壮絶な誕生日2

 走り続けること数分。前方の道が開けてくると同時に一つの悲痛な声が聞こえてきた。


「やめてっ!」


 いつも聞いているリーリアの声とは思えないほどの叫びに心が痛んだ。もうすぐ、あと少しでたどり着く。5才児が騎士団相手に何が出来るかなんてことを考えてはいけない。とりあえずリーリアを助け出して、逃げるための時間を稼ぐ。その方法を考えながら震える足にラストスパートを掛ける。

 


「リーリア!」

「っっ!」


 口はしっかりと塞がれていて、何を伝えたいのかは分からない。逃げるように促していたのかもしれないが、この場で自分がするべきことをもう決めている。

 作戦も何もあったものではない、正面から助け出す方法しか思いつかなかった。正直に言うと恐怖はあれども、大人が相手でも簡単に負ける気はしなかったからだ。普段騎士団長の義父とトレーニングしていたのもあって、近接においては小さな体を生かして有利に動くことが出来る。

 目の前にいる騎士団は4名。その内、3名は鎧に身を包んでいる。もう一人は軽装で短剣を持っているようだ。

 1人はリーリアの拘束を行っているためすぐには戦力にはならない。他の3名は俺に気が付き各々武器を手に取っていた。

 騎士団にのみ与えられる剣を守るべき人に向けてしまう愚かな行為。リーリアを怖がらせる禁忌。絶対にそれは許されない。


 相手が剣を抜いた瞬間に懐へ向けて駆ける。狙うは一番遠くにいる拘束係。

 足に力を込めると普段よりも体が軽い。小さな体が疾風のごとく駆けたことによって、3人は俺の姿を一瞬見落とした。その隙を利用して一番奥のリーリアの元に向かう。鎧に身を包んでいる拘束係の男に対して打てる手は一つ。後ろに回り込み軽く跳躍して相手の首元に手刀を一線。


「なっ!」


 中年の男の焦り声は最後まで続けられることはなく意識を落とした。その男を思いっきり蹴り飛ばし、リーリアの拘束を解く。手足の拘束も無くなったことでリーリアは自由を取り戻したので、次にとる行動は時間稼ぎだ。


「ユーステス。ありがとう!」

「うん、急いで逃げてくれ。俺が時間を稼ぐから」


 長く話を続けているわけにも行かず。早急に逃げるように促したのだが、ここで一つ大きな誤算があった。リーリアは足首の辺りを手で押さえている。どうやらここまでに来る道中で負傷してしまっているようだ。逃げるどころか歩くことも難しいだろう。


「ごめんなさい……」


 涙目になっているリーリアは何も悪くは無い。悪いのはあいつらと俺なんだ。リーリアを悲しませないようにできるだけ笑顔で告げる。


「大丈夫だよ。ちょっと待っててね」


 近くにあった木の根元に背中を預けるようにしてリーリアを置いていく。今回はいつでも俺が見える場所にいる。さらわれる心配も無い。当初は時間稼ぎが出来れば良いと思っていたが目的が変わった。

 瞬時に気絶している男の懐から短剣を奪い取る。騎士団の剣も落ちているがこっちの方が今の自分に合っていると判断した。向かってくる3名に向けて短剣を構える。

 初めての戦場なのにも関わらず先程まであった恐怖は感じない。それでも敵の命を奪うことへの覚悟が必要だ。大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出しながら一歩を踏み込む。


「あのガキ! ぶっ殺してやるっ!」


 怒りのままに迫ってくる男達の敵意は完全に俺に向いている。幸いリーリアに向かおうとするやつはいない。

 一人一人、確実に行動不能にする必要があるため、狙うは足か首のみ。短剣を握る手に力を込めながらトップスピードで走る。先程大きく声を上げた男に狙いを定め相手の前に突然姿を現し挑発する。


「遅いね、おじさん!」


 言い捨てすぐに後ろに回り込む。男は誰もいない空間に剣を振り下ろした。大きな隙が生じている間に髪入れずに男の右足の膝裏。鎧の隙間に向けて短剣を突き刺す。確実に肉をえぐった感触が手に伝わってくる。不快な感覚を味わいながらすぐに短剣を引き抜く。


「ぐっ!」


 うめき声を上げその場に膝をつく男。恐らく立ち上がることは不可能。最後のとどめに最初の男と同じように意識を落とさせた。数秒も掛からない間の出来事。他の2人は反応することも出来ていなかった。唖然としながら様子を眺めている二人に向けて再び血の付いた短剣を構える。


「チッ! 2人で行くぞ!」


 二人同時に駆けだした男達。近距離で2対1は圧倒的に不利な戦い。

 距離を詰めながら1人を仕留める必要があるため、手に持っている短剣を極力小さなスナップで投擲する。

 狙ったのは俺と同じ短剣を握っている男。短剣の使い手は敏捷性が命と言われているため、他の奴らとは違い革の鎧のような軽量なものしか付けていない。

 右腕に向けて突然飛んでくる短剣に反応することは出来なかった男は腕の力が抜けたことによって右手からこぼれ落ちた短剣を地面に落ちる前にキャッチする。そのままの勢いで相手の体に短剣で傷を付けていく。


 鎧で覆われていない腕や足には風に襲われているかのように傷を増やしていった。俺の動きに合わせて血しぶきが舞う。

 もう一人の男が助け出そうと闇雲に剣を振りながら介入してきた。ただ、それは狙い通りだ。


「ガキが、調子に乗るなよ!」


 表情には焦りが表れてただ剣を振り回している。本当にこいつら騎士団なのか? そんなことを考える余裕すらある。

 読みやすい剣筋に合わせて傷だらけの男の腕を引っ張る。体力が奪われ続けた軽装の男は俺の力に簡単に体を持って行かれた。その先は仲間が振り下ろした剣の先。慌てたところで勢いは止められずに軽量な鎧ごと騎士団の剣が裂いた。


 俺の体に生暖かい血が降りかかってくる。


「なに!?」


 力なく倒れていく男の体を地面に転がして顔に掛かった血を袖で拭う。動揺を隠せずにいる男の首筋に短剣を当てつける。薄らと首筋の皮膚が切れ、血がポトリとしたたっていく。今にも怒りで首を切り裂いてしまいそうな自分の気持ちをこらえて、小さな声で訪ねる。


 それは5才とは思えない冷酷な声。


「何故リーリアを狙った?誰の差し金だ?」


 俺の問いかけに男は目を瞑ったまま口を開こうとしない。

 それは諦めて情報を口にしないプロ精神か? 何かの策があってのことか。

 数秒の静寂の後。情報を引き出すことを諦めようとした途端。

 男は突然目を大きく見開いてニヤリと笑みを浮かべた。『様子がおかしい!』そう思ったときには、体は大きな衝撃とともに宙を舞って地面にたたきつけられていた。

 脇腹を下から打ち上げられた。目には何も映らなかった。その攻撃に一気に緊張感が急上昇する。じんじんと痛む脇腹を手で押さえながら立ち上がる。


「アニキ遅いですよ……」


 先程までとは一転して焦りは無く。余裕すら感じさせる様子。アニキとやらの姿は見えないが相手の戦力を見誤っていたようだ。隠し球の登場により形成は一気に不利になった。強く歯を食いしばって短剣を構え直して攻撃に備える。


「根性はあるみてぇだな! だが無駄だよぉ!」


 酒で焼けたようなガラガラな声が背後から聞こえた。咄嗟に振り返ろうとしたときには背中に重い何かがぶつかり衝撃によって体は前に倒れ込んでしまう。

 体勢を立て直す前に体に打ち付けられる不可視な一撃。腹を蹴られ、内臓が揺れ動き、こみ上げてくる胃液と激痛。頭部を蹴られ揺れる視界と薄れる意識。聞こえるのは今も蹴り続ける男の笑い声だけ。不可視になれるのは一時的だったようで今は着古したボロボロな騎士団の鎧が目に映る。


『武器は死ぬまで手放すな』


 いつも義父が言っていた言葉。蹴られている間もずっと右手に握っていた短剣が手から少しずつ離れていく。もう限界かもしれない。意識が閉じそうになった瞬間。


『諦めないで!』


 心に声が直接聞こえてきた。どこか懐かしい可愛らしい女の子の声に消えかけていた意識は再び覚醒する。


 そうだ、約束したんだ。諦めて良いはずがない。

 体中には打撲の跡が残り、額には蹴れた際に裂けてしまい血が流れる。男達は蹴るのに飽きたのか、俺のことを放置してリーリアの元へ向かって歩いている。


 やめろ! 止まれ! 左手に力を込めて体を起こす。ゆらゆらと揺れながらも相手を見据える。

 風が優しく俺を包みこむ。春風のように優しい風が俺の痛みを抑制してくれているのかもしれない。


『私があなたの力になるよ。いつだって見ているから、願いは何?』


 優しい風の音の中に混ざって聞こえる声。今望むものそれは一つだ。


『大切なものを守る力』


 まだ、足りなかった。今日一日で自分の不甲斐なさを嫌というほど思い知らされた。だから、力がほしい。

 気持ちは溢れ出て、それが声になる。


「俺はリーリアを守りたい!」


 大きくハッキリとした声。それを聞いた男は嘲笑している。だが、誰にも見えない存在には確かに届いた。


『そう言うと思っていましたよ!』


 その声とともに先程からは想像も出来ないほどの風が俺に集まってくる。

 風に意識を向けるとより大きく強く力を増していく。もっと大きく! もっと強く! すべての思いを目の前に広がる風に込める。


 後悔。自己嫌悪。怒り。悲しみ。痛み。苦しみ。そのすべてを風に乗せる。強く膨れ上がった風は竜巻のようになり。森に咲き誇っていた赤い花たちも空を舞っていく。強すぎる風が俺の服や顔に傷を作り上げていくが、それでも、風が弱まることは無い。

 リーリアを守るための風は自然の常識を遙かに超えたものになっていた。誰もが知る言葉で表すとこれは『魔法』。体内に流れるマナを使用して、発現されるもので一般的に広く使用されてはいる。それでも、自然の摂理を超えるほどの魔法を使えるものは数少なく、その光景を目撃するものもまた同様に少ない。


「なっ! 何だこれは?」


 今までに見たことも無い惨状に動揺が現れている。鎧に守られていない部分に小さな傷が出来始める。

 先程まで感じることも無かった風が彼らに猛威を振るう。風に連れられて舞う花は刃となって襲いかかる。一輪の花が傷を一つ作り血が流れる。一カ所であれば気にもしない攻撃。だが無数に舞う刃が無視できない領域の攻撃へと変化させる。


「これはやばい! いったん引くぞ!」


 男の本能が告げた。これは一般的な人間には防ぐことは不可能。魔法本体が襲い掛かって来たならば、命は確実に持って行かれるだろう。ならば、逃げる以外の選択肢は無い。長年の経験と本能による判断は逃げるためにはあまりにも遅すぎた。


 横に立っていた部下がまるで、風に飛ばされ紙切れのごとく空を舞い、全身を血で染め上げていく。一瞬のうちに大の大人を飲み込みまるで、弄ぶかのようにいたぶる残虐な光景に男の頭は真っ白になっていく。


 きっと夢だ。何かの間違いで、夢から覚めて今まで通り冒険者として生活できるはずだ。そんな現実逃避は顔に飛んできた部下の鮮血によって覚めていく。生暖かい血をぬぐいながら魔法の発生源を確認する。その魔法の元凶となっている少年は薄らと笑みを浮かべているような気がした。


「次はお前の番だ」


 そんな声が耳に届いたときには、すべてが終わっていた。暴風に包まれ体が宙を舞ったところで意識は途絶えた。


 リーリアを守りたい。ただそれだけのことを想っていた。何も考えることは無くとも風が勝手に動いてゆく。結果的には、俺の思い通りの光景が完成されていく。この瞬間に自分がどんな気持ちで、どんな表情をしているのか全く分からなかった。

 まるで何かが勝手に俺を動かしているかのようだ。木々も吹き飛ばしそうな勢いの風は男達の意識を落としたことを確認して収まっていく。同時に俺を操っていた何かもスッと抜けていくのを感じた。


「お、終わったのか?」


 改めて周りを確認する。俺を中心として数メートルに渡って生えていた草はすべて居場所を奪われたかのように無くなり、地面も少しえぐれている。

 吹き荒れる風は収まり優しく心地のよい風が周りを包み込んでいる。今にも倒れてしまいそうな体を引きずるように動かして、リーリアの元へ向かう。服はぼろきれのようになり、至る所に切り傷と打撲の跡が残るみっともない格好の俺を見てリーリアは涙をこぼす。足を庇いながら近づき抱きついてきた。


「ユーステス! ごめんね、本当にごめんね……。私のせいでこんなに怪我をさせて、私のせいだ……」


 倒れそうな体にしっかりと力を入れて彼女を抱きしめる。


「謝るのは俺の方だよ。リーリアを危険な目に遭わせてしまった。もっと注意していればこんなことにはならなかったのに……」


 リーリアに涙を流させるなんて、なんてことをしているんだろう。悔しい気持ちが再び溢れ出る。彼女から体を離して顔を見据えて言葉を続ける。


「リーリア。俺は君を守るよ。これからもずっと。例え、どんな相手でも君のことを守るためなら戦うことを選ぶよ。だってさ、君には笑っていてほしいんだ。だから、泣かないでよ」


 そう言うと彼女は涙を袖で拭い俺の方を見ながら問いかけてきた。


「本当に……? 本当のホント?」


 少し首をかしげながら真意を聞いてくるが、当たり前だ。


「リーリアのことが好きだからね! 君のことを守るに決まっているでしょ」


 顔が熱い。体中が熱を持って爆発してしまいそうなほど恥ずかしい。前の人生を含めてもこんな台詞を言ったことは無かった。つい勢いで想っていることを言ってしまった。馬鹿にされるかもしれないと思いながら、リーリアの方を見るとニマニマと口元が緩み笑っていた。


「そうだったんだぁ~! ユーステス。じゃこれからもよろしくね!」


 どこまで本気で受け止めているのかは分からないがやっぱりリーリアは笑っている姿が一番だと想う。

 今日はリーリアの誕生日だというのに壮絶な出来事ばかりだった。


「そろそろ帰ろうか」


 そう告げて歩き出そうとしてポケットに手を突っ込んだ。そのとき、ポケットの中の小物に手が触れて思い出した。


「そうだった。リーリア! 誕生日おめでとう!」


 ちゃんと家に帰ってからでも、渡すのはよかったのかもしれない。だけど、今が良いと思った。この瞬間をお互いにとっての『大切な思い出』に残すために。


「これって、カエデだよね! 私大好きなんだよ! ありがとう。今日ね。一緒に来ようと思っていたのは、実はこの場所なんだ。カエデの花言葉は知っている?」


 両手で包み込むように髪飾りを抱きしめながら問いかけてきた。


「知ってるよ」


 短くそう答えるとリーリアは続ける。


「ここには、カエデの木がいっぱいあってね。綺麗だったから、ユーステスと一緒に見たかったんだ」


 カエデの木がいっぱいあった。確かに俺がこの辺に来たときは、どこを見ても赤色が目に入ってきたが、先程の戦いで多くの花は吹き飛ばされ、残された木々は実に可哀想だ。自分が原因ではあるがこればっかりはどうすることも出来なかった。

 その時、柔らかい風が二人を包んだ。木々が揺れる音とともに何かが俺の頭の上に落ちてきた。それは一輪のカエデの花。落ちてきた方に視線を向けるとそこには生い茂る赤が風に吹かれて揺れていた。

 周りの木からは想像出来ないほどにしっかりと残されている光景はリーリアを風が守ってくれていた証拠だろう。この木を中心に数メートルだけは何の被害も受けてはいない。だからここだけはカエデの花が無事に残っていたようだ。


 一緒に上を見上げたリーリアの顔は今まで見た中でも一番の笑顔だった。ずっとこのまま顔を見ていたかったけれど、俺自身いつ倒れてもおかしくは無い現状。リーリアに帰ることを提案して俺達は帰路についた。


 ========


 その後、王都ではミミルの森で謎の竜巻が発生したという話題で持ちきりになった。


 その現場には、騎士団にしか支給されていない装備を付けた4名と軽装の鎧を着けた男が重症の傷を負って倒れているのが見つかった。その男達は正式な騎士団では無く。怪しい依頼ばかりをこなしていた冒険者集団だった。装備の入手先に関して問い詰めても男達は「あのガキはやばい……」と呪文のようにぼそぼそと呟いてばかりで精神錯乱状態と判断され、現在病院に収容されているらしい。


 あの日に家に帰った俺達は誕生日会を出来る余裕は無かった。リーリアの誕生日会の準備をしていたシャルさんと義父。どうやらその日は誕生日会があるから騎士団の仕事を早く終わらせてきたらしい。俺達が家に入った瞬間に血相を変えて走ってきた。

 包み隠すこと無く丁寧に経緯を説明していく。リーリアが攫われたこと、その後を追いかけて禁止区域に入ってしまったこと、自分が惨劇を引き起こした原因であることを伝えた。

 途中で今になって混み上がってきた恐怖から涙が溢れ出す。それでも、義父は真剣な表情でずっと話を聞いてくれた。そして、俺の頭の上にガッチリとした手を乗せながら一言「よくやった……」と言ってくれた。その声が抱え込んでいた恐怖や不安を吹き飛ばしていく。


 今日という一日は自分の不甲斐なさを悔いてばかりだった。だから、自分を認めてくれる大人がいるという事実がただ嬉しかったのかもしれない。張り詰めた緊張感はすべて解けて安心感に変わっていく。体から力は抜けていき意識を手放した。

 

 5才の少年はまだ知らない。自分が持つ大きな力と可能性を。

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