コピー人間
着信があった。
「もしもし」
「私だ。突然ですまないがお前はクビだ。今日から会社に来なくて良いぞ」
あまりの驚きにエフ氏は声も出なかった。
しかしこのままでは社長は電話を切ってしまいそうだったので、喉の奥から声を振り絞って聞いた。
「と、突然クビとはどういうことです。私は今まで大きな成功はしていませんが、逆に失敗もしていません。人様の迷惑になるようなこともしていません。なぜ私がクビなのですか」
「クビだと言ったらクビなのだ」
「納得できません。今すぐ会社に行くのでワケを聞かせてください」
返事を待たず電話を切った。
そして急いで支度をし、駅でタクシーを拾ってこう言った。
「急いでディー社まで行って欲しい。10分で着けたらチップをやる」
8分後、ディー社に到着。エフ氏はチップを払い、社長室まで向かい、部屋に入るが早いか社長にワケを聞いた。
「いったいなぜ私がクビだというのです」
「それはだね、君。横にいる彼を見てみなさい」
社長の横には見慣れている人物が立っていた。しかし仲の良い友達だとか、逆に憎き恋のライバルだとかではなかった。エフ氏が立っていたのだ。
「な、なんです、彼は。まるで私だ」
「そう、これは君のコピー人間。君の記憶、知識、技術からなにまですべてコピーしているのだ」
エフ氏は唸った。というのも、毎日鏡で見る自分の顔とそっくりで、ほくろの位置や爪の長さまで完璧に一緒だったからだ。唯一違う点といえば、本物のエフ氏は急いで家を出たので服装が整っていないのに対し、エフ氏のコピーは服装が整っていた。
「ははぁ、これはロボットかなにかですか? でなかったらホムンクルスの類いでしょうか?」
「まぁ、そんなものだ。君のコピーは君とまったく同じ能力を持っており、睡眠食事を必要としない。つまり君はいらないのだ。だからクビだ」
エフ氏は憤慨した。確かに自分は寝なければ仕事ができないし、食事を摂らなければ死んでしまう。しかしなにが理由でコピーなんか作って仕事を奪うのだ。
「分かりました。私よりそのコピーの方が優れているから私はクビだというのですね。では、今から1週間後に私とコピーのどちらが優れているか、勝負をしましょう。それで私が勝てばまた雇ってください」
「無駄だと思うがね」
エフ氏は帰った。そして本屋に行き、いくつか本を買って勉強を始めた。あれが自分のコピーということは、あれは過去の自分であり、過去の自分は成長することで越えることができると考えたのだ。
なぜ自分のコピーが作られたのかという疑問は頭の隅に追いやって、1週間必死に勉強をした。
そして約束の日、エフ氏は服装を整え、時間に余裕を持って、ディー社に向かった。社長室に入ると同じように社長とコピーが待っていた。
「では、勝負を始めましょう」
自信満々に言ったF氏だったが、いざ始めてみると雲行きが怪しい。コピーを圧倒するつもりだったのだが、できない。
1週間勉強したエフ氏にコピーがついてくるのだ。それどころかときどきコピーはエフ氏よりも素晴らしい成果を出したりした。しかしエフ氏も負けていない。
一進一退の攻防が続き、結局夜の退勤時間まで勝負が着かなかった。
「なぜです。私は1週間、ずっと勉強してきてコピーを圧倒するつもりだったのに。このコピーも勉強をしたのですか?」
「いや、していない。1週間、168時間、働きっぱなしだ」
「ではなぜ私と同レベルの能力を持っているのです?」
「君が成長したからだ。このコピーは君の成長と連動して成長するようになっている」
「なんですって。では私がいくら努力してもコピーには勝てない。前々から、世の中には自分の上位互換がたくさんいると思っていた。どうやらそれが表面化する時代が来たようだ」
「残念だが、そうだな」
「最後に聞かせてください。なぜ私なのです? 私よりも成果を残している人物はたくさんいます。なぜ大した成功もしていない私のコピーを作ったのですか?」
「それはだね、君。君は最初に自分で言ったじゃないか。今まで大きな成功はしていませんが、逆に失敗もしていないと。君の成績を見ると確かにその通りだ。わが社には機械のように睡眠食事もいらず、失敗もせず、それでいて人間的思考ができる人物が必要だったのだよ」
「では、私が失敗の1つや2つでもしていればクビにならなかったというのですか?」
「あぁ、そうだ。君はまったく失敗をしない優秀な人物だった。だからクビになるんだよ」
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