第11話 剣の重み

「…面を上げよ。」




  面倒くさそうに声をかけたのは、この国の大名、八渡惣兵衛三盛やわたり・そうべえ・みつもり。




  「田舎村を襲う山賊を返り討ちにしたそうだな。」




  「数こそ多かれど、武勇優れたる者はおりませんでしたので。」




  無表情で答える東馬。


  『その様な雑魚を何故野放しにしている?』という含みがあったのだが、どうやら伝わらなかったようだ。




「20を相手になんと豪胆なことよ。その武、見てみたい…そうだな、お前とお前、この者の相手をせよ。」




  労うわけでもなく、感謝の言葉を口にするわけでもなく、東馬の了承も得ずに勝手に試合を決めた。


  東馬の相手に指名された二人の武将も、一人は東馬を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、またもう一人は汚いモノでも見るかのような蔑んだ視線を送っている。




「賊の十や二十殺した所で…」


「ふん、所詮は褒美目当ての流れ者であろう」




「殿!神代殿は我等の民を救って下された恩人にあらせられまする。それをこのような…」




「貴様の発言は許しておらぬ。分を弁えよ役立たずが。」




  八渡の冷たい視線が、いや、八渡のみならず、そこに列席した者のほとんどから蔑みの視線を滝谷は向けられていた。




「滝谷殿、私は構いませんよ。」




  少し意地の悪そうな笑みを浮かべ、東馬は続けた。




「某、薄汚い旅の者ではありますが、少々急ぎの要件もございますゆえ、相手が御二人ということであれば問題御座いません、同時に御相手つかまつりましょう。」




「なに?」


「貴様、我らを愚弄するか?」


「ふん、大した自信よのう。さっさと始めよ。そうだ、ヌシも加われ。ああ、お前とお前もだ。」




  一対五になった。内一人は滝谷。




「すまん、神代殿。面倒な事に…」




「いや、滝谷殿、こういうのは嫌いではない…が、段取りは気に入らん。私は手を抜くつもりはない。他の方々には少々痛い目を見て頂く事にする。」






  六人で立ち合うには多少広い方が良いだろうと、城の外からみて城門をくぐった先にある、少し開けた場所に移動する。


  当然、ぞろぞろと移動する国主達は目立ち、城中の者達が何事かと集まり、試合会場はさながらちょっとした祭りの様相を呈した。




「まぁせいぜい恥をかかぬよう持ちこたえることだな」ニヤニヤと笑うA。武器は長槍。


「下らん。牢人風情にこのような…」憤慨するB。武器は太刀。


「油断めされるな。神代殿の実力は本物ですぞ。」あまり乗り気ではない滝谷。櫂のような平べったい太い木刀を正眼に構える。


「一人に五人で対するのだ。我等の恥よ…」やれやれと言った感じのCが薙刀を構えると、


「数で勝り戦に勝つは常道。勝てば良いのですよ。」と、Dは槍を構えた。






「始め!」


 誰かが叫んだ。




 次の瞬間、…


「てぇぇぇぃ!!」


 気合いと共にDが突きを繰り出す。


 東馬はその槍を刀で捌きながら素早く間合いを詰め、柄頭をDの鳩尾に叩き込む。


 悶絶して倒れこむD。




 次の瞬間、背後に回ったAが静かに、そして鋭く突きを繰り出す。


「…!?」


 東馬は背中に目が付いているかのような、絶妙なタイミングで身体を左に反転させそれを回避する。


 そこへCの薙刀が襲いかかるが、東馬はCに向かい一歩踏み出しその間合いを潰し、更に薙刀の柄に巻き付くかのごとき動きで刀を滑らせ、Cの右手親指を切り落とした。




「がぁぁぁ!」




 またしても背後からAの突き。


 東馬は左手で素早くCの薙刀を奪うと、槍をかわしつつ薙刀を後方に突き出した。


 確かな手応え。


 薙刀の切先はAの右太腿に深々と刺さった。


「貴様!」


 そこへ間髪いれずにBの太刀が東馬の頭目掛けて力強く振り下ろされるが、東馬は刀の反りであっさりと受け流すと、そのままBの顔面目掛けて突いた。


 Bの顔面にその切っ先が届く瞬間、木の盾がそれを阻んだ。


 滝谷の木刀である。




  滝谷の木刀に東馬の刀が突き刺さったまま、そのままの姿勢で動かない二人。


  脂汗を流しながら無理な姿勢のまま両手で木刀を押さえる滝谷に対し、全身のバネを使い、片手で突き上げる東馬。


  尻餅をつき、放心状態のB。


 


「滝谷殿、私の勝ちだ。」




  滝谷が東馬の視線に気付く。




『まずい!』




  東馬は左の拳を、滝谷の右脇腹に勢いよくめり込ませる。




「う…ぐ…!」




  肝臓に響く強烈な痛みに、滝谷は木刀を放しうずくまる。


 


「きぇぇぇぇぇぇい!」




  突如、気を持ち直したBが横凪ぎに東馬の右脇腹目掛けて太刀を振るが、東馬は刀に刺さったままの滝谷の木刀でそれを受け止め、Bの顔面に前蹴りを見舞った。


  Bは一瞬意識が飛び天を仰ぐ姿勢で片膝をつくと、そこに東馬の踵が降ってきた。


  それは鼻を砕き、Bは完全に気を失った。






「滝谷殿の反応は良かった。が、それだけだ。他の者達には語るべきものなど何もない。成る程、賊にも良いようにされるわけですな。」




  東馬は倒れている者達をねめつけた。




「参りました…」




  痛みを必死にこらえ、滝谷は平伏した。他の者は悶絶しているか、気を失っているかだ。


  呆気にとられていた周りで見ていた者達がようやく我に帰ると、急いでA~Dの治療に当たった。




「滝谷殿、仕える主は選ぶべきではないか?」




  刀から木刀を外すと、頭を垂れたままの滝谷の前にそっと置いた。




「戦えぬのであれば、剣を置け。」






  八渡を一瞥すると、東馬はそのまま挨拶もなしに立ち去った。


  その無礼な振る舞いに、しばらく怒りに身を震わせていた八渡が何やら怒鳴っていたが、既に東馬の耳には届いていなかった。






『戦えぬのであれば、剣を置け。』




  その言葉が、滝谷には重くのし掛かった。


  脇腹の痛みよりも、ずっと強い痛みを伴って……




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