壮絶な誕生日

 

 暗い部屋に薄らと灯されたランプの光が一つ。部屋にあるテーブルを囲み酒とつまみを煽る複数の男達。その中でも一番目立つ男がぽつりと呟く。


「おい、最近もあの、ちびっこいお子様はあそこに来ているか?」


 薄汚れたボロボロの鎧を着ている筋肉質の大男が数名の手下に問いかける。


「どうやら、天気が良い日は毎日来ているようです。アニキ」


 嫌らしい笑みを浮かべる部下の報告を受けて、アニキと呼ばれた大男は部下に命令を告げた。


「それじゃ、そろそろ作戦決行と行くぞ。お前ら、準備をしておけよ。殺しはなしで極力傷も付けるなよ。価値が下がったら、たまったもんじゃねぇからな」


 人身売買。この国ではあまり起きることはない犯罪行為。だが、他の国を見てみると日常的に横行している。グランディア王国に住む珍しい種族は時々別の国の貴族や奴隷商の標的になることもある。その場合、金を利用して冒険者を雇い、グランディア王国に潜り込ませる。その冒険者達が標的を確保し、国外へ逃亡するというケースが一番多い。

 ただし、騎士団が常に目を光らせているために、そう簡単には上手くいくことではない。それでも、彼らは今回の作戦に絶対的な自信を持っていた。

 部下達は各々反応をする。元気よく返事をするものや頷くだけのもの。果たして話を聞いているのかも怪しいやつ。そいつらが暗躍を始める。

 

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 快晴の空を見上げながらミミルの森に向かって歩く。風が優しく頬を撫でていく、心地よい天候に心が躍る。隣を歩くリーリアの銀色に輝く髪を風が揺らしている。


 風というものが俺は好きだ。時には人に裁きを下す力になるが、今のように人の心を癒やしてくれる優しさを感じることも出来る。

 誰かに話したら頭がおかしいと思われるかもしれないが、風は俺たちに話しかけているのではないかと感じることもある。


 商業地区から少し歩くと辺りの景色は人が多く行き来して活気ある場所から、木々や草花が多く穏やかな雰囲気に変わっていく。


 観光名所としても話題に上がることの多いミミルの森。辺りにはポツリポツリと観光客が景色を眺めている姿がある。色とりどりに咲く花は確かに美しいのだが、俺はあまり詳しくはないし、赤・オレンジ・黄色と様々な色が目の前に広がっているのは、少し落ち着かない印象を受ける。

 秋の紅葉時期に客を狙って出店も出ていて、アクセサリーや軽食などが売られている。


「リーリア。君がこの前に行っていた場所はどこにあるの?」

「えっとねー。もっと奥の方なんだけどね。人も少ないし落ち着いているし、私が好きな花がたくさん咲いているんだ」


 相づちを打ちながら、さらに奥へ進んでいく。その途中で、俺はあることを思いだした。

『誕生日プレゼント』を用意していない。さすがにこの後、帰り道で買いに行くとバレてしまうかもしれない。どうしようか考えていると一つの案を思いついた。


「リーリア、ごめんちょっとトイレに行ってくるからそこらへんで待っていてくれないか?」

「分かったー。そこで待っているから」


 リーリアは近くに設置されているベンチに向かって指さして、そちらに向かって歩いて行った。それを確認した後に来た道を少し戻って目的地を目指した。



 ちょうど良い感じの出店が出ていたのだ。貰っているお小遣いもそこまで多くは無いので、ここのアクセサリーを買おうと決めた。


 ただ、出店の商品を眺め始めると、どれが良いのか分からなくなってしまう。花のアクセサリーが沢山ある。指輪、ネックレスや髪飾りと品揃えは豊富だが、俺のセンスが絶望的にないため、リーリアに似合いそうなものを選ぶのに手間取っていた。すると、見かねた出店の店員が声を掛けてきた。


「君はさっきから何を探しているんだい? 私がアドバイスをしようか」


 5,60才ぐらいのおじさんは落ち着いた声で聞いてきた。見た目からあふれるダンディーな感じから、俺の心が『彼のアドバイスは有用な情報になるぞ』と告げている。

 プレゼントは自分で選びたいとも思っていたが、今回は彼に学ばせて貰おう。5才児は日々学びにあふれている。


 感覚的には、生まれ変わる前も合わせると20年生きているのだが、前の人生はもう遥か遠くのことのように感じてしまう。


「誕生日プレゼントを探しているんですけど、良い案が思い浮かばなくて……」

「そうかそうか、プレゼントする子はどんな子だ?」


 リーリアの特徴をおじさんに伝えると「銀色の髪なんて珍しいなあ」と言って、数秒間思考を巡らせている。何かを思いついたかのように商品をあさり始めた。「これなんてどうだ?」そういって差し出したのは赤色の髪飾りだ。花の形を模したものだが、俺には何の花なのかは見当も付かない。それを見つめているとおじさんが説明をしてくれる。


「これはカエデという花だよ。丁度、紅葉を迎えている時期でもあるし、ちょっと派手かもしれないがね。きっと似合うんじゃないか? ちなみに花には花言葉があるんだが、カエデは『大切な思い出』と言われているんだ。君のプレゼントが彼女にとって大切な思い出になると良いなと思って選んだんだよ。ただ、決めるのは君次第。思いを込めてプレゼントするとね。どんなものにでも力が宿るとよく言われるからね」


 やはりこの人に聞いて良かったと思う。リーリアとの日々は俺にとって大切な思い出だ。これからも、思い出を作っていきたい。そんな思いを込めて、その髪飾りを購入した。しっかりとおじさんにお礼を言ってから立ち去った。


 良いものが買えた俺は浮かれた気持ちでリーリアのいた場所へ向かう。浮かれている俺は朝とは風の感じが変化していることに気が付くことは出来なかったが、風は冷たく、そして強く吹く。

 

 ========



 リーリアから離れたのは恐らく10分程度。浮かれた気分でいたが、戻ってきて愕然とする。


 ベンチで待っているはずの少女がそこにはいなかった。浮かれた気分は吹き飛んでいく。冷静になればなるほど自分の失態に胸が痛くなる。彼女はとても楽しみにしていた様子だったのに、一人にしたことで機嫌を損ねてしまったのかもしれない。強く唇をかみしめながら、次に取る行動を考える。出来ることは謝ることしかない。そのためには早く見つけないといけない。


 焦っていると視界の隅の方に老夫婦が景色を見ている姿が映った。


「すみません! あのベンチに女の子がいたはずなんですが、見ませんでしたか?」


 そう尋ねるとおっとりした様子のおばさんがゆっくりと答えてくれる。


「さっきまでいた銀色の髪の子かしらねえ。その子だったら騎士団の人が3人ぐらい現れて、お話をしていたわよ。その後、一緒にあっちに向かって歩いて行ったよ。何かあったのかしらねえ?」


 騎士団の人がリーリアを連れて行った? 騎士団が何かの調査をする際は、保護者の同伴が義務づけられている。子供の弱い立場を悪用して陥れられないように出来たルール。常識として教えられること。


 それなのにこの夫婦はあまり興味がないような様子だ。他人の問題だから仕方が無いのかもしれないが、指を指している方向は森の奥。おかしい行動を取っている騎士団の行方が気にならないのかと心で強く思う。


 俺の焦りは止まらない。背筋には汗が流れる。老夫婦に礼を告げて騎士団が向かった方へ走り出した。


 森を駆け抜ける。絡みつく植物や木の枝などをかき分けて進む中で思い出す。


『最近この国も物騒な事件が多いみたいだ。人さらいや盗みも頻繁に起きている。人通りが少ない場所では気をつけた方が良い。ていうか、一人で行動するなよ』


『お前は小さい癖して結構鍛えているみたいだから、大丈夫だと思っているかもしれないが、卑怯なやつはどんな手でも使ってくるもんだからな? 油断はするなよ』


 今朝方、教えて貰ったことなのに明らかに油断していた。リーリアを一人で置いていくべきではなかったんだ。


 舗装が行き届いていない森の道。ここはもう一般人が立ち入ってはいけない領域だ。冒険者や騎士団が命を賭けて立ち入る場所。故にここで死んでも、それは入ったものの責任になる。静寂の中でも感じる動物たちの殺気に恐怖が無いといえば嘘になる。一度足を止めればもう動くことは出来ないかもしれない。


 それでも駆ける。すべてを無視して、ただただ前だけを見る。

『もっと速く走れ』と急かすように風が背中を押していた。


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