第4話「貧乳な生徒会長を助けてしまった」
それは地下鉄に乗り込んで10分も経たずとも始まった。
時刻は20時30分。帰宅ラッシュほどではないが残業で帰りが遅いサラリーマンや駅魔のデパートでのウインドウショッピングをしてから帰る学生で地下鉄内は溢れていた。
「うわっ、人が多いね……」
「そうですね……まぁ、帰宅ラッシュほどではないですけど」
「まぁ、それはそうだけど……これはこれで、ね」
先輩と俺はそんな混み混みの中をかき分けて車両の端に立つことにする。そんな人ごみに押されていく中、先輩の表情が少し硬い。
「先輩ってそう言えば、人混み苦手ですもんね」
「え、えぇ……というよりもどっちかと言えば閉所恐怖症なんだよね」
「閉所、そうなんですか?」
「苦手ね。広い所の方がどっちかというと好きかな」
とまぁ、少し首を傾げたが思い返してみれば先輩が札幌駅前を歩いている時は特に嫌そうな顔をしてはいなかった。時間帯的には結構人もいるし、去年のお祭りの時だっていやそうではなかった気がする。
そうなれば、俺としても確かに納得がいく。
「でもそう言えば――そうですよね。あまり人混みも嫌がらないし」
「うーん。まぁ、確かに人は少ない方がいいけど……そのどっちかというと狭い方が苦手なの」
「何かあったりしたんですか?」
「うん……ちっちゃい頃にね。かくれんぼしてた時に隠れたところから出れなくなっちゃって……それがトラウマで今も閉所と暗所がダメなの」
「そうだったんですか……なんか、すみません。もう少し後の電車乗れば」
「い、いやいや! 別に翔琉君が気にすることじゃないし」
「そ、そうですか…?」
「えぇ。それに……」
「それに?」
少し黙ってから先輩は恥ずかしそうにこう呟いた。
「か、翔琉君がいるから……平気」
「——っ」
な、なんだ、いきなり。
あまりに急な不意打ちに、いやまぁ不意打ちは急なんだからそうなんだけれども……。
俺は心臓がギュッとしまって、一瞬だけ息が止まった。
可愛すぎる先輩の視線に俺の中の何かが目覚めそうになったが強引に理性を引き戻して首を振った。
「い、いや……その、えへへ……ありがとうございますっ」
「う、うん……だから別に気にしなくていいのよ?」
「え、気にしてって何を?」
「……え?」
「ん?」
おっと、どうやらあまりの可愛さに気にしちゃったらしい。俺ってやつが何をやってんだか。
とそんなこんなで数駅ほど進んで、今日の秘密のデートもこれで終わるのかな――なんて思っている時だった。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼」
車内に壮絶なる悲鳴が響き渡る。
隣で立ちながらふらついている先輩もハッとして「え、なになに?」と慌てている。
俺も何が起きたか把握できていないまま車内は一気にパニック状態になった。
「お、おいおい、な、何事!」
「分かりません! なんか悲鳴が」
「ちょっと、先輩! あぁっ——」
すると、人の流れが一気に変わり俺らが立っている後ろの車両への連絡路へ集まっていくせいか、さっきまで懐にいたはずの先輩がいつの間にかいなくなっていた。
気が付くと俺がその人々の流れに押されて離れていく。
「先輩‼‼」
「か、翔琉君っ!!」
離れていく声、どんどんと聞こえなくなりそのまま見えなくなってしまった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼ 通り魔よぉおおおおおおお‼‼‼‼‼」
「やばいやばい、後ろに逃げろおおおおおお‼‼‼」
男も女も阿鼻叫喚を上げて、人を押し直していく人波が激しくなっていく中。俺も俺で流れに押されて身動きが取れなくなっていた。
通り魔。
最近、景気が悪いからなのかそういうニュースが増えていた気がするがさすがにこれはヤバい。
まさか、自分の前でそんなことがあるとは思ってもいなかった。そのせいか、周りの人たちも何が何だか分からず流れに沿って後ろ後ろに詰めていく。
「くそ、先輩がっ」
そう思った矢先、俺は恐いことに気が付いた。
現在俺がいるのは——後方の6両目。さっきまで俺たちがいたのは4両目だ。てことは――先輩がいるのはさっきのまま。
で、通り魔が出たのは多分4両目よりも前。
ってことは……じゃあ、先輩って。
通り魔に襲われてるんじゃないのか?
ぞっとして背中がゾワゾワとする。
しかし、それと同時に俺の脚はよってたかってこっち側に向かってくる人々の合間を縫うように走り出していた。
とにかく椅子の方に飛び出して、ばばばッと走っていく。
まさか、ここで子供の頃に練習していた壁走りが役に立つとは思わなんだ。
さささっと自分でも驚くくらいのスピードで走っていき、5両目のあたりまでやってくるともう乗客はいなくて靴やバックがそのまま取り残されていて、まるでゾンビ映画でも見ているかのような状況だった。
「きゃあああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」
すると、前方から悲鳴が聞こえる。
パッと視線を移すとそこに居たのは先輩だった。
それも足を挫いたのか、それとも腰が抜けて動けなくなってしまったのか。先輩は地面にくぎ付けにされたかのように腰を落して恐怖に満ちた顔をしていた。
そして、さらにその向こう側にいる通り魔らしき人物。その後ろには脚やお腹、腕などから血を出して倒れている数人の乗客が見える。
血だらけのナイフを手に持っていて、今すぐ襲い掛かってきてもおかしくない。
その視線の先には一人の女性客がいて、掴まれて斬られそうになって、その次は先輩が狙われる。そんな位置関係だった。
やばい、非常にヤバい。
今まで感じてきたどんな危機感よりもヤバいと脳が信号を発している。自然的な本能で俺を逃がそうとしてくる脳みそに抗いながらもその光景にくぎ付けになって動けない。
その瞬間、女性が抵抗しながら腕と肩を斬られて突き飛ばされる。
「っち……クソッたれがぁ」
女性に抵抗されて脇腹を抑えている通り魔。
頬に付いた返り血を服の袖でぬぐい取り、イラついた座った表情でこっちを睨みつける。
バッとナイフを振り上げて、切っ先を俺に向ける。
「何見てるんだよ、てめぇ」
見ているつもりはない。
かってに釘付けにされただけだ。
しかし、生憎と好都合。
俺に向いてくれたなら先輩は助けられる。
胸から背中にかけてゾワッとした恐怖に駆られながらもギギッとこぶしを握り締める。
ここしかない。
先輩にはあの日の恩義がある。俺を助けてくれた恩が残っている。
それを返すためにこの高校に来たけれど結局はただの付き添いみたいになっている。
俺は先輩に報いたい。
あの雨の日から、絶望の底から助け出してくれた太陽のようなあなたを助けたい。
心の中で念じて走り出す。
人生で誰かとなんて戦ったことはない。死ぬ可能性大。だけどここで逃げ出すこともできない。
体張って先輩を守る。できることを全力でしよう。
そうして、目の前にいた通り魔も「ッチ」と舌打ちをしてから俺の方へ突っ込んでくる。
振り上げて、そのまま垂直におりてくるナイフ。
その寸でのところで飛び出して、ギリギリ交わして背中にチクッと痛みが走る。
「んぐっ――」
「っち、交わしやがった」
「いっ……いてぇ」
背中がジンジンして俺は悟る。
ちょこっと掠っただけでこれだ。もろに食らったら死ぬ。
ただ、飛び込んだ甲斐はあった。
先輩が懐に潜る。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ちょ、な、なんでっ」
「いやちょっと、人並みに流されてたら先輩が心配になって」
「こんな危ない所にきたらやばいじゃん! どうするの!」
「うーん、分からないですね~~。正直ヤバいです」
「……この馬鹿!」
ぐでっと一発腹を殴られた。
これから戦うかもしれないやつにそれはひどいよなんて思っていると通り魔はややニヤついた表情をした。
「ははっ、そうか、そいつの彼氏かなんかかぁ?」
「——違いますよ」
「へぇ? まぁ、どっちにしろいいやぁ。二人まとめて殺してやるからさぁ」
照明で照らされたナイフがキラッと光り、赤黒い血が飛び散った。
たったった。
足音が聞こえてきて、最後を悟りながら――それは唐突だった。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!!!!!!!!!
急にすさまじい音を上げて電車が揺れたのだ。
揺れながら一気に減速する。
誰かが非常停止ボタンを押したのか、急激に緩まってせいで立っていた通り魔が慣性の法則で宙に浮き、そのまま前方の扉に背中を叩きつけた。
「んぐはっ⁉」
ナイフが衝撃で手から離れたところで俺はすぐに蹴り飛ばし、通り魔を抑えつける。
そうして、偶然が重なり合った結果。
俺は生きながらえ、先輩も救うことができたのだった。
色々と事情聴取を終えて、夜10時。
俺たちはタクシーで家のそばまで送ってもらったのだが、怖くなったのか先輩がこんなことを言い出した。
「ね、ねぇ……」
「はい?」
「今日、うちに来ない?」
「え——」
というわけで、俺は今日初めての夜を好きな人と迎えられるみたいです!!!!!!
<あとがき>
はぁ、僕の中の「貧乳好き」と「巨乳好き」が戦い合って無を生み出してる~~。僕はスレンダーな女性よりむっちむちな女性の方が好きだからさ。
あ、変態な独り言すみませんでした。
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