第13話 花
「当家の者を助けてくれたそうだな。礼を言う。」
そう言って優しい笑みを浮かべるのは、高峰誠二郎宣頼
「いえ、どうやら『賊』めらの『略奪』目当ての襲撃のようでしたので、お手伝い致したに過ぎませぬ。」
「はは、北見から色々と聞き及んでいようが、まぁ、そういう事にしておいてくれ。それはそうと、何か褒美をしたいのだが、望みはあるか?」
「私はとくには…あ、そうですね、旨い酒を徳利一つでも戴ければ。」
東馬は特別望みもなかったので、まぁそれならとばかりに冗談半分で言ってみただけだったのだが…
「あいわかった。今すぐ一升徳利を作らせるゆえ、しばしこの地に逗留するが良かろう。それまでは北見が世話をする。」
「へ?作る?あ、いえ、その…」
思いもよらぬ返答に戸惑ったのは東馬の方だった。
「小国とはいえ家老に就く者を助けられたのだ。それなりの礼を受けて貰わねば我等の気が済まぬ。『恩知らずの高峰』とのそしりを受けとうはないゆえ、助けると思って受けてくれ。」
面食らっていた東馬ではあったが…
「有り難く頂戴致します。」
その誠実な申し出を受ける事にし、深々と頭を下げた。
「ときに、神代とはここらでは聞かぬ姓だが、いずれの産まれか?」
「お恥ずかしながら、私も存じませぬ。気付けばただ一人草むらで倒れておりまして、それより前の事は何も覚えてはおりませぬ。」
「なんと!そのような事が。いかようにして生きてきたのだ?」
「はい、たまたま野生の馬を捕らえ街道をさ迷っておりましたところ、小さな村がありまして、『馬に乗り東から来た』とのことで『東馬』と名付けられ、そこでしばらく世話になりました。その後、神代と名乗る旅の武芸者の養子となりまして、今に至ります。」
「そうか。故郷探しの旅というわけか?」
「いえ、かつての己には然程の未練もなく…義父が旅の楽しさを教えて下さいましたので、義父亡き今もこうして一人フラフラとしておりまする。」
東馬は「いやぁ、お恥ずかしい」と苦笑した。
「あ、いや、でも旅ばかりでも疲れますゆえ、御厚意に甘え、しばし御世話になりまする。」
旅の話をした際、宣頼が「余計な節介を焼いてしまっただろうか?」とばかりの顔を見せた為、東馬は慌てて付け加えた。
「良ければ瀬田の道場にも顔を出してやってはくるぬか?あぁ、瀬田とは当家の剣術指南役でな。中々に腕がたつと、近隣諸国からも試合やら弟子入りやらと人の集まる男だ。気難しい所はあるが、お主ならば気に入られよう。」
「はい、瀬田様のお噂ならば伺っております。お邪魔でなければ是非に。」
その後も軽く雑談し、宣頼との会見は終始和やかに終わった。
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「東馬殿、ここが我が屋敷に御座る。己が屋敷と思ってのんびりしてくだされ。」
北見の屋敷は一国の家老の屋敷としてはややこぶりではあったが、それでも所々に植えられた木々や花々などはよく手入れがなされており、また、季節毎に違う花が常に各所に見られるよう工夫され、配置も見事であった。
「ささっ、遠慮はいらん。ただいま帰った!千花!千花はおるか?」
「お帰りなさいませ旦那様!お話は伺っております。よくぞ御無事で…本当によう御座いました。お嬢様も大変ご心配してらして。神代様で御座いますね?誠に有り難う御座います。旦那様は剣術はからっきしで御座いますので、少数の護衛で遠出なさると聞いた時には私、本当に驚いてしまいまして…」
「ミチや、客人を玄関先に立たせたまま長話もあるまい?それと千花はどうした?もしやまた…!」
ミチと呼ばれた女性は少し興奮気味のようだ。
「あら、いけない!大変失礼致しました。すぐにたらいをご用意致しますね。それとお嬢様は、その…」
「どうした?また体調が?」
「いえいえ、このところお身体には障りは御座いませんよ。その、急にお客様がお見栄になられるとの事でしたので、しかも若い殿方とあらば…」
「あ!…こりゃしまった。そうか。それもそうじゃの…東馬殿、とりあえず上がってくだされ。」
ミチとは別の女中が、ぬるま湯の入ったたらいを持ってきたのはその直後だった。
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日も沈みかけ、東馬と信親が早目の晩酌を始めようとした時だった。
「失礼致します。」
襖がそっと開き、若い娘がやって来た。
美しい娘だった。
白粉を塗ったかのような白い肌、唇と爪には紅をひき、沢山の花の刺繍が施された真っ赤な着物姿。黒く長い髪には艶があり、微かに香木の香りがした。
「娘の千花で御座います。この度は父を助けて頂き、誠に有り難う御座いました。」
顔を上げた千花は一瞬驚くと、東馬と信親の酌をした。
東馬の事を、大勢の賊を次々と斬り倒す程の達人と聞いていた千花は、もっと粗野な風貌の獣臭い大男を想像していたのだが、実際父と酒を酌み交わしている男は、背が高い事を除けば、そんな千花の想像と真逆の優男だった。
優しげな目と口元、筋の通った鼻、一見細身に見えるが逞しい体格、雨の日の草花のような、爽やかな香りさえ感じた。
「どうした、千花?頬まで紅を塗ったようになっておるぞ?」
「もう!お父様!」
千花は小さな声で父に怒ると、徳利を握り締め俯いてしまった。
「美しいお嬢様ですね」
東馬が言うと、
「あぁ、一人娘だから尚更に。妻もなかなかの器量良しだったが、娘も負けておらん。」
信親は満足げに頷いた。
「お代わりをお持ちします!」
千花は消え入りそうな小さな声で、まだたっぷりと入った徳利を持って逃げ出すように部屋を出た。
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