魔女の隠れ里

刊行日:1996年10月15日


教授と三姉妹が出会ってから一年。季節が一周した春を舞台にしたのが、第4作、魔女の隠れ里です。舞い散る桜の情景が印象的ですよね。


さて、この作品ですが、なんと今回はちょっと特殊な二部構成。

第Ⅰ部では、冬のスキー場での事件を扱った「消える足跡と幽霊のシュプール」

第Ⅱ部では、タイトルになっている「魔女の隠れ里」となっています。


今までは冒頭で軽い謎解きをしてから本編に入っていましたが、今回はその部分が非常に長くなって、ほぼ二本立てになっている感じです。

途中にミステリ……と言って良いのか、まあ軽ーい感じで「羽衣母さんの華麗な一日」が挿入されています。


それでは実際に読みながら小ネタを拾っていくことにしましょう!



□拾われている作品


○本

・エドガー・アラン・ポー『黒猫』

 ・ポーの超名作短編。青空文庫でも読めるので読みましょう。さらっと読める長さなのに、めちゃくちゃ完成度高いです。


○音楽

・ユーミン「守ってあげたい」

・トップガンのテーマ

 ・トップガンは1986年の映画なので、この作品がかかれた時代では十年ほど前の映画って感じですかね。

・中島みゆき「時代」

・おおブレネリ

 ・人のお家を聞きたがる歌。

□小ネタ

・冒頭、「神社の御神木が歩いた事件」がまた紹介されています。ここまで出てくると、どこかで拾われるのかしら……?


・「わたしたちと一緒にまっかな夢を見ましょう!」という一文、赤い夢というフレーズはいままで何度もでてきましたが、語り手である岩崎亜衣の口から出てきたのはこれが初めてかもですね。


・三連休を「3段重ねのスペシャルアイスクリーム」に例える表現、妙に印象に残って未だに三連休が来るたびに思い出します。


・『夢水キャッチホンサービス』キャッチホンとは、電話している間に電話がかかってきた場合、今かけている電話を中断してそちらに出れるサービスだそうです。(調べた)使い所が難しいサービスですね。昔はメールとかLINEとか無くて全部電話でやっていたわけですから、便利だったのかも……?


・雑誌記者、伊藤さんの登場です。雑誌記者を出すと事件に遭遇するまでの初速を稼げるから良いんですよね。一人は出しておくと便利なキャラだ。


・伊藤さんのセリフによると、教授は結構な有名人になっているらしい。『総生島』事件は教授の名前を高めましたが、『伯爵事件』は完全には解決しなかったはず。世間的にはどんな感じになってるんでしょうかね。


・「保護者の岩崎真衣です」「しつけ係の美衣です」「飼育係の亜衣です」という天丼ネタ、ここで初出です。後半のシリーズでも何度か出てきますね。


・伊藤さんの雑誌、セ・シーマは大人の女性向けのおしゃれな雑誌だそうですが、教授の連載載せててよかったの……?本当に??順当に「ミステリファン向けの雑誌」とかにしておいてもよさそうですが、そうなると、ミステリマニアみたいなキャラが増えすぎてしまう可能性があり、はやみね先生はそれを嫌ったのでしょうか?


・N県のA高原、N県はNIIGATA、NAGANO、NARA、NAGASAKIのどれかなので、NAGANOかな……。それはともかく、A高原はどこか分かりませんでした。もしかしたら全く架空の場所かもしれません。これじゃないか?って思った方は教えて下さい。


・原稿料は三万円。これって高いのか低いのか……どうなんでしょう?


・「これ軽自動車じゃないですか!」、この時代1995年の軽自動車はまだまだ技術力が低く、乗り心地が非常に悪いものでした。なので、岩崎姉妹がこれでスキー場に行くのかと驚くのもそういった背景があるのだと思います。それから平成の不況で軽自動車ぐらいしか買えない人が増えた+技術の進歩で、今の軽自動車は信じられないぐらいクオリティが上がっています。(私の親の話によると、軽自動車が高速をそれなりに静かに走れるのは、昔は考えられないことだったそう)


・軽自動車、『ポチ一号』はスズキ・ワークス660。これは正確にはスズキの軽自動車アルトのスポーツモデルである「アルトワークス」のことかと。1994年にモデルチェンジしてますので、伊藤さんが車を買ったばかりなら


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Suzuki_Alto_Works_001.JPG


で、それ以前から乗っているなら

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:CA21S_Suzuki_Alto_Works_1.jpg

ですね。多分後者かな……(走行距離的に)


・軽自動車云々の前に「夏用タイヤ」「2WD」という選択肢なのが雪国出身の人間からすると「正気か……?」って所ですね。


・大人になってから気がついたネタなんですが、軽自動車に、伊藤さん+教授+岩崎三姉妹で5。軽自動車は4人乗りが基本なのでこれは明らかな違法行為。まあ伊藤さん自体法定速度を知らないみたいだし、他の法律を知らないのは十分ありえますね。


暴走とばしまくる。というルビに思わずニッコリ。



・伊藤さん、スピード狂というキャラがここらへんでどんどん立ってくるんですね。


松任谷由実ユーミンは、丁度この時代第三次ブームだったそうです。カセットテープに時代を感じますね。


・N県にいくまでにK県を通る。という描写があります。K県は

KANAGAWA KAGAWA KOCHI KUMAMOTO KAGOSDHIMAのどれかなんですが、そうなるとちょと辻褄があわないかも?可能性があるとするなら、東京からKANAGAWAを抜けてNAGANOというコースなんですが……。もしかしたらここらへんは適当なアルファベットを入れたのかも?


・幽霊のシュプールの謎解きは結構単純です。というか、これ別の作品でも見たような記憶もあります。どこかに元ネタあるのかしら?



・一部と二部の間に挿入される羽衣母さんの華麗な一日。休憩として提示される羽衣母さんの一人称で語られる短編です。謎解きというかほとんどこじつけでは……?みたいな感じなんですが、羽衣母さんの強キャラっぷりを理解できるいい作品です。


・羽衣母さん、大学二年の時に学生結婚してるんですね。今は結婚する年齢も大分遅くなりました。(当時にしても早いほうかな?)


・第二部、魔女の隠れ里の舞台は春!一巻から丁度季節が一周したことになります。


・笙野之里、なにか元ネタあるんでしょうか?遠野物語っぽい話があとにあるんですが……


・描写から、伊藤さんのポチ一号はMT車ですね。


・笙野之里に向かう車内の挿絵、なんと全員シートベルトしてないんですね。伊藤さん……。


・「ここは高速道路やで。何キロ出してもええんやで」この文章を読んだときはリアルキッズだったので、「高速道路に上限がある」ってのこれで知りました。


・笙野之里に伝わる物語を集めた「笙野物語」は民俗学者の畑田なる人物によって書かれたそうですが、これは「遠野物語」を書いた柳田国男が元ネタだったりしますかね。


・時空を曲げる家屋と書いて『時空曲屋ときまや』、昔物語っぽい読みがなとSFめいた漢字のギャップがいいですね。


桜乱荘ろうらんそうというのも元ネタあるんでしょうか。砂漠の消えた都市、楼蘭?


・笙野之里の登場人物、村長、医者、お坊さんの組み合わせは、まんま横溝正史の『獄門島』と一致しますね。意識して作ってるんでしょうね。


・上越警部の先輩、南雲警部、なにか元ネタあるんでしょうかね。


・魔女から届けられる11体のマネキン人形。この数が犯人を特定する鍵になるわけですね。


・壁にドクロの作り物を埋め込んでおいて「趣味です」と言い張るの、やべーだろと思うも、そう言われたら「おお、そうなんや……」って納得するしかないですよね。力技!


・魔女のトリック、トリックというか、「見間違いを誘発する」だけなのでちょっと強引感はあります。これは後々明かされるように「死ぬかどうかは運命に任せる」みたいな理由があるのですが。


・魔女は、犯人のフカシのはずですが、なぜか村の婆さんが知っているという展開。犯人が名乗る以外にも魔女が存在したのかしら?


・背中を丸めて去っていく謎の老婆、こういった要素はやっぱり横溝正史作品のイメージなんでしょうかね。


時空曲屋ときまや、ミステリとは思えないオカルトな展開ですが、ちゃんと謎解きになっているのが面白いです。この雰囲気良いんですよね。


・伊藤さんの関西弁がおかしい。というのがヒントになっているんですが、私は関西圏の人間ではないので分かりませんでした。(関西の人ならわかるのかな?)


・最後の桜が増えている謎、これは分からないんですよね……まあ、そういう雰囲気を楽しむものだと思うんですが。


・なお、あとがきによると、怪盗クイーンは本来ならば『魔女の隠れ里』の犯人として登場する予定だったそうなんですが、あまりにも性格が派手派手すぎるので、別シリーズにしたとのこと。後のシリーズを見ると完全納得なんですよね……。(こんなの出したら完全に主役食ってしまうわ!!)


○総評

今回初登場の伊藤さんは、スピード狂という強烈なキャラを見せてくれたんですが、その実なんと犯人というインパクトのある展開をかましてくれます。

これは別の人のレビューの受け売りになってしまうのですが、今作品が二部構成になっているのも、第一部で伊藤さんというキャラクターを出しておいて読者に慣れさせてからの、第二部のインパクトを狙ったものではないか。という話がありまして、そう考えるとかなり工夫された構成です。

ただの記者……と思わせておいて……!というパターンですね。


「軽自動車に五人乗っている」問題、色々と考えてしまいます。はやみね先生わざわざ車種まで指定しているので、これは単純なミスってわけでもなさそう。でも「軽自動車に乗って爆走する女記者」というキャラクターのために、そこはあえて目をつぶったんでしょうか。(もっとも、小ネタに書いたとおり、伊藤さんはそもそも法律を知らないっぽいのでキャラクターとしては筋が通っているのですが)


ただ、私がこれに気がついたのは、大人になって車を買ってからなので、この本を読んでそこが気になる子どもはそんなに多くなさそう。だとしたらその部分にこだわるよりは、キャラクターを立てる方を優先させて良いのではないか?なんてのも思うんですよね。


「小説に、描く記述はできるだけ正確でなければならないか?」なんていうテーマは色々な所で話題になりますが、個人的には「他に優先させたいものがあればあえて事実を無視しても構わない(ただしうまく説明をいれること)」という考えを持っています。ので、この場合はどう考えるべきかな……とか考えてしまいました。


あと、今作品で気がついたんですが、夢水清志郎って基本的に超絶有能なので、謎が発生すると同時に解いてしまっているんですね。でもめんどくさいのと、犯人の目的が殺人等でないかぎりは、最後まで犯人の好きにやらせてくれる。

結果として「事件を初期段階で防がない探偵は無能」「事件を初期段階で防いでしまうと話が終わってしまう」のジレンマを解決しているのは非常に面白い構図ですね。

とはいえ、今回は殺人に発展しそうな所もあり……泳がせないでとっとと止めても良かったのでは?


話の途中で届けられる11体のマネキン人形、犯人を特定する鍵になるんですが、それ以上に「実際の死体を出せない児童書で連続殺人事件を描く」ために使われているのがなかなかエポックメイキングです。


この話には解かれていない謎が一つある。とはあとがきで作者が語っている情報ですが、どうも深見さんの姉周りの話のようです。まあ描写からするとすでに死んでいる……という感じなんでしょうね。(作者のHPで一時公開されていたそうです)


今作品の最後で夢水清志郎が三姉妹の元を去る……?みたいな話になるんですが、はやみね先生、シリーズを終わらせたらどうなるか?をやってみたかったんでしょうかね。ともあれ、誤解で終わるというオチでした。


さあ、次の作品は「踊る夜光怪人」です。お楽しみに!

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