第14話 朝の香り
翌日の朝、まだ夜が明けきらぬ早朝の事である。
東馬は北見の屋敷の縁側に腰掛け、一人庭を眺めていた。
夜露に濡れた草花からは爽やかな香りが漂い、微かに霧で霞みがかった景色は幻想的ですらあり、早起きの小鳥達の姿と囀りが愛らしかった。
ただ華やかに彩るばかりでなく、草木が自然にそこに生えたかのように配置され、また木陰や岩陰に花を置く事で、違う角度から見ればまた別の景色に見えるような工夫も随所に施されていた。
「お早う御座います。お布団が合いませんでしたか?」
声をかけてきたのは千花だった。
「いやいや、久しぶりによく眠れました。昨日お庭を拝見したおり、朝方はどれ程美しい庭であろうかと気になったものでね。」
「お気に召されましたか?」
「ええ、とても。」
優しく微笑む東馬の斜め後ろに千花も座った。
「このお庭は、父が私の為に作って下さいました。幼い頃より病で臥せりがちで、調子の良いときでも遠出の出来ぬ身を案じて、せめてもの慰みにと。」
「優しいお父上ですね。草花の選定や配置もお父上が?」
「最初に作って下さった時はそうでしたが、今は私が。」
「庭作りには作者の趣味や性格がよく出ると聞く。千花殿もお父上に負けず劣らずの美しい心持ちなのだろう。」
「もう、昨夜からその様な事ばかり。千花は恥ずかしゅうございます。」
微かに頬を赤らめ千花は恥ずかしそうに俯いてしまった。
大人の女性としては大層美しい顔立ちと立ち居振舞いであるにも関わらず、少し褒めると忽ち少女のようになってしまう千花を、昨夜は東馬と信親が散々からかって遊んでいたのだ。
齢18。
年齢から言えばもう子供がいてもおかしくない年頃ではあったが、子はおろか、嫁ぎ先すらなかった。
千花は生まれつき身体が弱く、度々寝込んでは周囲に心配されていた。
母親は千花を産んで間もなくこの世をさり、信親は唯一の家族となってしまった千花を溺愛した。
身体が弱いために子を産めずとも、美しく優しい性格の千花への縁談は無いでもなかったのだが、このまま共に静かに暮らしたいという父娘の希望もあり、婿を取る事も無く、嫁ぐも事もなかった。
とは言え、このままでは家系が途絶えてしまうため、信親はいずれ養子を迎えるつもりではいたのだが。
静かな邸内に、朝食の支度をする音が微かに響く。
そして、信親の寝室ではその音に混じり、若い二人の男女が仲睦まじく談笑する声も。
歳の近い男に対してはいつも壁を作る娘が、まるで長年連れ添った相手と話すかのような楽しそうな声に、信親は若い頃の自分と、今は亡き妻の姿を重ねていた。
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