第4話

 再び歩き続けた陸は、十字路の交差点で足を止めた。

 右手にはゆるく立ち上る坂が見え、その先は住宅街へと続いている。

 陸は心の底に秘めていた苦い記憶と思い出を反芻はんすうしながら交差点に立ち尽くした。高校生の頃に陸はコンビニエンスストアでアルバイトをしていた時期があった。

 そこで同シフトに勤務する同じ歳の女の子と知り合った。

 彼女とは好きな小説や音楽の話で意気投合し、時間があれば様々な話をする様になった。

 仕事を上がるのは、いつも22時頃。

 夜道を心配した陸は、彼女を家まで送り届ける様になり、道中たわいのない話をするのが心地よい時間となっていた。

 交差点を曲がり緩い坂を上がって行くと、そこに彼女の住む白い小奇麗な家が見えた。

 門の前で決まって最後に手を振る彼女の笑顔を見ると、この上ない幸福感に包まれるような気がした。

 陸は彼女のことが好きだった。

 しかし、その気持ちをなかなか伝える勇気が湧かなかった。

 逡巡しゅんじゅんしているうちに時間が過ぎていく中、ある日、彼女の方から送り届けるのを辞めて欲しいという申し出があった。

 その日の晩の最後に送り届ける際、二人の間は妙な沈黙に支配されていた。

 交差点にたどり着くと、ここまでで良いと彼女は言った。

 うまく言葉を繋げずにいた陸を置いて彼女は歩き出した。

 緩い坂を上がって行く彼女を陸はただ黙って観ていた。

 彼女は一度振り返り困惑気な表情を浮かべると、直ぐにまた前を向いて歩き、坂を越え視界の先の暗闇へと消えた。


 行き交う車の甲高いクラクション音で陸はふと我に返った。

 白昼下に、あの日彼女が消えた坂の向こうを陸は凝視していた。

 あれから、彼女との関係はぎこちないものとなり、業務外の話題で言葉を交わすことは少なくなった。

 ある日、バイトの終業時間間際になって一人の男が入り口脇に立つのが目に留まった。

 年頃は陸と同じくらいに見える背の高い男だった。

 着替えを終えた彼女が表に現れて、親しげに言葉を交わしながら連れ立って歩いて行った。

 二人が手をつなぎながら去りゆく姿を陸は今でも鮮明に覚えていた。

 その後、卒業間近に何とはなしにアルバイトを辞めた陸は、彼女と会うこともなくなった。

 彼女がその後どういう人生を過ごしているのか見当はつかない。

 曇り空の下、緩い坂は同じくあの白い小綺麗な家へと続いているはずだ。

 陸はふとあの家を一目見に行こうと思ったが、今見たところでどうなることは無いと思った。

 陸は交差点を背にして踵を返し、再びあてどなく歩き出した。


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