第5話「一人で家返すわけにはいかないですよ」
「——え、いいの?」
帰り道、唐突な誘いに頷いた俺に先輩はびっくりした顔を見せた。
先輩と出会ってから一年、初めてのお泊りがこんな形で始まるとは思ってもいなかった。
胸の内から溢れる底知れぬ嬉しさを隠しさがあったが素直に喜べなかった。
いやだって、あんなことした後だぞ?
庇って好きな子助けたんだぞ?
これはもう国から銀翼突撃章をもらってもいいくらいだ。ラインの悪魔に引けを取らないことをしたんだから、子供っぽく喜ぶことなんてできなかった。
まあ実際のところは半分以上、と言うか8割以上はたまたま急停車した電車のおかげだったけれど――それはそれだ。
事実は事実ってやつだ。
もはや、俺ではない俺を演じざるをおえなかった。
「だ、大丈夫? ほんとにいいの?」
溢れ出す気持ちを抑えてうなづくも先輩が怪訝な表情を浮かべてくるので何とか自制を効かせて自信気に胸を張った。
「えぇ、そりゃもう。あんな怖い思いをした女の子を見捨てるわけにはいきませんからねっ」
決まった!
あんまり柄じゃないけどしてやったぞ俺は!
よし、これで先輩も――ってあれ?
ジト目を向けてくるんだけど?
視線が痛い、あれれ、ミスったかな俺。
「何よ、そのかっこつけようは……」
「え、えぇ~~まぁ、はい。その、カッコつけました」
「別に——演技しなくてもいいのに」
「悪かったですね……だってカッコいいことしたんだから最後までかっこつけた方がいいかなって」
「っぷぷ。可愛いこと言うんだね」
くすりと笑う先輩に少し情けない気持ちになってしまったが、相変わらず可愛い笑みに何とも言えない後味になった。
「別に……ただ、先輩の事を考えていっただけって言うか」
「うんうんっ。ありがとうね。それは嬉しいよ」
「なんか上から目線っすね」
「そりゃねぇ、上だし?」
「……先輩はこれだから」
はぁ、と溜息を着くと今度は先輩の方が悲しそうな顔をして呟いた。
「まぁ、色々言ったけど。私がビビってるだけなんだしね」
俯きながらの一言に雰囲気がグッと重くなる。
そう言うつもりで弄ったわけじゃなかったので俺はすぐに言い返した。
「それは——ビビって当然ですよ、あんなの。俺だって怖かったんですから」
「まぁ、うん。先輩をよいしょしなくてもいいんだからね? 惨めな気分になるだけだから」
げんなりと呟く先輩に俺は「そんなことないですから」と否定するも響くことはなく、不甲斐なさを嘆いてしまう。
ふつうに考えてあんなことがあればビビるのも当然だ。
大人でもきっと怖いし、トラウマを植え付けられたといっても過言ではないのだ。こうして冗談を言い合えているだけでも先輩は弱くない。
「別に惨めだとは思っていませんよ、先輩はいつでもカッコいい先輩ですから」
「それは上辺だけってわかったでしょ?」
「……いえ、まったく。というか先輩、急に卑屈すぎますよ。普通のことをして俺が幻滅するとでも思ってるんですか?」
「んぐ……別に、そういうわけじゃないけど。なんか恥ずかしかったって言うかさ」
「それを言うなら俺だって変に戦っちゃいましたからね……あっちの方がよっぽどは恥ずかしい気がしますけど」
ぼそっと呟くと今度は先輩が躍起になって言い返す。
「そんなことないよ!!! め、めっちゃ……かっこ、よかったし……」
いきなりの誉め言葉。思いがこもった言葉で胸がジンと熱くなると同時に顔も一気に熱くなった気がした。
「っ……そ、それは……まぁ、あ、ありが……とう、ございます……」
思わず口ごもる。
不意打ちはさすがにずるい。いっつも隣で弄っている先輩でもこういうことを言われるのは慣れていないんだ。
「何照れてるのよ」
「て、照れますって! 先輩みたいな可愛い人にカッコいいとか言われたら!!」
「か、かわっ――⁉」
今度は俺も言い返した。
すると、先輩はプルプルと震え、さっきの俺のように頬を真っ赤にして口ごもった。
もごもごと口を動かして、なんにもない小さな胸に手を当てながらその場にしゃがみ込む。いや、そこまで照れなくても……なんて思っていると今度は自分の頬を両手で挟み込むように叩いてバッと立ち上がった。
「うおっ」
「か、翔琉君!!」
「は、はい⁉」
真っ赤な顔での迫力ある名前呼び。
いつも俺たちの上で何かをしている先輩に名前を呼ばれるとさすがに肩が強張った。
「……きょ、今日は……そういうことはしない、からね?」
「——そういうこと?」
唐突な確認に頭が真っ白になった。
というより、返事をするまでは意味が分からなかった。
しかし、そんな俺の反応で何かに気づいたのかまたもや顔を紅潮させる。
「な、な、なんでもないわよ!!!」
「うげっ⁉」
平手打ちが頬に一発。勢いが凄まじかったためにジンジンと鋭い痛みが頬に突き刺さった。
「も、もう……何恥ずかしい思いさせてるのっ。こ、こういうところにはほんと考えがいたらないんだからっ」
そうして、理不尽にキレながらも俺は今日もツンデレっぽい先輩を拝むことができたわけだ。
☆☆☆
しかし、再び道中。
「ね、ねぇ」
「どうかしましたか? 疲れたんなら抱っこしますよ?」
「べ、別に疲れてないし……ていうかそういうことじゃない!」
小さな先輩が吠えるとほんとあの手乗りタイガーに見えるよな。あそこまで激しくツンデレしてないけども。
というか、先輩ってどっちかというとハツラツで明るい感じだし、俺の前だと若干ツンツンが出るけど。あれかな、やっぱりモブの俺じゃ満足しなくて嫌ってるのかな。
——なんかつらいな。
自分で想像しただけなのに。
「ね、ねぇ、聞いてるの?」
「えっ——あぁ、はい! 聞いてますよ! 先輩の話なら何でも聞きますし! トイレでもお風呂でもどこでも駆け付けます!」
「そこまで頼んでないし。ていうか、さすがにおしっこ聞かれるのは嫌なんだけど」
「男はみんな好きですよ? おしっこ」
「っお、おしっこ好きなの⁉」
「えぇ、先輩のおしっこ大好きですよ?」
「……そ、そうね。なんか報われた、私のおしっこも――――って何言わせてるの!!!」
「お~~ノリツッコミ」
パチパチ拍手。
さすが、アニメが好きなだけあって先輩はギャク選も高い。
「それでおしっこの話はどうでもいいんだけど……真面目に、本当にいいの? 私の家に来てもらっても? さすがに夜も遅いし、来たら多分帰れないよ?」
「別に大丈夫ですって~~帰りたくなったら帰りますし」
「い、いや、さすがに後輩を一人で返すわけにはいかないって」
「俺男なんでレ〇プとかはされないですよ?」
「別にそこは心配してないけど……ほら、通り魔が出たら嫌だし」
「も、もしかして、先輩……俺の魅力的な体にお姉さんたちが寄ってこないと!? いつかお姉さんにレ〇ププレイされたいんですけどできないんでしょうか……」
「あんまふざけるとぶん殴るよ?」
「はい、なんでもございません」
「よろしい。っていうか、私が帰さないと思うけどね」
「それはもしや『今日は私の物なんだから、私の言うこと聞きなさい! 奴隷君!』ってやつですか」
「……ラノベじゃないんだからそんなわけないでしょ。危ないから返さないって意味!」
「えぇ~~してくれないんですかぁ?」
「しないに決まってるでしょ!」
バチコンとはたまた一発。さすがにふざけすぎたようだ。
「それで、本当にいいのかって聞いてるの
「まぁ大丈夫ですよ、本当に。別に俺帰る場所有りませんし、妹も叔母と仲良くやってるんで」
「えぇ、でもぉ……妹さんに心配」
「大丈夫ですって、あいつも今年で中学2年生ですよ? そろそろ一人立ちしない取って年齢じゃないですか」
「……どの口が言っているのよ。ま、まぁ、私も現に怖くなっちゃって出来てないって言っちゃ出来てないけどさ」
「先輩の方が子供かもしれないですね~~」
「うぅ、なんかそう言われると腹立つな」
「はははっ……まあでもですよ? 真面目に言いますけど、俺も正直ドキドキですよ? あんなことあって先輩を助けたみたいになってますけどたまたま電話が止まっただけですし、もし止まってなかったら庇って死ぬ覚悟ありましたし……ははは」
ふざけ半分で笑いながら言うと先輩は俺の指を掴んで小さな声でボソッと呟いた。
「……っめて」
「え、先輩?」
「そんなこと、言うの……やめて。私の大切な人を……失いたく、ないわ」
「……あ、ありがとうございますっ」
「え、えぇ」
結果的に、恥ずかしくなって俺たちは家に着くまで無言を貫いた。
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