左利き

 着信があった。


 時刻は午後2時。電化製品を扱う会社の社長であるエフ氏は、受話器を取った。


「もしもし。エフさんでございますね?」


「ああ、そうだ。それで博士、今日はなんでも私の会社で売ってほしい発明品があると聞いたが、本当か?」


「ええ。まずは郵送したダンボール箱を開けてみてください。」


 エフ氏の足元には博士から送られてきたダンボール箱があった。小さくもなく、また大きくもないサイズだった。開けてみると中に入っていたのは人が1人か2人入れるくらいの大きさの白い円盤だった。


「この円盤をどうすればいいのだね?」


「それを適当なところに置いてください」


 博士に言われた通り、エフ氏から少し離れたところに円盤を置いた。


 すると円盤が輝き、円盤の上に博士とロボットが現れた。


「これは驚いた。この円盤はテレポート装置だったわけだな。これが博士が我が社で売りたいという発明品かね?」


「いいえ、違います。私が売りたいのはこちらのロボットです」


 博士が手で指し示したのは、銀色をしたスマートなロボットだった。

 機械的でもあり、どこか人間的でもある。


「このロボットは、なにができるのかね?」


「このロボットは人間と同じ働きをすることができます。つまり思考し、自ら仕事を見つけて働くのです。当然、知識量は人間の比ではありません」


「これは驚いた。人間要らずとはまさにこのことだな。召し使いにしてもよし、社員の代替品にしてもよし。しかし博士の発明品と言われても性能をこの目で確かめないことには売り出せん」


「ではテストをしましょう。このロボットにエフさんの印象を紙に書かせてみせましょう。紙とペンはありますか?」


 エフ氏は机の上にあったメモ帳と万年筆を掴み、メモ帳をロボットの前に広げ万年筆を右手に持たせた。


 するとロボットはメモ帳にエフ氏の印象を書き始めた。しかしエフ氏は顔をしかめた。ロボットの字があまりにも汚かったからだ。


「これは驚いた。ロボットの字がこんなに汚い。これでは我が社で売り出すことはできんよ」


「そう早合点されては困ります。このロボットは左利きなのです」


 博士はそう言うとロボットの右手から万年筆を取り、左手に握らせた。するとロボットは数十年習字をやっていたかのような綺麗な字で書き始めた。


「これは驚いた。ロボットが左利きとは。いったいなぜ左利きなんかにしたんです、博士?」


「現代、左利きの人は人口の1割程度しかいないと言われています。そういった左利きの人々は日常生活でさまざまな苦労をしているのです。左利きのロボットが普及すれば、左利きの方々への配慮もされるようになるでしょう」


 それを聞いてエフ氏は頭を抱えた。博士が左利きなのは知っていたし、そのせいで前々から苦労をしていると言っていたのも知っていた。だがそんな身勝手な理由で発明をする人間だとは知らなかった。エフ氏は、そういうことは政府の人間がなんとかするべきで、電化製品の会社がなんとかするべきことではないと考えているのである。


「残念だがそのロボットは我が社では販売できん。心苦しいが他を当たってくれ」


「そうですか。では、せっかくなので他の発明品も見てみませんか?」


「ほう、ぜひ見てみたいな」


 博士はテレポート装置を使ってさまざまな発明品を取り出してみせた。


「まずこちらのテレポート装置はご覧の通り、円盤を通じてテレポートをすることができます。この円盤に乗ることで行ったり来たりができるのです。本体はもっと大きく、指の微妙な動きで操作するようになっています。」


「素晴らしい。これを販売すれば莫大な財産を築くことができるだろうな」


「ですが商売の世界で全くの無名である私より、エフさんが販売したほうが売れるというものです。次に紹介しますは、トイレに取り付けるだけで排泄物を分解・合成し栄養食を作り出す装置です。こちらは指の微妙な動きで味や栄養素を調整します」


「素晴らしい。これを販売すれば世界中から飢餓をなくせるだろうな」


「ですが怪しい科学者の私より、エフさんが販売したほうが世界中に行き渡るというものです。最後に紹介しますは、ゴミを圧縮し体積を非常に小さくする装置です。こちらも指の微妙な動きで操作します。やってみせましょう」


 博士はそう言うと、テレポート装置を使って持ってきた山のような書類の上に圧縮装置を置いた。それから圧縮装置の上に左手を乗せ、指を動かすと書類がみるみる縮み、3センチメートルほどの小さなキューブになってしまった。


「素晴らしい。これを販売すればゴミ問題を解決できるだろうな。どれ、私にもやらせてくれ」


 エフ氏はメモ帳から何枚か紙をちぎり、丸めた。その上に圧縮装置を置き、博士がやったのと同じように右手を乗せ、指を動かした。しかし装置は作動しなかった。エフ氏は、さっき博士が左手で装置を操作していたのを思い出した。圧縮装置の上に左手を乗せて指を動かした。すると指の微妙な動きが悪かったのか、丸めた紙と一緒に机も圧縮してしまった。


「これは驚いた。思ったより操作が難しいんじゃないのか?」


「それはそうでしょう。この装置は左利き用に作ってあるのですから、右利きの人が使うと誤作動を起こすに決まっています。この装置だけでなく、他の装置も全て左利き用に作ってあります」


「なんだと。これほど素晴らしい発明をしておきながら、全て左利き用に作るとは。ははぁ、分かったぞ。博士は右利き中心に作られた社会が面白くないから、左利き用の便利な装置を作って右利きを見下したいのだな」


「そう早合点されては困ります。いいですか? これらの便利な装置を、左利きのロボットと一緒に売るのです。装置を使うにはロボットが必要になります。よって装置が売れればそれだけ左利きのロボットも売れるということです。素晴らしいではありませんか」

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