第018話 ダークエルフはきまずい

 アルフレイムの王城は、巨大な湖を背に建っていた。

 湖の水を引き、ぐるっと周りを取り囲むように流している。


 なので城に入るには、跳ね橋を渡る必要があった。

 しかし橋は上がってしまっていて、徒歩では渡れない。

 ということで、飛んできた僕らは、橋を渡った向こう側に着地した。


「……しかしまぁ」


 眼前には巨大な扉がある。でかい。たぶん5メートルくらいはある。この手の城の扉は、なぜこうも大きいのだろう。開けづらいったらないと思う。

 それとも城の入口、顔として、外から来た者に誇示するために大きくしているのだろうか。なら、扉の大きさは王の見栄に比例するのか。わからないけど。

 

 しかし、西洋ちっくな城というのは、まるで要塞だ。丈夫で、高くて、水路で囲ってあるので、侵入するには正門から入るしかない。

 と、そこまで考えて気づいた。……ぼけてるな。まるで要塞、ではなく、そもそも要塞なのだ。日本の城だってやってることは同じじゃないか。


「…………」


 扉はひとひとりが通れる分くらいは開いていた。

 内部はやはり広かった。通路の幅も、天井も高い。石造りで、等間隔で石像だったり壷みたいな物が並べられている。


 結界の影響がまだ残っているのか、まるで荒れていない。この状態で僕の世界に建っていたら、間違いなく世界遺産だろう。

 それほどまでに立派だった。

 

 城に入ってまっすぐ進むと、これまた大きな扉があるのだが、あえてそこには入らず、先に2階へ上がった。

 2階も1階と同じく、通路からして豪華としか言いようのない造りで、窓も多いので明るい。誰もない不気味さはもちろんある。だけど、この静寂さが、厳かで神聖な空気を生み出しているのも違いない。

 

 通路にはいくつもの扉があった。どれに入ろうか迷っていたが、奥にひときわ立派な扉を見つけた。造りからして他とは違う。偉い人の部屋なんだろうか。

 僕は高鳴る鼓動を感じながら扉を開け、


「…………は?」


 唖然とした。

 僕はその部屋に入った。だと言うのに、目に飛び込んできた光景は、なのだ。

 視界いっぱいに巨大な湖が映り、水面をきらきら光らせている。

 それは間違いなく綺麗なのだが、今はそれどころではない。

 なぜ、部屋に入ると外に出るのか。


「……?」


 そこで気づいた。

 この部屋、というか、この城、後ろ半分がない・・

 僕は部屋に入り、中ほどまで進む。そこから先はまるで断崖絶壁のように途切れており、落ちたらシャレにならない。

 僕はおそるおそる、下、横、上を見る。


「……なんだ、これ」


 やはり、ない。この城は、後ろ半分がない。

 まるでえぐり取られたように、削られていた。

 これではハリボテだ。


 さらに下の方を見ると、そこには巨大なクレーターができていた。たぶん直径300メートルはあるんじゃないだろうか。その惨状から、そこで想像を絶する大爆発があったのだと予想するのは、至極簡単だった。


「…………」


 僕は、無意識に震えていた腕を掴む。


 とどのつまり、これが今の・・この世界の真の姿なのだ。


 魔法を使った争い。戦争。

 美しい景色の裏には、こうして戦いの傷痕が残っている。

 人々の業を、戒めるように。


 そもそも〝人〟だけが世界から消えるというのは、異様を極めている。

 いったい、戦いの果てに、なにがあったのか。

 僕には想像もできない。


「…………」


 ちらりとダクタを見ると、神妙な面持ちで破壊の跡を眺めている。

 ダクタはこれを見て、なにを感じるんだろう。

 自分が眠っている間に起きた出来事について、なにを想うんだろう。


「……ダクタ」

「……りゅうのすけ、これはな……」


 気落ちしたように、ダクタは弱々しい。


「これは……」


 そして、言った。


「――これ、余がやっちゃったんじゃ」


 ……。

 …………。

 ………………ん?


「いや、その……つい、急いでおって……」


 ……?

 …………??

 ………………???


「ん? ん? んん?」


 え、ん? ……んんん?


 僕の脳味噌の許容量は、一瞬でオーバーフローした。


「ほら、そ、その……前に、おぬしの世界ともう一度繋げるために、古代遺物をその……」

「……あ、あぁ! 盗んだって!」

「う、うむ、それで、その盗った宝物庫というのが……ここのやつなんじゃ」


 なるほど。そういうことか。

 ダクタは言っていた。再び世界を繋げるためには遺物とやらが必要だったが、それをもう持っていないから盗んだと。


 つまり、この城の宝物庫から盗んだというわけだ。

 なるほど。なるほど。

 納得、納得。


 …………。

 ………………。

 …………いや、ちょっと待て。


 じゃあ、さっきのあの表情はなに!?

 あの神妙な表情はなんだったの!?

 失われた世界を憂いてたわけじゃなく、ただ単純に、ばつが悪かっただけ!?

 

 さっきの、アンニュイな雰囲気は『やっべぇ、見られちゃったよ』的な、自分のやらかしがバレて気まずかっただけなの!?


「……ダクタ」

「ま、待て、勘違いするな! うん! ちゃんと、ちゃんとしたぞ! 急いでいおったから宝物庫を守っとった結界を解くのが面倒での! しかも何重にも張られたやつが残っておって、いや、もちろん余が本気出せばそんなの朝飯前なんじゃが、急いでおったんじゃ! じゃから丸ごと吹き飛ばすことにしたんじゃが、ぶっ飛ばす前にちゃんと、鳥も獣も魚も虫も草木も、ついでに魔物も全部別んとこに移動させたからの! ちゃんとやったんじゃ! 本当じゃ!」


 かつてないほどの早口だった。

 というか、別に僕は責めていないんだけど。むしろ付近の生き物を根こそぎ移動させたって、そっちの方が気になるしビビるよ。


「…………」


 いろんな感情が錯綜して、僕は言葉を失ってしまった。

 すると、ダクタはそんな僕の反応を見て落ち込んだ。


「……じゃって、」


 うつむき、自分の指を絡める。


「……じゃって、」


 そして上目遣いで、言った。


「じゃって、りゅうのすけに、一秒でも早く会いたかったんじゃもん……」


 ……。

 …………。

 ……ずるい。 

 ……まったく、ずるいと思う。


 その言葉は、本当にずるいよ、ダクタ。

 その言葉を聞くと、少しばかりの呆れた気持ちも、少しばかりの畏れの感情も、全部が嬉しさで、上書きされてしまうから。


 ダクタ風に言えば、〝魔法の言葉〟だ。

 たぶん、どんな魔法よりも、僕に効果抜群だと思う。


「別に怒ってないよ、ダクタ」

「本当か?」

「怒る理由ないし。それに今この世界って、ダクタの物なんでしょ?」


 世界から人が消えて数百年。ならもうその所有権は、そろそろダクタに移ってもいい頃合いだろう。誰も文句は言わないというか、言えないだろうし。


「りゅうのすけに、半分やる」

「いや、それは……なんかバッドエンドになりそうだし……」

「じゃ全部やる!」

「待って、なんか論点がズレてきてるけど。……ふふふ」


 なんだかおかしくなってきた。

 そんな僕を見ると、ダクタも安心したように笑い出した。


「……ふぅ。それで、どうしよっか。半分後ろがないんじゃ、あんまり探索もできないかもしれないし」

「そうじゃなー……ん?」 


 ダクタは部屋にあった、見るからに立派なクローゼットを開け、


「なにかあったの?」

「い、いや……!」


 僕が近づくと慌てて閉めてしまった。


「……?」

「えっとじゃな……」


 ダクタはクローゼットの前で一瞬だけ逡巡し、


「……ちょっと、外に出ていてくれんかの?」

「いい、けど」


 理由はわからないし気になるが、たぶん聞いても教えてくれないだろう。口ぶりからしてクローゼットの中に秘密があるようだが、なら万全の準備をしてからの種明かしを期待する。なので、僕は部屋を出る――直前、


「あ、そうだ。なら1階の――入って正面のとこにあった、でっかい扉の部屋にいてもいい? 後で見に行こうとは思ってたんだ」

「うむ、わかった。では準備が済んだらそこへ向かおう。ちなみに、城の中に魔物はおらんから安心せい」

「結界の力?」

「気配と魔力を探っただけじゃ」


 なるほど。それは便利な力だ。


 僕はダクタの準備とやらに期待しつつ、1階へ下りた。


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