ワイヤレス・イヤホン
着信があった。
「もしもし」
「もしもし。こちらはヒロ株式会社のアイと申します。本日はジェイ氏にぴったりの商品がございましたので、それをぜひ紹介したいと思い、お電話をかけさせていただきました」
ジェイ氏には、セールスマンの巧みな話術によっていつも不要品を買ってしまうという悩みがあった。
「そうだな。もし君のようなセールスマンに騙されないようにしてくれる商品なら、ぜひ買いたいから、そんなものがあるなら持ってきてくれよ」
ジェイ氏が言ったとたんにチャイムがなる。開けると電話を片手に持つセールスマンが。
「本日お持ちしましたのは、願いを叶えるワイヤレス・イヤホンにございます」
そう言ってセールスマンのアイ氏が取り出したものは、黒を基調とした高級感漂うワイヤレス・イヤホンだった。
「なに。願いを叶えるだと? そんないい加減なことを言ってはいけないよ」
「いい加減ではございません。高度なAIを搭載しており、こちらのマイクに向かって話しかけると、願いを叶えてくれるのです。1週間以内なら返品保証付。いかがです?」
ジェイ氏は提示された金額を見て唸った。なぜならそれはJ氏の1ヶ月の給料と同じくらいの額だったからだ。しかしJ氏は、返品保証があるなら、と購入してしまった。
セールスマンのアイ氏が帰ったあと、ジェイ氏はさっそく使ってみようと耳にはめる。そしてマイクに向かって声を吹き込む。
「今すぐ大金が欲しい」
しかしワイヤレス・イヤホンはなんの反応も示さない。
怒ったジェイ氏は、セールスマンのアイ氏に電話をした。
「君、さっきのイヤホン、反応しないじゃないか。どういうことだ」
「はて、そんなことはないはずです。ちゃんと充電はしましたか? 水に濡らしてませんか?」
そう言われてハッとする。
すぐさま充電器をワイヤレス・イヤホンの側面に差し込んだ。
「い、いや、なんでもない」
そう言って電話を切った。
「いや、参った。興奮しすぎて充電を忘れていた。よし、この間に買い物でもしておこう」
買い物を終え、帰ってきたジェイ氏はさっそく充電の終わったワイヤレス・イヤホンを耳につけ、マイクに向かって先ほどと同じ言葉を口にした。
「今すぐ大金が欲しい」
すると数秒後、ワイヤレス・イヤホンを通して機械的な声が聞こえてきた。
「今すぐ最寄りのスーパーに行き、緑黄色野菜を買ってきなさい」
「なんだと。スーパーへはさっき行ってきたし、野菜を買う理由など、ないぞ」
ジェイ氏は反論したが、ワイヤレス・イヤホンのAIは頑として緑黄色野菜を買うよう進めてくる。流石にジェイ氏も根負けし、スーパーに向かいピーマンを1つ買った。
その帰り道、道端に財布が落ちているのを見つけた。中を見ると、わりとまとまった金額が入っている。
ジェイ氏は驚いた。と同時に、これを持ち去ればAIが言った通りになることに気付きさらに驚いた。
当然、ジェイ氏は金が欲しいと思っていたので、その財布をポケットに忍ばせて家に帰った。
さっそくマイクに向かって話しかける。
「疑って悪かった。君の言う通りだったよ」
「当然です。私は願いを叶えるために作られたのですから。次の願いを、どうぞ」
突然言われてジェイ氏は困った。咄嗟に願いが思い付かなかったのだ。なので、先ほど疑問に思ったことを質問した。
「質問だ。先ほど君は、スーパーで緑黄色野菜を買うように言ったが、別に緑黄色野菜じゃなくても良かったのではないか?」
「いいえ、緑黄色野菜を買わなければ、あなたは財布を拾うことができませんでした。因果、運命というのは一見関係のないようなところで、大きく揺れ動くのです」
J氏は感嘆した。どうやら願いを叶えるだけではなく、知りたいことの答えまで教えてくれるらしい。これさえあれば人生はバラ色だ。
「やはり君は、すごいな。買って良かった」
そしてジェイ氏はその日、満足感に包まれ早く眠った。
次の日、ジェイ氏が起きて朝ご飯を作っていると、チャイムが鳴った。
しかし訪問してくるような人物に心当たりはない。
仕方なく出ると、そこにいたのは数人の警察官だった。
「う、な、なぜ警察の方が家に?」
「あなたは昨日、落ちていた財布を盗みましたよね? 目撃者がいるのですから、言い逃れはできませんよ。」
それを聞いてジェイ氏は真っ青になった。
「ま、待ってください。あれはほんの出来心なんです。お金には手を付けていません。お返しします。」
「たとえ返したとしても、窃盗は窃盗だ。署まで来てもらうぞ」
ジェイ氏は警察官に捕まり、連行されてしまった。警察署でジェイ氏は、財布を見つけた経緯を話した。
「いいか。この財布の持ち主はあの後すぐに戻ってきたのだ。君が財布を盗まなければ彼は電車に乗ることができ、商談も成功していただろう。彼は君が昇進を妨害したとして、裁判にかけるつもりだぞ。」
それを聞いてジェイ氏は意識を失いかけた。もしそんなことになったら、ジェイ氏は仕事をやめさせられてしまうだろう。
昼近くになって、ようやくジェイ氏は家に帰された。
しかし頭の中では裁判という言葉がグルグル回っており、とても憂鬱な気分だった。
しかしジェイ氏は、ワイヤレス・イヤホンのことを思いだし、縋るようにマイクに向かって叫んだ。
「私は今、窃盗の罪で裁判にかけられようとしている。頼む、裁判にかからないようにしてくれ。」
「では、今から家出て電車に乗り、7つ先の駅で降り、一番近くの公園にいる少女に石を投げろ」
「なんだと。そんなことをしたら余計に罪を重ねることになるじゃないか」
「心配するな。私に従えば、絶対に裁判にはかけられない」
ジェイ氏はその力強い言葉を信用し、最寄りの駅から電車に乗り、7つ先の駅で降りた。そしてそこから一番近くにある公園に向かった。
そこには白いワンピースを着た少女がいた。少女は異国風の顔つきをしていて、さらに周りにはボディーガードのような黒服の男が数人ついていた。
しかしジェイ氏は、ワイヤレス・イヤホンに従い、石を拾って少女に投げた。
投げ方が下手だったのか、石は少女に当たらなかったが、黒服の男がすごい速さでやってきてジェイ氏を組伏せた。
「貴様、なんということをしているのだ。彼女はケイ国の王女様なのだぞ。」
「ははは、王女だかなんだか知ったことか。これで誰も私を裁判にかけることはできないぞ」
「あぁ、そうだろうな。ケイ国と我が国との間で結んでいる条約に従い、王女様を傷つけようとした君は裁判にかけられることなく、問答無用で死刑となるだろう」
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