチの方が百倍いい。


「…………」


 ふと、僕の頬を風が撫でた。通気性は抜群の空間なので、撫でるどころではないが。しかしダクタは、いったいどんな魔法を使ったのか。後で聞いてみよう。


「……魔法、か」


 その存在はゲームや漫画ではめずらしくない。現実でも、たまに自称魔法使いが現れたり、昔は錬金術師と併せてよくいたなんて話もある。胡散臭いけど。


 だけど、ダクタは本物だ。異世界なんてものがあった以上、魔法があっても不思議じゃないんだけど、やっぱり改めて考えると信じ難い話だ。


「……魔法、魔法」


 ……僕にも使えたりしないんだろうか。

 ……。

 …………。


「…………」


 僕はおもむろに玉座から立ち上がり、手の平を胸と水平に掲げる。


「――出ろッ!」


 言って、激しく後悔した。

 もちろん手からはなにも出ない。

 代わりに、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。


「出ろっておま……」


『出ろッ』はないよな……。いや、僕としてはなにか技名もセットにしようとしたんだ。オーソドックスに〝ファイアーボール〟とか〝ファイア〟とかさ。

 でもなんだろう、寸前になって恥ずかしくなったというか、〝照れ〟が出てしまった……。


「……卒業・・できてないな」


 ……。

 …………。

 ………………。


「――ファイアーボール!」


 出ない。


「ファイア! サンダー! ブリザード!!」


 出ない。


「…………」


 なんだか悔しくなってきた。


「メラ! ファイガ! 爆力魔波! 光の白刃! 竜破斬! メギド! メギドラ! メギドラオン!」


 出ない。ヤケクソになったって、出ないものは出ない。


「……うぅ」


 僕はがっくり崩れ落ちた。

 圧倒的羞恥に耐えた先には、なにもなかった。

 膝を突き、悪夢のように襲い来る恥ずかしさから必死で心を守る。


「…………」


 顔を上げると、


「……?」


 そこには壁があった。


「……?」


 壁はグリーンとクリームが混ざったような、白っぽい色をしている。それに模様もある。桜の花っぽいやつで、なんとも見覚えがある。


 壁。……壁? 

 ……いや、これは壁ではない。


 立ち上がり、僕はそれから一歩、二歩、下がった。

 やはり、壁ではない。

 これは、


「……押入れだ」


 僕の部屋の、押入れだった。

 間違いなく押入れだ。

 押入れが、音もなく出現した。


「……まじか」


 僕は押入れの周りをぐるっと回ってみる。やはり押入れだ。

 僕はふすまを開けてみる。中にはなにもないが、やはり押入れだ。


 思い出すのはダクタの家にあった押入れだが、あれとは違い、これは上段もある。

 なのでそのまんま押入れだけを切り抜いて、ぽんと置いた感じだ。


「……え? なにゆえに?」


 なぜ、押入れがここに現れるのだろうか。

 まさか、まさか……これが僕の能力?

 

 ダクタは言っていた。魔法は主を認識すると。そして偶然が偶然と重なり、僕はそれに認定されたのだと。

 その結果が、これ・・なんだろうか。


「…………」


 僕は試しに、押入れに念じてみた。

〝消えろ〟と。

 すると、押入れは音もなく、すっと消えた。


「…………」


 今度は〝出てこい〟と念じてみる。

 押入れは音もなく、すっと出現した。


「…………」


 複雑という言葉が、まさに今の僕にはぴったりだろう。

 どうやら晴れて魔法っぽいものが使えるようになったわけだが、それは炎や水を出したり、身体を強化したり、時間を止めたりするものではなかった。


 押入れを出現させる力だ。

 押入れを、出したり消したりする能力。


「…………」


 僕はまた何度か念じてみた。

 その度に、押入れは出たり消えたりしている。


「…………」


 本当に反応に困る。いったいこの能力をどうしろというのか。


「…………」


 しかし困惑こそ大きいが、僕の中には別の想いもあった。


「……検証したい」


 僕は自分でも、自分がけっこうな石橋叩きマンだと理解している。なので、まずは能力の特性や性質が気になって仕方がない。ダクタがいれば検証作業は最高に捗るのだが、あいにく今はいない。


「…………」


 僕は試しに、このフロアに入ってきた入口扉に向かって押入れを出してみた。玉座から入口扉まで距離にして50メートル。さてどうなるか。


「…………」


 結果、入口扉のすぐ前に押入れは出現した。僕のイメージ通りの位置だ。ということなので、少なくとも射程(?)距離は50メートルはある。それ以上は、フロアの大きさ的にこの場で確かめることはできないが。


「あとは使用回数か……。僕の中のなんらかのエネルギーを使っているのか、それとも単純に回数制か。回数制ならそれは回復するのか。回復は外部的な手段が必要なのか、日ごとに回復するのか……」


 制約は? 代償は? 対価は? 連続使用は可能か? 

 考え始めると切りがない。そして結局のところ、僕ひとりでは明確な答えどころか、満足に検証作業もできないことに気づく。


「……ダクタ」


 早くダクタに会いたい。無論、検証作業を進めるためにというのもあるが、それ以上に僕はダクタにこの能力を見せたかった。


 ダクタはどんな顔をするだろう。

 ダクタは驚きそうだ。でもすぐ真面目な顔になって、考察しだすかもしれない。

 僕は考察モードのダクタも好きだ。まじで格好いい。


「……ダクタ、まだかな」


 気づけば僕は入口扉の前まで来ていた。

 いっそ呼びに行くかと悩む。しかしダクタにはここで待っていると言ったし、僕に来て欲しくもないだろう。あの口ぶりからして。


「ダクタ……」


 その時だ、


「――ま、待たせたの、りゅうのすけ……」


 背後からの声。ダクタの声だ。微妙に声に緊張の色が出ているが、ダクタの声に違いない。


「ダクタ、あのさ、僕――」


 振り返って、僕は固まった。


「こ、こういうのを着るのは初めてじゃったから、手間取った」


 ダクタは、ドレス姿だった。

 海のように青く、透き通ったドレス。肩は出しているが、見るからに手触りの良さそうなレースがお洒落、というかすごく大人っぽい。

 頭にはいつものティアラがあるので、その様は文句なくお姫様だ。


「さ、さっきの部屋にあっての、そ、それで、ま、まぁ物は試しにじゃな……」


 頬を染めるダクタは、明らかに緊張している。

 そして僕の言葉を待っている。

 不安はあるが、それでも僕が望む答えをくれるであろう予感を抱きながら。

 もちろん僕はそれに応えたい。

 なのに、


「……あ、」


 なのに、


「……いや、」


 言葉が出てこない。気の利いたことすら言えない自分が情けない。

 さっきまであんなに考えていた能力のことも、一瞬で吹き飛んでしまった。

 

 今の僕には、もうダクタしか見えていない。いや、それ以外は見たくない。

 瞳に映る景色が世界だと言うなら、僕の世界には、ダクタしか映っていない。

 それほどまでに、僕は完全に魅了されてしまっていた。


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