5才の少年少女

 俺が生まれた村が襲われてから早4年が経過してもう5才になった。

 

 自由に話も出来るし体も動かせるようになった。歩くことも出来て、まさに自由という感じだ。最近は義父に稽古を付けてもらい鍛えている。ただ、義父は忙しいらしくいないときは隣のシャルさんのお世話になることが多い。母代わりとして俺に接してくれているので、ついつい甘えてしまうこともある。


 今はシャルさんにお願いされて二人でお使いをしている帰り道だ。


「今日の晩ご飯はなんだろうね?」


 隣をてくてくと歩きながら訪ねてくる銀色の髪のリーリア・フェザー・フィリア。幼いながらも綺麗な顔立ち。絶対に将来は美人になること間違いなしだ。

 

 ちなみに俺の外見はどこにでもいる五歳児だが、黒髪黒目が特徴で目立つ。この世界で俺以外にこの特徴がある人に出会ったことはない。美しい銀髪と珍しく黒髪の子供が一緒に歩いているだけで知名度が勝手に上がっていく。


「今日のご飯はシチューみたいだよ。お使いに行く前にシャルさんが言っていたよ」

「そうなんだ! あたしは聞いていなかった~。ねぇ、なんでユーステスはお母さんを『シャルさん』って呼ぶの? 良いじゃんお母さんで……。そしたら私がお姉ちゃんになるよ!」


 確かに、シャルさんには1才の頃からお世話になっているから、お母さん同然の存在だと思っているし、間違えて口走ってしまうこともある。それでも、今はお母さんとは呼びたくはない。いつかときが来れば呼ぶこともあるかもしれないけれど。


「ええ~、リーリアがお姉ちゃん? いつも寝坊したり忘れ物をしているのを助けているのは誰だっけ?」

「それは……ユーステスだけど。じゃ~お兄ちゃんでも良いよ! これからも助けてね」


 にっこりと微笑むリーリアの笑顔。どんなことがあっても守りたいが、恥ずかしさが前に出て言えるはずがない。


「ああ、できるだけ助けるよ。約束する」

「本当! やった~」


 そうしてリーリアは嬉しそうに家までの道を歩いて行く。その後を両手に荷物を持ちながらゆっくりとついて行った。

 

 ==============


 その日の晩も義父は帰ってこないようで、シャルさんが作ったシチューをご馳走になっていた。リーリアと俺、そしてシャルさんの3人で食卓テーブルを囲んでいる。ゆっくりとした時間が流れ、家族のようなひとときを過ごす。


「お母さん! 聞いてよ。今日ね。ユーステスがね、私のことを守ってくれるって約束したんだよ~!」

「あら、よかったわね。宜しくユーステス。この子危なっかしいから。いつも私の言うこと聞いてくれなくて、勝手に森の方に行ってしまうのよ」


 王国の一番近くにあるミミルの森。人の出入りは多くあること、綺麗に花が咲いていることから観光名所となっている。だが、最深部の方には魔物も住んでいる事もあり、一般人は立ち入り禁止の場所も存在している。


「だって~、お花綺麗だよ! もうすぐ冬が来たら見に行けなくなっちゃうでしょ。それにね、良い景色の場所を見つけたの。今度ユーステスも連れて行ってあげるね!」


 一度、義父とミミルの森を探検したことがある。もちろん立ち入り禁止の場所には入っていないが、そんなに綺麗な景色があっただろうか?


「うん。楽しみにしてる」

「ユーステスが一緒なら大丈夫ね」


 1日がこうして終わっていく。布団に入ると少し悲しい気持ちがこみ上げてくる。


 結局。今日も義父とは一言も言葉を交わしていない。夜遅くに帰ってきて、俺が起きるよりも早く任務に向かっていく。最後に一緒に過ごしたのはもう一週間前。次に稽古を付けてもらえるのはいつなんだろうか? そんなことを考えながら眠りに落ちていく。



 翌日。俺は日課になっている自主トレーニングを行っている。商業地区から住宅地区へランニングをする。毎朝片道10kmほどの道を走っていた。「体力作りは何よりも大事だ」という義父の教えに習ってのことだ。


 他にも木刀で素振りしたり、集中力を鍛えるために滝に打たれたりもしている。5歳児には厳しいトレーニングに思えるかもしれないが、歩けるようになった頃から始まったトレーニング。もう体は順応している。息も切れることなく同じスピードで走り続ける。


 まだ、朝日が昇ったばかりの時間だが、散歩などをしている人は結構多く。よく一緒に走ったりしている。今日も一人の獣人が俺のことを見つけ近づいてきた。


 人よりも遙かに進化した体と真冬でも平気でいられるように生えているモフモフの毛が特徴だ。体に響く低い声で話しかけてくる。


「おはよう! ユーステス。今日も早いな、まだ6時だぞ?」

「おはようございます。日課だからね」


 いつも他愛もない話をしながら走る。もちろんペースも落とすことはない。獣人のおじさんも同じペースで走っている。いや、きっと俺に会わせてくれている。何者なんだろうか? 以前名前を聞いても「名乗るほどでもねぇよ。近所のおじさんだ」と言われてしまった。近所では無いと思うがまぁそれは良い。


「最近この国も物騒な事件が多いみたいだ。人さらいや盗みも頻繁に起きている。人通りが少ない場所では気をつけた方が良い。ていうか、一人で行動するなよ」

「分かったよ。注意しておくね」


 一人で出歩けなくなるのは非常に困ると思い。約束はせずにごまかしておいた。おじさんも俺の考えに気が付いているようで、やれやれと呆れた表情をしている。


「お前は小さい癖して結構鍛えているみたいだから、大丈夫だと思っているかもしれないが、卑怯なやつはどんな手でも使ってくるもんだからな? 油断はするなよ」

「うん。油断はしないよ。約束する」


 この国は他と比べると治安が良いことで評判だ。


 多種族国家であることから種族間の差別や争い等はほぼ無い。お互いの短所と長所を理解し合い、協力出来ている証拠だろう。義父が指揮を執る騎士団が警備していることも相まって平和という言葉が一番似合う国にも選ばれている。


 そんなところで人さらいが現れるとは考えづらい。そう考えながらおじさんに別れを告げて、ランニングコースを折り返し再び10kmを一人静かに走り続けた。



 トレーニングが終わる頃には、ちょうど人々が活発に活動する時間帯になっている。


 シャルさんは朝、俺よりも早く起きて朝ご飯の準備を行っている。手伝わせてほしいと言ってもいつもごまかされて「トレーニングに行く時間でしょ」と言われてしまう。体を壊してしまわないか心配でならない。


 ただ、もう一人は朝になってもいつも起きてくる様子を見せない。朝の日課その2である。いつも通りの時間にリーリアの部屋をノックする。もちろん応答はなし。今頃、夢でうまいものでも食べているのだろう。


「リーリアもう朝だよ~」


 ドアを開けて部屋の中へ入っていく。綺麗に整理された彼女の部屋。ベッドの上ではもぞもぞと毛布が動いて「あと3分だけ待って~」と目を開けることはしないで、毛布にしっかりと包まってしまう。いつものことだが、寝起きの悪さは尋常ではないのだ。


 最終手段を使うときが来た。彼女が包まる毛布の端をしっかりと掴み。力一杯に毛布を引っ張りあげる。いくら彼女が抵抗しても、さすがに普段から鍛えている俺が力負けするはずがない。


 毛布が無くなった彼女はそれでもベッドから起きようとは思わないらしい。今もすうすうと寝息を立てている。ピンク色のゆったりとしたパジャマを着ているリーリアは布団がなくなった今。ベッドの上に置いてあった大きいクマのぬいぐるみに抱きついて眠っている。他の人が見たら完全に俺が悪者に見えるだろう。


「おーいリーリア。風邪引くぞ~。早く起きろよ。ミミルの森に行くんじゃないのか?」


 ミミルの森という単語を聞いた瞬間に彼女は小さく反応を表した。


「今日は良い天気だからなぁ~。散歩に行こうと思ったんだけど、リーリアは起きることが出来ないぐらい体調が悪いみたいだから。諦めるか……」


 再びリーリアに毛布を掛け直して俺は部屋を後にした。これでいいんだ。彼女が反応を見せた時点で俺の勝ち。今頃大慌てで着替えをしていることだろう。

 

 朝の恒例行事は終了して、朝食にありついた。今はまだリーリアは現れてはいない。シャルさんはお客さんにご飯を提供していて、忙しい様子だったので、一人でトーストを頬張っている。少し時間が経過して、俺が牛乳を飲んでいた頃。


「おはよう! ユーステス! 今日は良い天気だね。散歩日和~」


 そう言いながら食卓の椅子に勢いよく腰を下ろす。


「おはよう。起きたばかりなのに元気だね」

「うん! だって一緒にミミルの森に行ってくれるんでしょ! 楽しみ」


 忙しなく朝食を食べ始める。美しい見た目とは裏腹に、ポロポロとこぼしながらトーストを食べる腕白な姿を見ると、まだお互い5才だということを思い出す。約束してしまったし今日のスケジュールはミミルの森に行くことに決定していた。


「うん。ちゃんと準備してね」


 そうして壮絶な1日が始まった。今日はリーリアの誕生日。



 

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