第15話 昼下がり
昼過ぎ、東馬は瀬田道場へと向かっていた。
向かってはいたが、所々寄り道をしながら。
『今日、瀬田様の道場へ伺おうかと思うのですが…』
と、東馬。
『それは良い!正三郎殿も喜ばれよう。なかなかの愛想なしではあるが、…まぁ、東馬殿に興味はあるようであったからの。誰か使いを出しておくゆえ、遠慮などいらんぞ。それと、のぉ…その先日の腕を怪我したワシの護衛なのだが、瀬田道場随一の達人で…』
『はい、具合をみて参りましょう。』
『すまぬ』
正三郎とは高峰家の剣術指南役、瀬田正三郎宗晴の事である。
北見が江狩へと赴く際、弟子の中でも特に腕のたつ者を数名護衛に出した。
此度の北見護衛隊の内、生き残りは全てその瀬田の弟子達であり、その中でも一番の達人が腕を深く斬られた者であった。
その男は襲われた晩、灯りとりの松明で傷口を焼き出血を止める時ですら、眉一つ動かす事なく顔色も変えずに、ただただ松明を自らの腕に押し付けたのだった。
とはいえ、痛みを感じぬ体質なわけでもなく、常に滴るほどの脂汗を流し、血を失った為か、目の下には青いくまがういていた。
北見はその者に格別の報酬をと思っていたのだが、『某の至らぬがゆえのものなれば』と、頑なに拒否。
他の者達同様、用心警護としては些か安いともとれる報酬のみを受け取るのみであった。
北見が使いを出しているとはいえ、当日突然の訪問もさすがに気がひけた東馬は、少々遠回りをして、以前遠目に見ていただけだった城下を見て廻る事にした。
別段、裕福というわけではないにしろ、かといってみすぼらしいという者もほとんどおらず、海が近い街らしく魚を売っている者、山の麓からであろう、山菜や畑の野菜を売りに来ている者、そしてそれらの客達が談笑しながら取引している姿が街の至る所で目に付いた。
質屋や万屋等もちらほらあり、大工姿の若者が楊枝を咥えて飯屋から出て来たりもする。
活気のある、実に良い街だ。
その中で特に東馬が気になったのが武具を扱う店だった。
長いこと使い込んだせいでだいぶ痩せていた刀だった為、そろそろ良いものがあればと思っていたのだが、ここで思わぬ業物に出会った。
そこの店主が納品の手入れをしている時、たまたまその刀が目についた。
「それは中々の逸品のようだ。すまぬが、少しばかり見せてはいただけないか?」
「へぇ、これは瀬田様の所にお届けする御品にございますので、くれぐれもご用心を。」
実に見事な刀だった。
一見すると何の面白味もない様相ではあったが、使う者の姿、得意とする戦いかたが見て取れるような作りになっていた。
刀身やや長く、反り浅く、鋒大きく、身幅広く、重ねは鍔元薄く、鋒に近い方が厚いという、刀の形をした斧のようであった。
「瀬田様はよく刀をお買い求めに?」
「いいえ。瀬田様の刀は私共がご用意させて頂いておりますが、とても大切に扱って下さいまして、滅多にご新調なされませんよ。」
まるで斧のような刀。
当然、力任せに振るおうものならすぐに折れ、曲がり、使い物にはならなくなるだろう。
つまりは、かなりの技巧者ということだ。
刀そのものの作者も同様であろう。
このような、およそ一般的ではない物がかなりの精度で作られているのがよくわかる。
「この作者は?」
「半日程北に歩くと、鵜丸湖って小さな湖があるんですが、その畔に住む兼正って鍛冶屋の作です。腕は良いんですが、また偏屈な野郎で。ほとんど刀は作らずに鍬や鋤ばかり作ってましてねぇ。刀や槍なんて物はたまにしか作らない変わり者でさぁ。」
刀を返すと、東馬は店を出た。
そしてまっすぐに瀬田道場へと向かった。
瀬田という剣豪に、そして兼正という刀匠に興味が沸いた。
以前訪れた際には暗い雰囲気すら感じられた能賀の城下が、今ではこんなにも東馬の興味を惹き付ける。
主君の力量、それを支える臣下。そしてその物達に関わる物達。全てが一体となって大きな流れとなっている。
流れが向かう先はどこなのか。
流れがどこまで進むのか。
神すら知らぬ道行を、此度はどこまで見られるか。
「少し放浪はお休みかな。」
今後の身の回りの事に、想いを巡らせるのであった。
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