第2話 求道者
龍厳と行動を共にするようになってから少しが過ぎた。
この間、特に何をするでもなく、ただ二人でのんびり海沿いの街道を歩き続けただけだった。
東馬にとっては、だが。
龍厳が東馬についていくようになって二日目の夜の事だった。
寒さも和らいだとはいえ、やはり日が暮れればまだまだ冷える。
川原ともなれば尚更だ。
龍厳は枯れ枝を拾いに少し離れた時があった。
その際、何やら人の気配を感じて辺りを注意深く窺う。
気配を殺し、物陰に潜み、龍厳が離れていくのをじっと観察している複数の人影が目の端に映った。
ざっと7,8人。
夜盗である。
東馬をどこぞの武家の者とでも思ったのだろう。そして龍厳はその護衛。
護衛が離れた隙に武家の若造を拐かし、身代金でも要求するつもりだったのか、はたまた、ただ単に身ぐるみ剥がしてやろうとでも思ったのか。
『無駄な事を…あのような化け物相手にその程度の頭数で何ができるか』
特に捨て置いたところで問題ないのは承知の上だが、東馬についていく条件として、露払いは自分がすると言い出した手前、放っておくわけにもいかない。
少々面倒だが、早速役立たずと思われても困る。
龍厳は大の大人の拳程の石を拾い、夜盗目掛けて思い切り投げつけた。
大男から放たれた大きな石は、ほとんど放物線を描く事なく夜盗の一人に直撃。
気付かれてはいないと確信していた夜盗は意表をつかれ、突然鉄砲玉のような勢いで飛んで来た大石を顔面に直撃させてしまった。
そして周りの夜盗達がその顔面を砕かれた仲間に 気を取られた隙に、龍厳は二つの石を更に投げつけた。
一つは肩に、一つは腹に。
二人が悶絶しているのを確認すると、龍厳は刀を抜き放ち夜盗達へと無言のまま斬りかかる。
「くそ!気付いてやがった!一斉にかかれ!」
だがその数十秒後、倒れていたのは夜盗達の方だった。
腹を裂かれ、内蔵をぶちまけてうつ伏せになっているもの二名。
喉を裂かれ、苦悶の表情で仰向けになっているもの一名。
肋骨ごと胸を斬られ、横向きに倒れているもの二名。
這いつくばって逃げようとしたところを、背中から串刺しにされたもの一名。
最初の投石で顔を砕かれた者は、しばらくのたうちまわった後、そのまま息を引き取った。
「どうして皆殺しにしたのか?」
東馬のもとに戻るなり、突然たずねられた。
「生かしておいた所で害にしかならぬと思いましたので」
無表情のまま、思ったままの答えを返した。
「あの人数だ。アジトもあれば、ため込んだ金品もあったかもしれん。もしくは人質か。」
龍厳はハッとした。
「盗賊どもから奪うので?」
「どうせまともな金じゃない。奴等から奪ったとて、誰も咎めぬさ。むしろ邪魔者を排除してもらえるのならば、奪われた金も生きるというものだ。人質がいたのならば送り届けていくらばかりかの謝礼も貰えたであろうよ」
「‥‥‥」
「気に入らないか?金というのはなかなかに便利でな。無ければ無いで何とかなるが、あればあるで色々と役立つものだ。高潔に清貧を貫くのも良いが、いざという時の為にも多少は持っておけ。金の出所で価値が変わるものでもないからな。盗賊から奪うのであれば誰も痛まん」
「‥よくわかっているつもりではいるのですがね。俺の家もその金の為に取り潰しになりしたから」
二階堂家は、とある大名に仕える武芸に優れた家柄だった。
贅沢を由とせず、かといって領民にまでそれを押し付ける事もなく、その為、税は安く、ゆとりのできた農民達はその金で新たな農具、肥料、種などの確保にも困らず、時間に余裕のある時には田畑を広げ、更に利益を上げる事ができた。
その潜在的な資産価値は決して安くはなく、当時困窮していた他の家臣に目をつけられ、そして奪われた。
よくある話だ。
強奪を企んだ同僚が、大名に「二階堂家に謀反の企てあり」と報告したのである。
無論、虚偽である。
忠義に厚かった龍厳の父にその様な気は一切なく、また大名も信じてはいなかった。
が、二階堂家の運営は他の家臣の領地にも知れており、領民からの不満を押さえつけねばならない同僚複数の企てと、手っ取り早く金を回収でき、更には美しい龍厳の母を手に入れる為の大名の下心によって、いとも容易く取り潰しにされてしまったのである。
父は切腹。
母はまだ幼い一人息子の助命を条件に大名の側室となるが、これも程なくして病に倒れた。
幼い龍厳は、元々領地であった土地の農民達によって保護されてはいたが、母の死によって大名より死罪を命じられた。
その際、龍厳を庇った農民が多数その場で切り捨てられ、また、その家族も同罪として、若い女は犯された後に、そうでないものは遊び半分に殺された。
それでもなお、かつての領主の遺児だけでも救おうとした者達の手によって龍厳は逃げ延びた。
まだ十歳になるかならないかの頃である。
たった一人行く当ても、最早頼れる者もなく、食えるかどうかもわからぬ物を食い、泥水をすすり、ただただ必死で生きた。
大名とその取り巻きの息のかかっている土地であるかもしれないと思うと、誰にも頼るわけにもいかなかったのだ。
だが、どんなに心細くとも、またどんなに苦しくとも、死を願う事はなかった。
多大な犠牲を払ってまで自分を助けてくれた領民達、そこまで慕われた父、助命の為に憎むべき相手に体を委せた母。
それら全てが無駄になるからだ。
『強く、優しく、気高く生き、いずれはかつての領民達に恩返しを』
それだけが生きる意味だった。
逃げ延びてから半年程までは。
龍厳の逃亡に関わった者とその家族、親戚縁者に至るまで皆殺し。
実質、村が一つ壊滅した。
大名の命によるものだった。
ただの嫉妬。
そこまで領民に慕われ、また美しい妻、豊かな土地を手にしていた龍厳の父への嫉妬からの暴挙であった。
『いつか必ずや皆が坊っちゃんを迎えにあがりますからね。しばらく辛抱してくださいね』
自分を助け、自分の追っ手を道連れに息を引き取った、かつての二階堂家の下男の最後の言葉だった。
その言葉を信じ、決して国を離れず必死で生きてきた幼い龍厳であったが、村人皆殺しを知り、帰る場所、愛すべき人々を失い、そして国を捨てた。
それからは、ただただ荒れた。
なけなしの誇りの為に、誰彼構わずとまではいかなかったが、少しでも自分を見下す者、自分に害意を持つ者に対しては、まるで狂犬のように襲い掛かった。
元々同年代の子供より立派な体格ではあったが、逃亡生活から先、野山で動物を狩り、ひたすら体を鍛え続けた子供は、ほんの三年後にはどんな大人にも負けない立派な大人に、更に三年後には稀に見る大男となっていた。
その過程で、力を得る為に見よう見まねで武術を会得。
更なる力を得る為に、武芸者には手当たり次第に真剣による試合を申し込み、受けた者の半数を殺した。
拒否した者も龍厳の挑発に触発され、結局は試合を受け、その内のほとんどが殺された。
十代にしてほぼ無双ともいうべき力を得た龍厳であったが、いまだかつての父の主君とその同僚への怒りは収まらず、試合の際、どうしても力が入り過ぎてしまい、相手を殺してしまう事が多かった。
相手がいなくなれば別の土地へ。
またいなくなれば、また次の土地へ。
それを繰り返し、強さにも心にも余裕が出てくると、相手を殺す事はなくなったものの、自分が死んでいく、そんな感覚を持つようになった。
『まだまだ弱い。この程度の力では復讐など夢のまた夢。だが相手がいない。どいつもこいつも雑魚ばかり。あの大名も、その取り巻きも、その家来達も今の俺よりは弱いはず。だがまだ足りん。奴等よりも遥かに強い、圧倒的な力でなくては。まだだ。まだまだ足りん。』
そして見つけた。
強い奴を。
一見するとただの優男。
だが、多くの相手と斬り合ったからわかるのか、それともただの感なのか、いずれにせよ、『わかる人にはわかる』そんな強さを滲ませた男を見つけた。
『いや、男?そもそも人なのか?』
そう本気で思わせる程の何かを感じていた。
男が近付いてくる。
まるで猛獣がにじり寄ってくるかのような緊張感。
男が目の前を通りすぎていく。
その瞬間、刀を胸に突き立てられたかのような恐怖。
男が離れていく。
見極めなくては!
『恐れるな龍厳。今の半端な力など無いも同然。望む力を得られ無いのであればいっそ死んでしまえ!必ずや‥必ずや力を!』
一週間の同行の間、東馬に自らの生い立ちを尋ねられた事はない。
それは一月後も、一年後も同じだった。
龍厳もまた、尋ねなかった。
この尋常ではない男の事が気にならない訳ではない。
だが、こちらから尋ねる気にもならず、何となく察すればそれで良い。
それで十分だった。
それは、一年後も同じだった。
十年後も、五十年後も同じだった。
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