第12話 最上家
駒姫の死罪が決まった。姫が関白の側室となる為に聚楽第へいったその日に関白が謀反の疑いで伏見へ連れて行かれてから切腹させらてしまった。父である自分が関白に近づく為に姫を差し出した報いだという者達がいるがそんな事はない。一大名が太閤の後継者と言われていた関白の要請をいつまでも断り続ける事など出来ない。お家取り潰しを避ける為の苦渋の決断だったのだ。妻を見た。無事に帰ってくるようにと神仏に祈り続けていた妻は今にも気を失いそうだった。
「このような事が許されるのですか。無実の娘が死罪になるなど」
腹の底から出した言葉に何も言えなかった。謀反の疑いで関白が死んだ際、自分がした事は最上を守る事だった。親しい大名に声をかけ取り成しを頼んだ。五大老の徳川にも内密に使者を出した。駒の事までは余裕がなかった。娘を切り捨てるつもりはなかった。家を優先しすぎてしまったと心の中で思っても口出すことは出来なかった。嗚咽を溢し泣く妻の背をさすりながらまだ手はあると声をかけた。
徳川に使者を出したが家康が京に来るまでに時間がかかるのは分かっていた。上杉、前田は領地の事を考えると雪が降る前に帰ってしまう為あまり宛てに出来ない。宇多喜は若すぎる。毛利は頼りない。だからこそ徳川だったが時間が間に合わなかった。秀吉に近しい人、畿内にいて影響がある人物となると限られてくる。福島は考えたが石田と仲が悪く、政治面では宛てに出来るかと言われるとかえって悪化する可能性があったのでやめたが取り成しを頼んだ方が良かったのか。北政所に会うにも伝手がない。他の者達はあまり感触が良くなかった。時間が足りなかった。せめて徳川が来るまでの時間が稼げれば・・・。
駒の死罪が決まった後、奇妙な使者が来た。あの石田の家臣が来た。何しに来たと思った。お前の主人のせいで娘が死ぬ事になるのだぞと思いながら対応した。屋敷の空気も悪い、殺気だっている。誰かがこの男を斬っても止めないし、むしろ褒美を与えてやりたいとぐらいだ。
「最上殿に駒姫から文を預かっております。姫はお元気そうでした」
左近は最上家全体の敵意を感じながら義光に手紙を差し出した。自分を見る義光は冷たく場合によっては斬るつもりであると言わんばかりの対応である為、自分が京に行っている間最悪の決定がなされたのだと分かった。
義光は手紙を読んだ。唸りながら何度も。そして同席していた妻に手紙を差し出した。義光は暫く考えこんでいたが
「この内容はまことか。石田殿は駒の為にここまですると」
探るような声であったが、期待を込めた目をしていた。
「間違いございません。私が聚楽第にいる間に事態が主の望まない悪い方向へ向かっています。至急戻り姫の救出に動いている主の手助けをしたく存じます。どうか最上殿も少しで時間を稼ぐ為に我らにご助命頂けないでしょうか」
時間かと義光は呟いた。結局はそこなのだ。それと同時に太閤と石田の間にはずれがあるのだと分かった。少なくとも島を聚楽第へ送った際には二人の間では駒は無罪放免だったが、何者かが太閤に耳打ちし駒の死罪が決まった。このことに北政所は反対しており、石田もそれに同調しているらしいという噂があるのは知っていたが本当だったのか・・・。
「当家の問題である。駒を救う為なら何だってする」
「では五大老の方々に書状を送って頂きたい。太閤様にも。謀反の意志がない事を改めてお誓いする内容の」
最上は謀反に加担していない。その上で駒姫の身の潔白訴えるのがいいと。後は三成と北政所が上手く処理するだろう。
島殿との話し合いがすんだ。見送りを済ませた妻が嬉しそうにしている。手には駒の手紙があった。今一番不安なのは駒自身なのに家族を心配している内容があった。
「駒は助かるのですね。石田様は駒為にそこまでしてくれるのですね」
神仏に祈りが通じたと言いながら泣いている。この前の涙ではない。嬉しさと安堵からの涙だ。
「時間を稼ごう。駒の為に」
頷き合いながらこれから神仏に祈る妻と一緒に歩く。たまには一緒に祈ってもいいのかもしれない。
内府が訪ねて来た。駒姫の件でこれから大阪城へ行き太閤を説得するという。その為、今の状況を教えてほしいとの事だった。
「最上殿のお気持ちは良く分かりますぞ。死罪などあってはならぬ。必ずや説得してみせよう」
頼りしていいと言わんばかりの声で話しかけてくる。人の良さそうな雰囲気をだした男だ。なるほど、石田殿が敵意を隠さず警戒するはずだ。天下を狙っているもだろう。自分を取り込もうとしている。
「実は駒の件ですが、石田殿が動いてくれております。内府には太閤様を説得する手助けをして頂きたいのです」
石田殿名前を聞くと驚いている。自分も驚いたのだから当然だろう。太閤の意志に反した動きをしている。誰もが驚く、あの石田がなぜと。
「これは驚きですな。治部がまさか・・・。よろしい、治部が説得出来るよう微力ながら力を貸そう」
笑いながら答えた。自分と石田殿どちらにも恩を売れると思ったのかもしれない。
「内府のお力添えがあればからなず上手くでしょう。かたじけない」
頭を下げながらいそう言い内府の機嫌をとった。
長い時間との闘いだ。いまだに駒が無罪になったとも刑が執行される日が決まったとも連絡がない。どちらに傾くか分からない。家の者達はみんな駒が助かると信じている。自分も信じたいが乱世を生き抜いてきた自分が油断するなと言っている。駒が助かてもその後にある問題がある・・・。死んだ場合も・・・。
騒がしくなってきた。家臣が自分を呼ぶ声が聞こえる。大阪から使者が来た。駒の処遇に対する決定の書状を持って。恐る恐る見た。太閤の花押がある。駒は助かったのだ。
「今すぐに聚楽第へ。駒を迎えに行くぞ」
今は娘を迎えに行く。後の事はこれから考えれば。
皆が泣いている。自分も同じだろう。長かった暗闇をついに出たのだから。
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