着信があった。


 受話器を取るなり聞こえてきたのは友人の怒りを含んだ声だった。


「おい、テレビを見たか? 政府のやつ、また新しい税を作りやがったぞ」


「あぁ、見たよ。まったくだな。政府のやつらなんか糞喰らえだ」


「今度作られた税は食物税だとよ。食べ物を食べる目的で買ったときに発生するんだと。食べ物を食べる以外の目的で買うやつがいるのかね」


 友人の愚痴に数分耳を傾けていたエル氏だったが、壁掛け時計を見て、言った。


「もうすぐ電話税が発生しそうだな」


「む、もうそんなに話したのか。では、失礼するよ」


 友人はそう言うとプツリと電話を切った。


 それからエル氏はキッチンにいる妻に声を掛けた。


「おおい、今度食物税とかいう税ができるらしいぞ」


「あら、また新しい税金? 嫌だわ、家だって裕福じゃないのに」


「仕方のないことさ」


 エル氏は口ではそう言うが憂鬱だった。父から受け継いだ遺産、数年かけて作った貯金。それらが最近になって少しずつ減ってきた。税金を納めるのに生活費の何倍ものお金を使っているからである。


「そうそう、今日は市役所に税金を納めにいく日じゃなかったかしら」


「あぁ、確かにそうだった。教えてくれてありがとう。行ってくるよ」


 エル氏は通帳を持って家を出た。

 市役所までは遠くないのだが、そこに行くまでにもやはり税が発生する。

 まずエル氏は歩道を歩いた。これにより歩行税が発生する。走っても走行税 が発生するし、きっと今にほふく前進税なんてのも作られるだろう。


 歩行者信号を渡ると信号利用税がかかる。幸い、エル氏の家から市役所までは歩いていけるため、電車利用税やバス税は発生しなかった。

 しかし気を付けなければならないのは、政府が放っている監視ロボットだ。監視ロボットは市民の様子を観察し、発生した税金を記録する。もし税金を踏み倒そうとすれば直ちに政府に連絡が行き、逮捕されてしまうのだ。


 エル氏はなるべく税が発生しないように市役所まで向かった。誰だって税金を払うのは嫌だろう。だが避けられない税があるように避けらる税だってあるのだ。エル氏は節約家ではなかったが、節税には気を配っていた。


 道を歩けば歩行税、道を走れば走行税と例を挙げたが、他にも理不尽な税はたくさんあった。エル氏には嫌いな税が3つある。


 1つは貯金税だ。これは貯金をするとかかる税で、少しでも貯金をしたいエル氏にとっては不倶戴天の税だ。


 2つ目は酸素消費税だ。これは呼吸をして酸素を消費するとかかる税で、呼吸をしなければ生きていけないエル氏にとっては理不尽極まりない税だ。


 3つ目は意識税だ。これは意識を保っているとかかる税で、眠っている時は発生しないが、起きていると発生する。趣味が多く、連休には徹夜もよくやるエル氏にとっては親の仇のような税だ。


 どれもこれもエル氏のストレッサーとなり、エル氏を苦しめている。


 エル氏は市役所に着くと、受付で納税手続きを済ませ、預金通帳を渡した。これで勝手に税金が口座から引き落とされるというシステムなのだ。

 数分後、帰ってきた通帳を見て、L氏は溜め息をついた。


「このペースで減っていたら老後まで持たないな。なんとかしたいものだが、昇進も期待できないだろうなぁ」


「あ、お客様、お待ちください。まだお支払い頂けていない税がございます」


 エル氏が市役所を出ようとすると声をかけられた。


 そうそう、忘れていた。エル氏には嫌いな税が3つあるが、大嫌いな税が1つあるのだ。それは他のどの税よりも理不尽にエル氏の生活を脅かす税だった。


 エル氏は再び通帳を預けた。

 税金を払ったときに発生する税、税金税を払うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る