犠牲

 着信があった。


 無機質な部屋に響く着信音は、無機質な協奏曲のようだ。

 エフ氏の瞳は諦めきった、無機質な目だった。


「もしもし」


「もしもし。こちらは政府直属の他星間防衛省でございます」


 相手はエフ氏の予想通りだった。それもそうだろう。今日という日に電話をかけてくるのは防衛省しかあり得ない。


 防衛省とは名ばかりで、本当は他の星の侵略及び戦争を管理している。我が星、地球は様々な星と戦争を繰り広げているため、ここ数年はずっと戦争下となっている。


「エフさんでございますね?」


「そうです」


 エフ氏は電話機を通じて伝えられる死刑宣告に耳を傾けながら、自分がこれから死に行くことになった経緯を思い返していた。


 そう、この風習はエフ氏が生まれたときから既にあった。


 エフ氏は子供の頃からひたすら勉強しろ勉強しろと耳にタコができるくらい聞かされてきた。もしあのときもっと素直に勉強をしていればこんなことにはならなかったかもしれないが、後悔してももう遅い。


 エフ氏が勉強の大切さを知ったのは10歳になった頃だった。大人達の会話を聞いてしまった。つまり20歳になったとき行われるテストで知能指数が150を下回った人間は戦争に駆り出される、戦争に行った人間は死ぬか戦争が終わるまで永遠に戦い続けることになると知ってしまったのだ。


 これを知ったF氏はもう必死に勉強した。そのため昔から娯楽の類いは一切排除されてきたが、なんの不満も抱かなかった。


 そしてエフ氏は20歳になり、テストを受けた。

 結果は不合格。エフ氏は兵士として戦争に参加することになった。


 そして今、電話で召集令が届いたのだ。

 これから数日のうちにエフ氏は宇宙船に乗せられてしまうだろう。しかしエフ氏は全てを諦めていたため、だだをこねるようなことはしなかった。


 今頃テストに受かった人間はなにをしているのだろうか? テストに受かった人間はありとあらゆる娯楽を享受できる。


 単純な仕事は機械に任せ、与えられた仕事を数時間でこなし、家に帰れば良い味の飯や子供の頃には禁止されていた漫画やゲームの類いを楽しむ。それに飽きれば町でナンパを行いセックスを楽しむ。そのうち誰かが妻となる。


 テストに受かった人間は子供を2人以上生まなければならないという義務が発生する。人口を維持するためだ。対してテストに落ちた人間は子孫を残すことを許されず、召集令が届くまで適当な職に就いて日銭を稼ぎ、暮らしていかなければならない。もちろん娯楽に手を出す暇はない。飢え死にしないようにするのが精一杯だ。


 エフ氏の部屋には荷物は一切なかった。テレビで戦争の激化を知ったため、もうすぐ召集されるだろうと考え、全て売り払ってしまったのだ。あるのは少しの金だけ。それももうエフ氏には必要ないので銀行に向かい、母の口座に預けた。手紙の1つでも書こうかと思ったが、悲しませたくないので書かなかった。それにエフ氏にはテストに合格した弟がいた。


 帰り道、エフ氏はテストに落ちた残念な頭脳で考えた。昔は古くなった服を雑巾として使っていたという。それが今では人間の命すら使い捨てになってしまっている。テストに受かる人間は年々増えているらしいし、今後はさらに基準が厳しくなるだろう。それに伴いさらに知能指数の平均値は上がるだろう。それ自体は喜ばしいことだが、それには犠牲が伴う。大量の犠牲が。


 エフ氏にはなんとなく、自分が生還することなく宇宙で命を散らすことが分かっていた。その点で言えば下手に希望を持つ人間より少しばかり賢者と言えた。


 しかしエフ氏は同時に愚者でもあった。


 自分のような犠牲があるからこそ、生き延びた人間はより一層命に感謝し、有意義な人生を送るだろう。

 と思っていたからである。


 エフ氏は知らなかった。例え莫大な犠牲を払ったうえにある平和すら、当たり前としか思っていない人間のほうが、実は意外と多いことを。

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