やさしい光

@Hikari_46

一話読み切り

車内は暗く、乗客のスマホの明かりが目立っていた。

その光のせいで僕の隣の窓がはっきりと僕を映す。

反射した窓に映る通路の向かう側の二人組は毛布かひざ掛けのようなものを広げて座席を限界まで倒している。

男の肩に女の頭が乗っている。

僕はイヤフォンをつけて、大きな音量で音楽を流しているので会話は聞こえない。

京都行の高速バスにはあまり乗客が乗っていなかった。

僕を含めておそらく10人ほどだろう。

僕の隣には僕の鞄やパソコン、土産物が堂々と鎮座している。

時刻は午後8時4分、辺りはすっかり暗く、寝ようとする客もいる。

僕はこういった類の乗り物ではよく眠ることができないし、何よりも僕にとっては目を閉じたくなるほどの暗さではない。

ハイウェイを行く高速バスからはあまり景色を楽しむことができないが、ときどき防風壁が低くなったところや透明な部分から山間の家々がちらちらと顔を出す。

僕は、きっとしばらくはこんな感じだろうと思ったから、もう少し都市部に近づくまではスマホで映画でも見ようと思っていた。

スマホを右手に持ったとき、ふと窓の外を見ると暗い山の中にやけに明るい建物が見えた。

遠くにあるのだが、その間には高い山も他の建物もないので、頭の中にありもしない想像が生まれるくらいの時間、明かりは見えていた。

物理的な隔たりがあるものの、どこか心の中では安心感のような、妙な感情があった。

かなり離れているにも拘らず、光る窓の向こうに人影がはっきりと見えたような気がした。

薄いオレンジの光の中に一人の少女が佇んでいてこちらを見ている。

空色のワンピースから出た白い腕は細く、だがしっかりと電気の紐を握っていた。

顔立ちは何ともいえぬ儚さを宿している。

彼女の瞳に僕の視線が入り込む。

そのとき細い紐が引かれ、明かりが消えた。

再び完全な闇が辺りを覆う。

ふと車内に目を向けると、いつの間にか僕以外の乗客は消えており、バスはただ僕の体一つを運んでいた。

着いていたはずのデジタルの時計も消えており、時刻もわからない。

僕は不思議な感覚に沈んでゆくようなような気がしたのだが、そこに変な気持ち悪さはなく、むしろ心地よさを感じていた。

タイヤのないバスが止まったような気がした。

運転手はひどく平坦な声で、

「終点です」

と言った。

僕は荷物を持ってバスを降りた。

そこには彼女が立っていた。

僕を待っていたのだ。

「あなたの瞳はまだ私を映していたのね」

彼女は微笑んで言う。

「君が光をくれたからだよ」

僕は言った。

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