魔族進行2
これは、誰もが聞いたことのある英雄譚。
この世界は一度。崩壊の危機に瀕した過去がある。誰もが諦め、王国すらもすべてを捨てて逃げ出す準備をするほどの危機だ。
それは『魔王の復活』
魔王は多くの土地を灰に変えていき、多くの命を奪っていった。誰も止めることが出来ず、人間の存続が危ぶまれる中。2人の少年少女が魔王に立ち向かった。エルランドと名乗った少年は冒険者として生活しているらしい、黒髪黒目が特徴の2人は誰の目に映ることもない早さで戦場を駆け抜けた。2人の走った後に残ったのは絶命した魔物の死骸だけ、次々と魔物を倒していく姿は人類に希望を与えた。
魔物が惨殺される様子に魔王は焦りを覚え、自ら少年少女の元に現れた。この時に人類の存亡を賭けた戦いが幕を開けた。
激しい戦いは大地を揺らし、山々を焦がした。両者とも満身創痍の中に決着の時は訪れた。
両者の持てる最大の魔法による決着。少年少女は手をつなぎ、目を瞑る。少年は空いていた方の手に一本の剣を握っている。魔王は彼らに手のひらを向け魔法を構築し始めた。数秒の準備の末に魔法は完成する。ほぼ同じタイミングで目を開き、魔法を放つ。
少年の剣からあふれる青白い炎が一直線に魔王の元へ、それにぶつかる様にして漆黒の魔法が迎え撃つ。両者が作り上げた極大魔法がせめぎ合い大地をえぐり取る。数秒間の末に大爆発が起き、光が一帯を覆い尽くした。その後に残ったのはボロボロになった二人の少年少女の姿だけだった。
人類の勝利に人々は歓喜し、魔王を倒した二人は『勇者』として崇められて、国王からも褒美を与えられ、一躍、時の人となったのだ。
だが、二人にとってはあまり喜ばしいことではなかった。これまで目立たないように冒険を行ってきたことには理由がある。大きすぎる力はいずれ人々に恐怖を与える。今は強大の敵を倒した後だから大丈夫だろう、でも、少し時間が経つと今度は各国がこの力を手元に置こうと争いが繰り広げられ多くの血が流れる。
それをよく思わない二人はすぐに行動に移し、勇者を称えるパーティーの中で二人は姿をくらませたのだった。
その後、人々は彼らを『幻の勇者』として語っている。
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人類最高の剣士で「剣聖」と呼ばれているラウド・グランツが唯一憧れを抱いた人物。それが『幻の勇者』だった。
その二人ならばあの規模の魔法を使えてもおかしくはない。そして、この家が綺麗に守られた理由は彼らがここに希望を残したからだ。
ベビーベッドには赤子が何かを大切に抱きしめながらすやすやと眠っている。こんな惨事の中でも気持ちよさそうに眠る姿にはある種の強さを感じた。
憧れの人物が命を賭して守ったこの小さな命。騎士として、また、一人の男としてこの子を守っていくことを決めたのだった。
ただし一つ大きな問題がある。国王への報告をどうするか? この子供の詳細をどのように伝えて、あの爆発をどう報告するのか。
これまでに仕事において虚偽の報告などしたことはなかったが25才にして始めて虚偽の報告をすることに決めた。
赤子が幻の勇者の子供と世間に知られたら、きっと二人の行動を無駄にしてしまうだろう。だから、ここにいた強力な魔物は私が討伐し、生き残りの赤子を見つけたことにして、私がこの子を育てると進言するしか道はない。上手くいく確信はないがやれることをやってみようと心に決めて、少年を抱きかかえその家を後にした。
部下の待つ場所に帰り、考えたシナリオの通りになるよう部下にも報告する。歓声を上げて祝福してくれる部下の姿に罪悪感を覚えながらも笑顔で受け取る。そうして、グランディア王国への帰路につく。
グランディア王国は多くの種族が一緒に生活しており、商業地区・学園地区・住宅地区・中央地区というように大きく分けられている。人々はいつも商業地区に集まる傾向があり、賑やかだったが、今は魔族進行を心配しているのかあまり外へ出てこないようだ。
人通りの少ない商業地区を抜けて、中央地区に向かう。この後すぐに国王への報告が待っている。
大きな門をくぐり中央地区にある国王の下へ足早に歩を向ける。すれ違う部下達の声に反応も返すことが出来ないぐらい緊張している。赤子を抱えながら歩く姿は異常の光景だっただろう。
王座の間に到着し、自分よりも何倍もある大きい扉をノックした。
「国王。任務よりただいま帰還致しました」
「ラウド・グランツか。入っても良いぞ」
低めの落ち着いた声が返事をしてきた。重い扉を片手で押すとギギィと音を立てて扉が開く。そこは煌びやかに装飾が施されている王座の間だ。一般の兵では近づくことすら許されないこの部屋は何度来ても慣れることはない。
王座の椅子に座っているのが、この国の長である。いつも落ち着いた表情をしていて、慌てているところを見たことは一度も無い。
部屋に入るとすぐに報告を始めて自分が作るシナリオの通りに伝えていく。
「失礼いたします。早速ですが、ご報告させていただきます」
嘘を見抜かれないように視線や声にも最善の注意を払う。
所々で相づちをし、国王は目を瞑りながら話を聞き続けている。普段よりも何倍もの長さに感じる時間の中で報告を続けた。
「以上で報告を終わります。この子に関しては私の方で面倒を見ようと思います。今は孤児院の方もいっぱいで大変だと思いますし、なによりも、何かの運命のようなものを感じるのです」
閉じた目をゆっくりと開ける国王。
「ラウド・グランツよ。此度の貴殿の活躍は偉大だよ。だが、私を騙すのには修行が足りなかったようだな……」
何故だ? これまで気がついた様子はなかったはずなのにどこで間違えた?
「別に攻めているわけではないぞ。何か事情があったのだろう? 私には誰にも教えていない『力』があるんだ。その力がなくともバレバレだがな。今日はそんなに暑いかな? 私は少し寒いぐらいだ」
夕暮れ時には、冷たい風が吹くこの時期に俺の額には汗が浮かんでいた。少し観察力のある人間ならば誰だって気が付くだろう。そんなことにも気が付けないぐらいに私は嘘が下手だった。
「なぜ? 嘘の報告をしている? 何か理由があるなら教えてくれ。今回の魔族進行がいつものとは違うことは私自身も理解している。だから、この規模の戦力を投入したのだ。少し判断が遅かったようだがな……。幸いにもここにいるのは君と私だけ情報が漏れる心配はない」
嘘を貫くのはさすがにもう難しい、諦めて本当のことを伝え協力を仰いだ方が賢明だろう。
「国王、申し訳ありません。今回の報告はほとんどが嘘の報告をしていました。これから話すことがすべてです」
頭を深く下げ謝罪をした後に真実をすべて話した。魔物の量が通常の200倍ほどだったこと、幻の勇者がすべてを焼き払ったこと、そして、私の腕に抱かれ眠っている赤子が幻の勇者達の子供であるということを時間を掛けて伝えていった。
「以上が真実の報告になります」
真剣な表情で一度大きく息を吐いて、国王は立ち上がり私の前に向かって歩いてきた。きっとこの国での役割はここで終わるのだろう。最悪の場合は命すらもない。私が行った行為はそれぐらい罪の重いことなのだから。
「ラウド・グランツ騎士団長。君には期待しているつもりだ。確かに君が危惧する気持ちは分かる。だから、私は今回『剣聖』の功績を称えようと思う。これからも期待しているぞ。あと、もう少し私を信用してくれても良いぞ」
意外な返しに拍子抜けしてしまった。全身から噴き出す汗は急激に引いていく。ここに来るまでの不安はすべて解消されて心に重くのしかかっていた重しは今下ろされた。
「ありがとうございます! これからも期待に答えられるように精一杯精進いたします」
『期待』この言葉に込められている思いは剣聖としての働きだけではない。この赤子をしっかりと育てることも含まれている。むしろ後者の方が大きいだろう。
エルランド・ユーステス。いや、今日からはラウド・ユーステスとして君を見守るよ。
「ユーステス。よろしくな」
眠り続けるこの子には聞こえていないだろう小さな声でささやいた。
報告もすべて完了して、この煌びやかな部屋から解放される一歩手前。私が扉に強く力を込めた瞬間。
「グランツ。子育てで困ったらシャル・フェザー・フィリアのところに相談するといい。ちょうど同じくらいの子がいたはずだ。きっと力になってくれる」
重い扉を片手で押しながら返事をして、その場を後にした。
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