壱
第10話 雲、垂れ込める
死体が多数転がっていた。
いかにも山賊といった風体の物がおよそ二十。
村の者と思われる男の遺体が二、怪我人が五。女の遺体が一。その脇で呆然と座り込んだまま動かぬ子供が一。
「すまぬ、旅の方。本来ならば我等の役目である事を。礼を言う。」
甲冑を身に付けた大柄な男が、兜を脱ぎ軽く頭を下げた。
「いや、私の事はお構い無く。それより彼等の手当てを。それと…」
「あぁ、手厚く埋葬すると約束しよう。後で礼がしたい。すまぬがしばしそこらでお待ちいただけるか?」
「私も聞きたい事があるので好都合だ。」
「そうか。なるべく早く戻る。申し遅れた、某、滝谷格五郎正盛たきや・かくごろう・まさもりと申す。」
「神代東馬です。」
「それでは神代殿、後程。」
滝谷は再び軽く頭を下げると、部下に後始末の指示をするため、その場を離れた。
怪我をした男を労る村人から向けられる滝谷達への視線は、さながら山賊に向けられるもののようであった。
中には露骨に鎧武者達をなじる者すらいたが、滝谷はそれらを咎める事もなく、遺体の回収や怪我人の手当て、荒らされた田畑の片付け等を黙々とこなしていた。
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「先程はお恥ずかしい所をお見せしてしまったな。」
「いえ、あぁ、まぁ…あまり上手くいっていないようですね。」
滝谷の屋敷に招待され、焼いた魚で一杯やっていた。
「うむ………明日にでも我が殿に此度の件を報せに行かねばならん。貴殿は村の恩人だ。褒美も出よう、共に来てはくれまいか?」
「一つ伺っても?」
「あぁ、すまぬ、聞きたい事があると申されておったな。某に答えられる事柄であればいくらでも。」
「あの村は常より山賊どもの脅威に晒されていたようだが?それに滝谷殿達へのあの態度…」
「申し開きのしようもない。民の暮らしを護るのは我等のお役目。我等の至らぬばかりに、彼等には苦しい生活を強いておる。悪態をつかれた所で何と返せばよいのやら…」
「殿への謁見、同行しよう。」
「すまんな。気が進まぬであろうが、…」
何かを言いかけたようだが、滝谷は口を閉ざした。
東馬が件の村を訪れたのは、五日ほど前のことだった。
食べ物でも分けてもらえないかと立ち寄ったのだが、分けるどころか、彼等自身が食べるに窮する有り様が見て取れた。
季節は春、田畑には収穫をした跡と、荒らされた跡があるばかりで、残された作物は収穫にはまだ早く、食用には適さなかった。
聞けば昨日山賊に襲われたばかりで、領主は山賊を放置、村の暮らしには見向きもしないとの事。今までも何度も被害にあっている事。また近々、更に略奪に来ると宣告された事など、色々教えてくれた。
そして東馬が用心棒をかって出たわけである。
村人も、駄目元で方々に救援を求めたのだが、やってきたのは滝谷とその家来が十人のみ。しかも東馬が返り討ちにした後での到着である。
元々、この地の守護は管轄外である滝谷が来てくれるのは有難いことなのではあるが、度重なる賊の襲撃と領主の放置に、人心は既に離れていた。
東馬は当初、滝谷に苦言の一つでもくれてやろうと思っていたのだが、身に纏う甲冑には素人の繕いの跡、その屋敷も手入れはされているものの、やはり素人仕事の跡。礼と称して酒を用意されたが、肴は小さな川魚が二匹。滝谷の妻が恥ずかしそうに出してきた。おそらくはこの夫妻の夕餉になるはずだったものだろう。
清貧というにはあまりに質素に過ぎた。
「ところで、神代殿はどこへ向かうところだったのだ?」
内政の事から話を反らしたかったのか、沈黙に耐えられなかったのか、滝谷は東馬の事に話題を変えた。
「隣国、能賀のうがへ」
「能賀か。武者修行か何かかな?高峰様の御家臣で剣術指南役であらせられる瀬田殿はかなりの使い手と聞くしな。」
「いや、ただの物見遊山でね。古い友人が能賀の山里にいるので、挨拶がてら立ち寄ろうかと。」
見た目では二十歳前後にしか見えない東馬の口から『古い友人』という言葉が出た事に滝谷は少し違和感を感じたが、二十もの山賊を撫で斬りにする程の実力、それを思えば見た目よりは歳がいっているのか?もしくは幼馴染といったところか…
「以前能賀に立ち寄った時には、あまり城下町へは出なかったものでね、瀬田殿の名は聞き及ばなかったが…私の友人もなかなか腕の立つ奴だからなぁ。」
「ほう、神代殿の御墨付きとは、相当なのだろうな。」
「二階堂龍厳という滝谷殿に負けず劣らずの大柄な男なのだが、聞いた事は御座らんか?」
「…はて?初めて聞く名だな。」
僅かな間。
僅かに逸れた視線。
『この男、龍厳を知っている。』東馬は確信した。
龍厳は表舞台に立ちたがる気質ではない。名が知られていないのも不思議はないが、…何故隠した?
知っている事を隠す理由は…?
龍厳は栄蔵の後を継ぎ忍の里の長になっているはず。
隣国の忍の頭領の名を知って知らぬふり。
『この国の状況といい、どうやらあまり穏やかではなさそうだな。』
東馬は内心苦笑した。
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