第12話 再訪

八渡の城を出て翌日、東馬は北上し、今は能賀にも程近い人里からも離れた河原にいた。


  辺りにあるのは山、崖、森。


  時折鳥の囀りが聞こえる他には、川を流れる水の音以外には何も聞こえない、とても静かな場所だ。


「よくもまぁ、足音もたてずに付いて来られるものだな。」


  東馬は立ち止まり、鯉口を切る。


「尾行からの闇討ちが得意だったんだがねぇ…しかもこの辺りはあっしの庭みてぇなもんだったんだが…」


  一見すると人の良さそうな牢人といった感じの、みすぼらしい身形の男が木陰から姿を現した。


「悪く思わねぇでくれよ。刀ぶら下げて歩いてる以上は、切った張ったは覚悟の上と見なすぜ。」


  男は薄ら笑いを浮かべ、刀を抜き放ちながら東馬に近付くが、存在がバレた後でさえ足音一つ立てない。


「砂利の上を音も立てずに歩くとか…大したものだな。」


「へ!どうも。慣れってやつさ。悪いが他にももう一仕事あるんでね。大人しく切られてくれよ。」


「残念だな。コツを教わりたかったんだが…」


  互いに歩み寄る。


  東馬も刀を抜き、肩に背負う。


  東馬の間合いの方がやや広いが、それが届くよりも早く、男が先に動いた。


「これがコツだ!」


  男は草鞋越しに砂利を足の指で掴み、石礫を東馬の顔目掛け正確に飛ばした。


  東馬はそれを軽くかわすと、続け様に襲い来る男の突きを払いのけ前蹴りを出すが、男は素早く後方に飛び退き距離を取る。


「ふぅ!あっぶね!…兄さん、足癖悪いって言われねぇかい?」


相変わらずの薄ら笑い。が、目は笑っていない。


「普段から悪いわけじゃないからね…あんたの脚こそ随分と器用なんだな。」


  実際、なかなかの身のこなしだった。


  右足で石を飛ばした後、そのまま素早く、かつ大きく踏み込み突きを出し、東馬の蹴りには左足を曲げ腰を落とし身体を反らせて回避し、力の入りにくいであろう態勢から、バランスを崩す事なく飛び退いたのである。


「参ったなぁ、あんまり時間もかけられねぇんだが…ここは一つ、見逃しちゃあくれねぇか?」


「自分から仕掛けて都合の良い事を…もう一つの仕事とやらの内容次第かな?」


「言えねぇな。」


「少し前から風に乗って血の臭いがする。それと関わりが?」


「かぁ~!もう始まってやがんのか!待てと言っておいたのに。雑魚どもが!」


  目頭を押さえ天を仰ぐ男。が、指の隙間からはしっかりと東馬を見据えている。


「時が惜しい。参る。」


  薄ら笑いを辞め、突如男は刀を投げ付けた。


  東馬はそれを叩き落とすと横に飛んだ。針が飛んで来たのだ。


  男は髪に針を隠しており、先程の目頭を押さえる仕草の中で抜き取っていたのを、東馬は見逃してはいなかった。


  男は続けざまに足での投石、隠し持っていたクナイの投擲などを繰り出すが、東馬には悉くかわされ、そして弾かれた。


「何を企んでいる?何処の手の者だ?」


「まったく情けねぇ…これまでか。」


  言い終わるが早いか、男は口の中で何やら噛み潰した。


  すると男は倒れこみ、少しの間喉をかきむしりながらのたうち回ると、白眼をむき、泡を吹きながら息絶えた。


『江狩の忍?八渡の指図にしても、もう一つの仕事とやらにこの微かな血の臭いは?』


  東馬は風上に向かって走り出した。



 ____________________________________


先程の河原から、それほど遠くない場所でそれは起きていた。


  やや勾配のきつい山道で、身形のしっかりとした老齢の男を四人の男が護るように囲んでいる。


  更にその外側を十人程の男達が取り囲んでいた。


  刺客とおぼしき者達の輪の外には数人が倒れており、どれも激しく出血し、瀕死、もしくは絶命しているようであった。


「助太刀いたす!」


  東馬は走りよると、勢いそのままに手近な一人をあっという間に斬り伏せた。


  一瞬狼狽えた賊達が東馬に目を奪われた隙に、護衛の男が一人仕留めた。


「挟まれるな!」


  賊の一人が叫び終わる前に、東馬と護衛との間にいた賊が二人、東馬に斬られた。


  それは一瞬の早業だった。


  最初の一人を斬った後、東馬に向きなおそうとした右の賊の胸を一突き、左から斬りかかる賊に対し、東馬は刀を引き抜きつつ左の賊の懐まで素早く踏み込み、柄頭で鳩尾を打ち、更に喉を切り裂いた。


「行け!」 「退け!」


  護衛と賊の叫びが重なった。




  短い乱戦の後、賊の内一人が逃げ仰せ、八人が死亡、二人が自害した。




「助太刀かたじけない。手当てまでしていただき、何と礼を申せば良いやら…」


  身形の良い老人が頭を下げた。


「某、能賀の高峰家家老、北見源太郎信親と申します。」


「神代東馬です。ただの旅の牢人に御座います。御家老は御無事で何よりでしたが…」


「えぇ、良い若者を失ってしまいました。」


  目的地は同じということもあり、東馬は北見一行と同行する事になったのだが、その道中に色々と話を聞く事ができた。


  高峰と八渡は長く同盟関係にあったが、互いの先代から先、関係は悪くなる一方であること。


  何とか関係修復をということで、敵意を見せぬよう、家老自ら極少数の護衛のみで江狩まで来たこと。


  同盟破棄こそなかったものの、会談は決裂。今後一層関係は悪化するであろうこと。


  先日の刺客も、おそらく八渡から高峰への見せしめや脅しであろうこと。


  代々八渡は、高峰からすれば南側諸国の北上を抑える盾として重要な同盟国であり、防衛の対価としてそれ相応の物資の援助を行ってきたこと。


  高峰の先代は、八渡から過剰な援助要請への反発の為、あえて自国内の開発を進めなかったこと。


「しかし、跡を継がれた当代の誠二郎宣頼様は、先代のやり方をよしとせず、国内の開発に力を入れておりましてな、それはそれで民の生活も潤い、大変喜ばしい事ではあるのですが、八渡めはそれが気に入らぬようで…ことあるごとに援助物資を増やせと言いよるのです。しかも武力をちらつかせてな。まるで我等を属国とでも思っているかのような態度に腹に据えかねている者も少なくありませんでなぁ…。戦になどならんと良いのだが…」


  かく言う北見も腹に据えかねている一人のようではあるが、戦にでもなって民に犠牲が出ぬよう、過激な言動をする者達を宥める側に立たねばならず、その鬱憤を晴らさんとばかりに色々と語ってくれた。


「此度の刺客による襲撃とて、決して許せるものではない。危険を覚悟で臨んでくれた若者を二人も失ってしまいました。更にもう一人、本人は何も申さぬが利き腕を深く斬られたようで使えておらぬ。さぞや痛かろうに顔にも出さん…儂は彼等に何としてやれたものか…」


北見は優しい人柄だった。


常に国を、民を、主君を、そして江狩の民の事すらも案じていた。


「さぁ、見えて来ましたぞ。あれが我等の国、能賀にござる。まだまだ小さな国ではあるが、活気のある良い国だと思うておる。神代殿にも気に入ってもらえると良いのだがのう。」


  以前高台からこの城下町を眺めたのはどれ程前だっただろうか?


  その頃からは比べようもないのは一目瞭然だった。


  家屋の建つ地域が広がった。


  商家だろうか?大きめの建物が増えた。


  街行く人の姿も多い。




「楽しみです。」




  東馬は優しい笑顔を向ける北見に、笑顔で答えた。

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