第3話「完璧生徒会長はド変態です」


 やってきたのは駅前の大きな書店。


 様々な種類の書籍が置かれていて、休日には多くの人が賑わうカフェ付きの書店は平日の日暮れ時もそこそこのお客さんで賑わっていた。


 入ると本屋ならではの本の香りが鼻腔を刺激し、どこか小学生の夏休みのような懐かしい大事な何かを思い出させてくれる。


 そんな穏やかな気持ちとは裏腹に、俺は一方的に繋がれた先輩に連れて行かれる形で書店の一角。だいたい4台ほどの棚が置かれているラノベコーナーに立ち寄っていた。


 開口一番、先輩は言った。


「胸、胸、胸——って最近の作品は本当にそこばかりフォーカスされているなぁ。まったくっ!」

「……先輩、ここ本屋なんですからもう少し声のトーン抑えてくださいよ」

「ははっ、巨乳好きの男子の方がうるさいねっ」

「巨乳に親でも殺されたんですかぁ?」

「えぇ、親よりももっと大事な自尊心をへし折られたっ!」


 ない胸をグッと張って我が物顔で言ってくる先輩は今日も健在。


 コンビニバイト帰りなのでいつもよりも地味目に丸眼鏡をかけているがそれが相まって小物感が満載だった。


 にしても、未だに思うが——後輩に慕われる完璧な生徒会長はどうしてこんなになってしまっているのか、全校の男子生徒諸君に訊ねてみたいところだ。


 まぁ、この格好の先輩は俺しか知らないから誰にも渡したくないがな。


「まぁまぁ、上っ面だけでも先輩は完璧ですから大丈夫ですよ」

「な、何ぉ……そんなことないしっ」

「別に俺は先輩のいい所はいっぱい知ってますよ?」

「どこ、ちなみに聞くけど——」


 話の流れ的に自然にを装ってそうな先輩だったが、隠しきれてはいなかった。

 赤くした頬を隠すために視線を変えているのが見えて、恥ずかしそうなのは丸わかり。


 こういう先輩も可愛い、そう伝えてみたいところだがそんな思いをグッと堪える。

 

「うーん、そうですねぇ。いっぱいありますけど一番は裏の顔があるって言うところですかね?」

「うらのかお? なんかそれ、腹黒くない?」

「いい意味ですよ? ほら、普段はあんなにカッコつけてみんなの前に出てるのに僕とかには巣の顔出してくれるじゃないですか」

「……素か、まぁ、そう言われたらそうかもだけど。でもお前とは付き合いもそこそこ長いからなぁ」

「いうて一年前じゃないですか」

「あれ、そうだっけ? でも、私は信用しているからね? ほら、あんな細々している男子が一年で逞しくなったし」

「ははっ、そう言われると照れますね」

「はいそこ、気持ち悪い……別に私はそういうつもりはないからね?」


 こっちとしてはそう言うつもりも含んでいるが、こういうところはガードが高い。さすが生徒会長だけはある。


 しかしまぁ、俺の方も軽くあしらわれるのには生憎となれている。こういう時はいじりで返すのが適切だ。


「そんなの知ってますよ。どうせ今日も変態トークしたくてラノベコーナー来たんですよね?」

「変態トークって言うな!! 私はただ、純粋に楽しみたいだけで来てるのにっ……」

 

 往来でまたもや大きな声を出す彼女。

 ただ、言葉では否定しても行動では否定できていないのが実に先輩らしいところである。


「のわりにそれ、手に取っちゃうじゃないですか」

「っ……い、いや、これはっ。ただその気になっただけで決して買おうと決めたわけではなく、はっ⁉」

「気になったんですね、やっぱり。『実はアイドルだった私が隣のオタク君にバレてしまって毎日おっぱいマッサージされちゃう件』ってやつ」

「お、おいおいおい!! 読むなぁ!」


 涙目で俺の胸をポコポコ叩かれて、今日も今日とて通常運転だった。




 そんなこんなで書店を出て、時刻は19時30分。

 周りはすっかり暗くなっていた。


「ふぅ、カフェも寄っちゃいましたね。先輩も結構流行には強いんですか?」

「ん、まぁね。一応、私のインスタは皆にフォローされてるし。ちゃんと運用しないと私の支持率に関わってくるからね」

「支持率って別に選挙あるわけじゃないですか。それに、先輩、食べたかっただけでしょ? 新作パフェと新作フラペチーノ」

「っ……別に違うし。美鈴さんに負けないようにしてるだけだし」

「……」

「何で黙る!! 別に私は負けてないじゃないし!」


 先輩が意固地になる時は大抵負けている時だ。

 ちなみに、この美鈴さんって言うのは俺の幼馴染でもあり、高校の副会長で形式上では先輩の部下に当たる。


 ただ、まぁそこまで聞くと俺と同じようになんなら可愛い後輩なのだが——実際は先輩とは仲があまり良くはない。


 喧嘩するほど仲がいいと言われたらそうなのかもしれないが、しかし本人たちはそうは思っていないのだ。


 なにより。


「あ、あんな胸だけ余分にデカい女なんて、ロクなところはないもの!」

「……負けてますもんね」

「負けてない!」


 いーや、負けてる。

 AAカップとFカップじゃすでに勝敗は決している。


 ただまぁ、胸だけではなく彼女たちは一応生徒会長を競っていた関係でもあるのでそう言うところで敵意識が芽生えているだけで必ずしも巨乳を敵にするわけでもない。


 無論、うちの生徒会メンバーは総じて皆な巨乳だしな。


「まぁまぁ、負け惜しみはいいとして……生徒会長としては勝ってるし気にする必要もないじゃないですか。同じメンバーとしても仲良くしてくださいよ」

「できないわ、あんなおっぱいと」

「おい、おっぱいって呼ぶなよ美鈴のことを」

「嫌よ、おっぱいだもん、おっぱい!」

「それじゃ、俺も先輩の事をひんにゅうって呼んでもいいんですか?」

「……そ、それは嫌ね」

「でしょう? だからそういうことはいわないでくd」

「————翔琉君、今なんて言ったの? 貧乳? 殺されたいの? もしかしてあそこのゴミステーションでゴミになりたいの? えぇ?」

「……いや、あぁ――っと、はいぃ……っ」


 圧が凄いし、殺気を感じる。

 下から見下されるように睨みつけられたが溜息を吐かれた。


「……まぁ、良いよ。どうせ本当だしね」

「いやぁ、その、素敵ですよ? 先輩も」

「お世辞は良いわ。どーせ、私なんて胸ないし……」

「……胸以外はあるじゃないですか」


 そう言うとさすがに再び睨みつけられて俺も肩を竦めた。


「はぁ、憐れになるからやめて。それ以外で褒められても……ほら、買った物は買ったし帰りましょう」

「そ、そうですね」


 悲壮感漂う先輩に結局言い返せるもなく俺は頷いた。


 そうして、密会デートは幕を閉じたのだった。




 


 しかし、この時。

 俺は知らなかった。


 地下鉄で通り魔事件が起こり、電車で家に帰れず――先輩の家に泊まりに行かなくてはならなくなったということを。








<あとがき>


 関係ありませんが日本がコスタリカに負けてぼこ萎えです。

 次のスペイン戦、かなり大事すぎてつらいです。


 


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