人間と悪魔
着信があった。
「もしもし」
エヌ氏は相手の声を聞いてがっかりした。聞き慣れない声だ。通信販売か、あるいは詐欺か。どちらにせよつまらない内容だろうと思ったからだ。
エヌ氏は常に刺激を求めていた。若くして財を築いたエヌ氏は、あらゆることを経験してしまったため、最近世の中がつまらないように感じていたのである。
「もしもし。どなたですか?」
「私は悪魔だ」
エヌ氏はため息をついた。
この手の類いのイタズラ電話はもう飽きていた。
「はいはい、悪魔ね。その悪魔さんはなにかしてくれるのかい?」
「もちろんだ。お前の願いを1つ、叶えてやろう」
「その代わりに魂を寄越せとか言うんだろ?」
「いや、言わない」
「じゃあ、誰かを殺せとか生け贄を差し出せとか」
「それも必要ない。ただ私はお前の願いを叶えるだけだ」
意外な答えにエヌ氏は心躍った。
このパターンは初めてだな。最近のイタズラ電話は進歩したものだ。
「よし、では願ってやろう。そうだな、では・・・」
「おっと気をつけろ。願い方があいまいだとめちゃくちゃに解釈して叶えるぞ。忘れたから思い出させてくれ、なんてのもよく人間が引っ掛かる罠だ」
「なんだ、悪魔にしてはやけに親切じゃないか。さてはなにか企んでいるな?」
「いいや、なにも」
エヌ氏は思った。
ははぁ、やはりなにか企んでいるな。しかし悪魔が人間を騙して得があるのだろうか? 別に魂を賭けているわけでもないのに。
「怪しい。怪しいぞ。きっとなにか企んでいるはずだ。なにを企んでいる? 言え」
「良いだろう。実はこれが目的だったのだ。お前はなにを企んでいるのか言え、と言ったな。その願いを叶えてやろうという算段だ」
「やっ、騙された。まさかその手があったとは。まんまと乗せられてしまった」
エヌ氏は地団駄を踏んだが内心はとても嬉しかった。なにしろ誰かに騙されるなんて久しぶりで刺激的だったからだ。
「人間の悔しがる姿を見るのは実に愉快だ。どれ、気分がいいからもう1つ願いを叶えてやろう」
「なんだと? では今度は100キロの金を出してみろ。できまい」
「先に言っておくが俺はお前の頭上に金塊を出して殺してしまうこともできるのだぞ」
エヌ氏は思った。
やはりこの悪魔、やけに親切だ。魂を要求することもない。なにか別に目的があるとしか思えないのだが、エヌ氏には分からなかった。
「では、俺の足元に100キロの金を出してみろ。別に金には困っていないが、もしできたらお前を本物の悪魔と認めてやろう」
「いいだろう。ほれ」
悪魔の声とともに足元に金が出現した。しかしそれは細長く、厚さも数ミリしかないように見えた。誰がどう見ても100キロには及ばない。
「なんだこれは? 俺は100キロの金を出せと言ったぞ」
「出したぞ。100キロの金をな。ただし単位はキロメートルだ」
エヌ氏は驚愕した。確かに100キログラムとは言っていなかった。金の筋はエヌ氏の大きな家に真っ直ぐ敷かれている。外までいけばその金の筋が道路にも存在することを確認できただろう。
「素晴らしい。お前は本物の悪魔だ」
「当然だ。それよりお前の反応があんまりにもいいので、願いをもう1つ叶えてやることにしたぞ。次の願いを言え」
エヌ氏は唸った。本物の悪魔になんとかギャフンと言わせたい。そのためには予想もできないような願いを突きつけてやるべきか、勝手な解釈ができないような願いを言うべきか。
「よし、では叶えられる願いの数を増やせという願いはどうだ? これはできまい」
「いいや、できるぞ。数に上限などもない」
やはりエヌ氏は驚愕した。先ほどからエヌ氏ばかり驚かされているので、いい加減悪魔の肝を抜いてやりたいのだが、いい考えが思い付かない。
悪魔の目的を知ることができれば、それができるかもしれないと思ったエヌ氏は、次は悪魔の目的を聞くことにした。
「教えてくれ。悪魔、お前の目的はなんなのだ? 魂も生け贄もいらない、願いも無限に叶えてくれる。こんな都合のいい悪魔がいては堪らない」
「なんだ、そんなこと。お前たち人間の反応が面白いからからかっているだけだ。人間だってペットにエサをあげたりするだろう? それと同じことさ」
「ペットと同類にされるとは嫌な気分だな。なんとかしてお前にひと泡吹かせたいものだ」
エヌ氏は考えた。
悪魔は人間で遊んで、それを楽しんでいるらしい。つまり悪魔にとって最も困るのは人間で遊べなくなることだろう。
エヌ氏は願った。
「では、私の願いを叶えないでくれ。どうだ? これで悪魔、お前の私をからかうという目的を邪魔してやる。悔しいか?」
「よし、ではもうお前の願いは叶えん。しかし今後もお前に付きまとうぞ。そして今後一生涯お前の願いが叶わないようにしてやる。どうだ、悔しいか?」
するとエヌ氏はこんなことを言い出した。
「実は私は独身なのだが、若く優しく美人で欠点がなく刺激的な女性と結婚したくないと願っているのだ」
「なんだと?」
「あとはそうだな。私は社長なのだが、自分の会社がこれ以上栄えないでほしいと願っているし、絶対に歴史に名を刻むような人物にはなりたくないと願っている。しかしお前は私の願いを叶えないのだから、私は素晴らしい妻と財と名誉を手にすることになってしまうな」
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