第003話 ダークエルフをおさわり

「えー」

「終わりです」

「まだ半分残っておるじゃろうて」


 その残り半分、下半身はダメだ。どう考えてもダメだ。ダクタは男に対してなのか人間に対してなのかはわからないが、すごく興味を持っている。そこに邪な気持ちは、おそらくない。だからこそ、余計にダメだ。


「うぬぬ……」


 渋々といった感じだが、ダクタは納得してくれた。僕としてはなんとか急を脱した。よかったよかった。……いや、残念――いや、これでよかった、はず。


「では余を触ってくれ」


 まだバトルフェイズは終わっちゃいなかった。


「……僕もなの?」

「うむ、触られるのも興味がある」


 そりゃ僕だってあるけど。あるけどさ。


「……えっと、隣にいる、よね?」


 僕は覚悟を決める。なんの覚悟かは自分でもわからないが。


「うむ、おるぞ!」


 ダクタは準備万端ばっちこいとばかりに声を弾ませる。

 しかし触ると言っても、どこを触ればいいんだろうか。暗闇なので明るいよりは心理的ハードルも低いかもしれないが、だからこそ変なところを触ってしまう可能性もある。というか、その可能性の方が高い。


「…………」


 さすがに意図的に初手ラッキースケベをする勇気はないし、好意的に友好関係を築こうとしてくれるダクタにそれは失礼だろう。

 そんなことを考えながら躊躇してると、


「……?」


 なにか、聞こえる。布――いや服が擦れるような、そんな音だ。


「……ダクタ」

「なんじゃ? うんしょっと……ほっ、涼しくなったなった」


 ……。


「なんで、脱いでるの?」

「えっ!? なぜわかったんじゃ!?」

「…………」

「いやだって、その……どうせなら直に触れられてみたいと思うて……」

「…………」

「す、すっぽんぽんではないぞ! 肌着は着ておるし! さすがに余も恥ずい!」


 だったら脱がなければいいのにと思いつつも、話が進まなそうなので僕も腹を括った。もちろん暴走するつもりはない。


「…………」


 まずは頭だ。頭ならまぁ大丈夫だろうと思いつつも、やはり緊張はする。


「……は?」


 だから上からゆっくり下ろした手が、固い物に触れて驚いた。


「なんだこれ……つの?」

「あぁ、これはティアラじゃ」

「ティアラ……ダクタは王さま?」

「いや、一時期〝王さまごっご〟にハマっとってな。その時に作ったんじゃが、なかなかに力作だったのでそのまま被っておる」


 思わずがくっと肩を落とした。ただ、それで緊張は少し解れた気がする。

 僕は気を取り直し、ダクタの頭に触れる。ティアラを両手でなぞって、そのままゆっくりと下げていく。


「おほぉ、他人に髪を触られるのは、なかなかにぞくぞくするのぉ! どうじゃ!? どうじゃ!? 余の髪はさらさらか!?」


「……実況しないでくれ」


 たしかにさらさらではある。長さは肩よりもあるストレートヘアだ。続いて髪の切れ目から、首に触れてみる。男のものとは違う、細い首だ。と、指がなにか固い物に当たった。チョーカーかなにかだろうか。そして気になって擦るように指を這わせていると、びくっとダクタの身が震えた。僕は慌てて両手をダクタの肩へと移動する。案の定というか、やはりここも素肌の感触だ。


「……じゃ、僕のターンはこれで終わりで」


 これ以上はまずい。いろいろと。ただそんな中でも新たな発見はあった。ダクタ両肩に触れたところ、肩幅はそこそこあった。頭の位置も考えると、身長は160センチは超えていそうだ。あくまで予想だが。


「えぇー、なんじゃなんじゃー、ケチ臭いのぉー」

「だったら明かりを点けてくれないかな?」

「それは……嫌じゃ。余の姿は見せたくないし」


 直に触れられることよりも、見られることのほうが嫌というのもめずらしい。ただ、これも僕はなんとなく想像が付いた。


「……ダークエルフ、だから?」

「……そうじゃ」


 ダクタは肌を見せたくないと言っていた。そこに起因するものならば、色だ。


「余の肌は人族とは違い、不毛の地と同じ色じゃ。瞳も左右で色が不気味に違う。そして耳はダークエルフの特徴を持っておらん……半端もんじゃ」

「……耳?」


 言われて気づいた。たしかに僕の記憶のエルフは耳が長い。なのに先ほど触った時はそんな特徴はなかった。


「……ちょっとごめん」


 僕はたしかめるべく、両手を伸ばした。先と同じように頭に触れ、そこからすすっと下にずらす。……たしかにこれは僕の想像する〝エルフ耳〟ではない。完全に人型とは言えずやや先端は尖っているが、それでも人のそれに限りなく近い。


「ひゃっ、ちょっと、お、おぬし……そこは……おぃ……」


 と、そこで僕は我に返った。


「ごめん!」

「い、いや、ええんじゃが……面白いものでもなかろう? 余は母の母が人族でな。その血が余の時にだけ濃く出てしもうたんじゃ。じゃから背丈も純血のダークエルフのように高くない」


 母の母、つまりは祖母だ。隔世遺伝や先祖返りといった現象だろうか。

 だけど、


「僕は、好きだよ」

「へ?」

「褐色、好き」


 僕は褐色娘が嫌いではない。どちらかと言えば好きだと思う。極めて大好き寄りの、好きだと思う。少なくとも僕の世界には、同じく褐色娘に好意的感情を抱く男は多いはずだ。……たぶん。


 身長にしたって、純血のダークエルフがどれだけ高身長かはわからないが、さっき触れた感じだとダクタは160センチは超えていそうだった。ならば十分というか、十分すぎる。さらにダメ押しとばかりにオッドアイ属性だ。まさに欲張りセット。


「お、おぬし……変わっておるな」

「好きなものは好きなんだ、しょうがない」

「そ、そんなに言うでない!」


 ダクタの過去になにがあったのかはわからない。もしかしたら、僕には想像もできないような苦労をしてきたのかもしれない。ただ、それでも、僕が褐色娘を好きという気持ちに嘘はない。


「もしかして髪は銀色――っと、そういえばさっき黒って言ってたか」


 褐色銀髪は最強に近い属性だが、褐色黒髪も僕は負けていないと思う。


「か、髪は黒じゃ……昔は銀だったが、ダークエルフは歳月を重ねると髪を黒く変化させる……余の髪は漆黒に染まっておる……」

「……アリだな」


 褐色に黒髪。僕はアリだと声を大にして言いたい。

 と、そこで


「歳月? ……もしかしてダクタって――」

「あ?」

「いや、なんでもない」


 本当に触れないで欲しい部分は他にあるようだ。 


「容姿で人を判断はしないよ。僕だってイケメンじゃないし」

「いけめんってなんじゃ?」

「えっと……整ってる外見ってことかな」

「そうか! ならおぬしは心がいけめんじゃ!」


 ダクタは本心で言ってくれているのだろう。しかし、『キミって性格はいいよね!』というのは往往おうおうにして『外見はノーコメントで』という裏音声が一緒についてくるものだ。そこにほろ苦いエピソードもあるが、今回は気にならなかった。むしろ、嬉しかった。ダクタに褒められるのが、嬉しかった。


「……明日も、りゅうのすけと話したい」


 だからそう言われた時、僕は今が暗闇の中で心底よかったと思った。


「……わかった。じゃあ、また明日」


 それでも僕はこの浮ついた気持ちを、すぐにでも落ち着かせたかった。だから逃げるようにふすまに手を掛けたが、


「あっ……」


 ダクタに裾を掴まれた。


「い、いや……うん、また明日、この時間にな」


 ダクタが僕から離れた気配がした。もう裾も掴まれていない。


「…………」


 僕は一瞬の逡巡の後、ふすまを開けた。


「……っ」


 光が差し込む。外はまだ明るい。時計の針は15時を示している。


「…………」


 押入れから出た僕は振り返る。そこには誰もいない。わずかな残り香すらない。

 そこはただの押入れに戻っていた。

 

 だけど、それでもこの気持ちが、証明している。

 たしかに彼女がそこにいたことを、証明していた。

 あの出会いは、夢ではないと。

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