第8話 閑話~鬼の出立~
東馬と別れてから暫く、当然のように龍厳と春の祝言の話が出た。
「しばし、お暇をいただきたく…」
龍厳は軽く頭を垂れて言った。
「…理由を聞いても?」
誰の目にも仲睦まじく見えた龍厳と春。
栄蔵は思いもよらぬ返事に訝しさを覚えた。
「私儀に御座れば。…返せば、東馬様に師事したのもその為。誠に勝手な事を申し上げているのは重々承知、されど、こればかりは己が手で成さねば…」
怒り、殺意、覚悟…そういったものが籠った強い眼差しだった。
「何やら物騒な事でも企てておるようだの」
栄蔵は笑ったが、眼光は鋭く光っていた。
「じきに息子となる者をみすみす死なせはさせん。春には黙っておく。儂も付き合おう。」
「息子と呼んでくださいますか」
龍厳は微笑んだ。心からの笑みだった。そして、一瞬の。
「なればこそ。過去との決別をしてまいりとう御座いまする。ただ、己一人、身一つで成さねばなりませぬ。………何卒」
強い眼差し、強い口調。深く頭を下げたその姿には有無を言わせぬ強さがあった。
「まったく…その様子では止めたところで聞き分けはせぬのだろう?」
少しの沈黙の後に栄蔵が折れた。
龍厳程の男がこうも言うのだ。これ以上は野暮と言うものだろう。
その男が師と仰ぐ神代東馬の実力も知っている。世に出れば必ずや無双の名を欲しいままにするに違いない、およそ常人からかけ離れた武芸者。
二階堂龍厳は、その達人の弟子なのだ。
「必ずや戻られよ」
「必ずや…」
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その二日後、旅支度を整えた龍厳は、春にただ一言、「行って来る」とだけ言い残し出立した。
春も何も聞かず、「後武運を」と返したのみだった。
暫く鳴りを潜めていた強い眼差し、大きな体躯に手には金棒を担ぎ、その姿はまるで鬼の様であった。
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