第6話「間接キス」
近くの駅から適当に話しながら10分と少し。
何度か見たことがある小さなアパートが街灯に照らされて現れた。
特段綺麗ではなく、家賃が安そうなアパートではあったが女子高生が一人住むにはまったくおかしいとも言えない――そんな家だった。
防犯上大丈夫なのか? と疑念はあったが、大家さんに断りを入れて壁と扉は少しだけ分厚く、電子キーが二重ロックに付け足されていて、ご両親の心配様が窺えた。
それに立地面でも近くに交番もあるし、その面は大丈夫そう見える。
――と話を聞いていておかしいと思った人もいるかもしれないが、先輩は現在、一人暮らしをしている。
なんにもない田舎から家業を継ぐのが嫌ではるばるこの札幌の地にある進学校に夢を持って移り住んできたらしい。
こんなよくも分からない場所でまだまだ子供な女の子が一人暮らしをできるなんて――と感心しつつ、さすが完璧と言われるだけある。
初めてその話を聞いたときは自分と比べて、声が出なかったものだ。
とまぁ、それはいいしろ、先輩の家の中には一度も入ったことがなかったので俺の心臓は若干バクバクと太鼓のようにリズムを刻んでいた。
「あっ! ちょ、ちょっと、待ってて」
階段を登り、玄関の前でそう言われて俺は街の景色を背後に待つことになった。その間に妹と叔母さんに『友達の家で泊っていく』と連絡を済ませた。
ちなみに妹からは烈火のごとく長文のお怒り心配メッセージが返ってきて、そっとスマホの電源を切って目を瞑ったことは先輩にも内緒だ。
そして、10分もかからず先輩は戻ってくる。
「もう、入ってもいいよ」
玄関の扉が開いて、先輩出会ってから一度も見たことがなかった部屋が明かりがともって内情が目に入る。
あまりにも緊張してたことで扉が開いて数秒間、立ち止まっていた俺に対して心配そうにこう言った。
「——入らないの?」
「いやまぁ、ちょっと……初めてだし、なんかって思いまして」
「もしかして汚かった?」
「そういうことじゃないですよ。別に汚くないって言うか、ていうか待たせたのは掃除してたからなんですね」
「んぁ⁉ あれぇ……い、言っちゃってた?」
「はい、それはもうはっきりと」
「……うぅ。ミスったぁ」
ぐぬぬと喉を鳴らしながら俯く先輩を見て、俺は少しだけ安心した。
いつも通りの先輩が見れて俺は何よりだ。
「先輩?」
「何?」
「ちょっと肌寒いでそろそろ入っていいですか?」
「……ごめん。そうだねっ」
そうして俺は、先輩の家童貞を卒業した。
☆☆☆
言われるがままに入っていき、玄関で靴を脱いで廊下を抜ける。
すると、ほのかに香ってくる柑橘系の香りに意識を奪われてしまう。
「どうかした?」
「あ、その、いい匂いがするなって」
「に、匂い……するかな?」
「はい。先輩の匂いがしますね。フルーティーというか、柑橘系の。香水とかって使ってるんですか?」
「え、いや、使ってないけど。そんなにおいするのかな?」
「しますよ。あ、もしかして……これが先輩の体臭⁉ やっぱり女の子っていいにおいするんですね~~」
「するわけないでしょ。私だってたまに汗臭かったりするときあるけど」
「え、女の子って臭いんですか?」
「いちいち主語がでかい……」
「いや、だって漫画とかアニメでは女の子は臭くなっていいますし!」
「ラノベの読み過ぎじゃないの……まさか、女の子はトイレしないとか思ってるわけじゃないよね?」
「え、違うんですか?」
「じゃあ、しっかりトイレにツッコミ入れなさいっ」
「あぁ、忘れてた」
小ボケ失敗。
先輩からのやや冷ややかの目がちょっときつくて「ははは」と笑いながら誤魔化した。
☆★★
おかしくなった雰囲気をなんとかして払拭し、俺は洗面所で手を洗ってリビングのソファーに座った。
「おぉ……なんか新鮮ですね」
入ってみると1Kという間取りだった。
玄関に入ると目の前にキッチンがついている4畳ほどの場所に、トイレとお風呂がついていて、そこを抜けるとリビング? と言っていいか分からないが9畳くらいの生活スペースが広がっている。
いたって普通の間取りで、特段お金持ちではないとは分かっていたがこうしてみると少し新しい感じがした。
いや、というよりも——女子っぽいかもしれない。
まぁ女子なんだから女子なのは当たり前っちゃ当たり前ではある。ただ、先輩の高校での肩書を考えたらちょっと新鮮というか、意外というか。
あ、これがギャップ萌えというやつか。
美少女で、頭も良くて、スポーツも出来て、貧乳で、生徒会長してる超人高校生でも部屋はやっぱり女の子。
うん、悪くないな。
「そうかなぁ。別に普通だと思うけど」
「女の子っぽくてすごくいいですよ、ほらギャップが」
「……まるで私が女の子じゃないみたいな言い方するじゃない?」
「いやいや、逆ですよ? 先輩ってほとんどのこと完璧にできるのに、家の中は意外と普通って言うのがですよ~~」
「うーん。そうなのかなぁ」
「はい! あ、ほらほら、ベッドに置いてあるぬいぐるみなんて女の子っぽいじゃないですかぁ~~」
「っ⁉ あ、あれは、たまたまママから貰ったやつで……」
「へぇ、いいじゃないですか。あ、でも先輩!」
「な、何よ」
「ママ呼びなんですね、かわいーです!」
「っ~~~~~~う、う、うるさい……しっ」
真っ赤になった先輩からのポコポコアタックを一心に受け止めながら、俺は安心する。さっきまでの恐怖は吹き飛んでくれたようだ。
「ねぇ、お腹空いてない?」
「お腹ですか?」
「うん。ほら、さっきも色々とあったし、もう時間が遅いけど……夜とかってまだでしょ?」
「あぁ~~そうですね」
俺が少し迷っていると先輩は少し白々しく、自分の髪の毛をくるくると指でねじっていた。
先輩が何か言ってほしい時は必ず髪をいじる癖がある。俺だって先輩との関係値は1年強とそこそこ長い。それだけ一緒に居れば分かることだってあるんだ。
それならば……俺も都合がいい。
先輩の料理は一度食べてみたかったんだ。おすそ分けでもらった卵焼きは絶品だったしな。
「先輩が作ってくれるのなら食べてみたいです!」
「え、わ、私が?」
「はい……あれ、もしかして嫌でしたか?」
「いやいや、そんなわけじゃないけど……」
「無理にとは言ってないですけど、お腹は空いてますよ先輩?」
「ん。なんかめっちゃ言ってくるね」
「いやぁ、そりゃ先輩の手料理食べてみたいですし~~」
「……そ、そこまで言うなら。まぁ、いいけども」
「お、ほんとですか!」
「うん。じゃあ待ってて」
というわけで23時を回ってからのお手製料理晩さん会が幕を開ける。
俺も何か手助けしようかと聞いてみたが「翔琉君は座ってて」と一蹴されて、ソファーに置きっぱなしになっていたラノベを開いて待つことにした。
そうして待つこと20分ほど。
何やら鼻腔を刺激するスパイシーな匂いがして、くんくんと鼻を動かしているとキッチンの方からお皿を持った先輩がやってきた。
「できたよ~~」
「んぉ、早い! 何作ったんですか?」
「残り物だけど……カレー作ってみたかな」
「おぉ!!」
テーブルに置かれたのは香ばしい香りを漂わせた美味しそうなカレーライスだった。残り物と言っている割にはジャガイモと人参、そして玉葱がしっかりと入っていて……。
「あれ先輩、お肉ってこれ」
「ぁぁ……ごめんね。家にあったの鶏肉しかなくて」
「鶏肉カレー……なんか、それもいいですね!」
「そ、そうなのかな? まぁ、翔琉君がいいならいいんだけど」
「文句なんて言えませんし、あ、ほら、覚めちゃうから食べてもいいですか?」
「うん、いいよ。召し上がれ」
呆れたように笑みを浮かべてスプーンを渡してくる先輩は少しだけ頬が赤かった。
パクリと食べ始めて、口の中に広がるあまりの美味しさに止まらない手。しかし、目の前に座っている先輩は特に食べ始める様子はなかった。
「あ、あの、先輩」
「ん?」
頬杖をついてまじまじと見つめてくるだけで食べ始めない。
「なんで食べないんですか?」
「あぁ、いや別に——気にしないで」
「気にしないでって……ていうかまず先輩のカレーなくないですか?」
「私は良いの。別にお腹空いてないし」
しかし。
グ―――――――っ。
明らかなおなかの音が鳴った。
それも対面のほうから。
「——へぇ、お腹、すいてないんですか?」
「……じゃ、じゃあ」
「最初から言えばいいのに。別にかっこつけなくてもいいんですよ?」
「べ、別に! カッコつけてたわけじゃないし……でも、私会長で先輩だし」
「関係ないですよ? ほら、どっちみち先輩の秘密をいっぱい知ってますからね~~
」
「んぐっ……あ、あれは、別に」
そう言うと頬を真っ赤にしてもごもごと否定してくるので、俺は無理やりカレーを救って目の前に差し出した。
「あ、えっ」
「ほら、どうぞ」
「でも、それじゃかんせtっ——んんっ⁉」
パクリ。
半分開いていた口に俺はそのままスプーンを入れると、呆気にとられた先輩は固まった。
「……食べないんですか?」
「食べるしっ……」
やや不貞腐れながらも、食欲には負けてしまう先輩。
半分だけなくなったカレーの皿を小さな手で押さえながらパクパクと口に運んでいくその姿がやはり、心に来るものがあった。
この上品な形がいい。
胸が小さく、背も少しだけ小さい。
見下ろせるのがちょうどいい俺の先輩。
おこがましいけど、やっぱり俺のものにしたいなと思ってしまう。
それが、男の
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