ゲーム
着信があった。
「もしもし」
「あなたはゲームの参加者に選ばれました」
アール氏が電話に出ると、不可解な言葉を残して電話は切れてしまった。
「はて、ゲームとはなんのことだろうか? なにかに応募した覚えはないのだがな」
アール氏は困惑した。彼は友人が少なく、遊ぶことより勉強をすることが好きな頭の固い人間であった。ただのイタズラ電話だろうと判断し、その日は気にも止めず眠ってしまった。
次の日、朝早く起きたアール氏は会社に行く準備をしていた。すると電話に着信が。しかしこんな時間に電話をかけてくる人物に心当たりはない。
仕方なく出る。
「もしもし。あなたは市民です」
K氏がなにか言おうと口を開こうとする。途端、電話は切れてしまった。
「いったい、なんなのだ」
訳が分からず、アール氏はしばし呆然としていたが、今日は朝早くから会議のある日。急いで支度をして、車で会社に向かった。
アール氏は昨日の夜と今日の朝のことで、頭がいっぱいになってしまい、仕事で何度もミスをしてしまった。
そのせいで、今日は夜遅くまで残業をしなくてはならなくなった。アール氏は同僚と2人きりでパソコンに向かっていた。
同僚がトイレに行き、アール氏が1人になった瞬間、またも着信があった。
「もしもし」
「22:00から会議がある。場所は・・・」
すかさずアール氏が口を挟む。
「ちょっと待ってくれ。昨日の夜や今日の朝の電話はなんなのだ。イタズラ電話ならやめてくれ。それに会議とはなんのことだ。私は今、残業をしているからそんなものには出席できないぞ」
アール氏がそう言うと、電話の相手は一瞬黙ったが、すぐに
「今日の会議は欠席するということで良いか」
と聞いてきた。
「あぁ、欠席するとも。そしてもう2度と電話をかけてこないでくれ」
そう吐き捨てて切ろうとすると、相手が思わぬことを口にした。
「承知した。しかしそれは自分の首を絞めることになるぞ」
そう言うが早いか、電話は切れてしまった。
「おい、いったいどうしたんだ? 声を荒げたりして」
戻ってきた同僚に声を掛けられたが、それをそのまま伝えるわけにもいかず、アール氏は適当にごまかして、仕事を終わらせて車で帰った。
次の日、アール氏は電話の着信で目が覚めた。
「もしもし」
「もしもし」
その声は昨日、一昨日に聞いたあの声であった。
「電話をかけてこないでくれと言ったはずだ」
アール氏はそう言うと電話を切った。
すぐに寝ようと思ったが、すっかり目が覚めてしまい、結局夜明けまで眠ることができなかった。
そしてアール氏は車で会社に出勤した。あの不思議な電話にも慣れてしまい、その日は普段通り仕事をすることができた。
そして仕事から帰り、ご飯を食べ、風呂に入りソファでくつろいでいると、着信があった。
「もしもし。いい加減慣れたよ」
「そうか。君はどうにも頭の固い人間らしい。どうせ今までイタズラ電話だとでも思って相手にしていなかったのだろう。それで、会議には出るのか?」
「いや、出ない。ところで聞きたいのだが、これがイタズラ電話でないとすればいったいなんなのだ。教えてくれ」
アール氏は、しつこいイタズラだとばかり思っていたので無視をすることができたが、イタズラでないとすればこの不可解な電話はなんなのか気になってしまった。
「言っただろう。ゲームだ。参加者10人が選定され、その内1人は殺人鬼だ。一般の君たちを市民、殺人鬼を人狼と置き換えて行われる、リアル人狼ゲームだ」
「なんだと。殺人鬼? なぜそんな重要なことを今まで隠していたのだ」
「隠していたのではない。事実、最初にゲームだと伝えたし、会議に誘っても突っぱねたのは君じゃないか。どうやら君は相当頭が固いようだな」
それを聞いてアール氏は嘆いた。
つまり自分は殺人鬼に殺されてしまうかもしれないということだからだ。
「それで、我々が殺人鬼に対抗する手段は、なんなのだ? ゲームと言うくらいだから、なにかあるのだろう?」
「君は頭の固いだけじゃなく、世間にも疎いらしい。人狼ゲームといえば話し合いと投票が醍醐味のゲームじゃないか。それくらい、少し調べてみれば分かると思うが」
「なるほど。殺人鬼を見つけて投票すれば、私は殺されないのだな。よし、ならば今すぐ私を会議に参加させてくれ。こう見えて頭が良いのだ。殺人鬼が誰か、当ててみせる」
アール氏が意気揚々に言うと、電話からはため息が漏れてきた。
「君は今日の会議を欠席すると言ったじゃないか。それに君はすでに1度会議に欠席しているじゃないか。それじゃあ誰からの賛同も得られないよ。」
「あぁ、私はどうすれば良いのだ。」
「祈るだけだな。ちなみに今日までで3人死んでいる。では、良い夜を」
そう言うと電話は切られてしまった。
アール氏は、自分が殺されてしまうかもしれないという恐怖から、電話が切れたあとも動けなかった。
次の日、一睡もできなかったK氏は足取り重く車に乗り、会社に出勤しようとした。
アール氏は、眠れなかったのと殺されてしまうかもしれないという不安から運転が荒くなってしまい、とうとう人を轢いてしまった。
赤信号を無視して人を轢いてしまったので、アール氏は絶望した。
「あぁ、なんということだ。私は死を恐れるあまり人を轢いてしまった。もし死んでしまったら私こそ殺人鬼だ」
急いで救急車を呼び、警察にも電話をし、事情を説明し会社を休んだ。
その後、家でハラハラして待っていると着信があった。
「も、もしもし」
電話に出たが相手は無言であった。
アール氏は、自分が轢いた人が死んでしまったのではないかと思った。自分は捕まってしまうのではないかと思った。
「もしかして、あの人は助からなかったのですか? 私は捕まってしまうのですか?」
相手は尚も無言。アール氏はさらに不安になった。
「しかし、私にも事情があるのです。実は数日前からある電話に悩まされていて、それで夜眠れず、轢いてしまったのです」
K氏がしどろもどろになりながら何度も訴えると、相手は重々しく口を開いた。
「君は逮捕されない」
その声は、K氏に電話を掛けてきたゲームの主催者の声だったのだ。
「あ、あなたはあの人狼ゲームの。私が逮捕されないというのはどうしてです? なぜあなたがそんなことを知っているのです?」
「君が轢き殺した人物が、人狼ゲームの殺人鬼だったからだよ」
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