終わりの始まり2

 青く澄んだ空。心地よい風が頬をなでる。その風がくすぐったくて俺は目を覚ました。大きくのびをして体をほぐす。


 体に痛みは感じない。あたりは木々に覆われた自然の中。丁寧にベッドが置かれてあり、そこに寝ていた。


 確か俺は車にはねられて死んだはずなのに何故だろうか?


 あたりを見渡すと本当に何も無い。一カ所だけ木々によって出来た道があるのは分かる。


「車いすが無いんだよなぁ」


 歩くことが出来ない俺にとって必需品が無いので、移動が出来ない。


『おや~。起きたのですか~』


 どこからともなく声が聞こえてくる。おっとりとした可愛らしい女の子の声だった。辺りを見回してもどこにも見当たらない。


『探しても私は見つかりませんよ~。そこの道を進んだところに私はいますよ~。早く来てくださいね~。あと、ファイルも忘れずに持ってきてください~』


 何のことを言っているのかと思ったらベッドの上にファイルが一冊おいてあった。


【神崎優翔ライフヒストリー】という一冊の分厚いファイル。中を見てみると俺のこれまでの人生が事細かくびっしりと記されていた。


 時間を掛けて全部読みたい気持ちはあったが、早く来いと言われているので読むのは諦めた。とりあえずどうやって行けば良いのか分からない。


「歩けないのにどうやって向かえばいいんだよ」


 ボソッと呟くと再び声が聞こえてきた。


「何を言っているのですか~? 歩けるに決まっているじゃないですか~。良いから早く来てくださいね~」


 そう言われて気がついた。自分の足で歩くことが出来ることに。人生で初めて自分の足で一歩を踏み出した。ちょっとぎこちない歩き方になっている。今まで何度も人が歩いている姿を見てきたが、どう体を動かすのかイマイチ理解が出来ない。


 とりあえず、一本しかない道を一冊の分厚いファイルを持って進んで行った。


 辺りの景色はあまり変わらない。どのくらいの時間歩き続けただろう。景色にも飽きてきたところで神秘的な石造りの遺跡のような建物が一件現れた。


 入って良いのか分からずに建物の前に少しの間たたずんでいたが、意を決して中に入っていく。


「お邪魔します」


 中に入ると青白い光を放つゲートのようなものがあり、その横にはカウンターテーブル。それにもたれかかって眠っている一人の少女がいた。ライトグリーンの長い髪の毛が印象的だ。少し幼い顔立ちで気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。白いワンピースを来ている女の子はまるで天使のようだ。


 体を冷やしたらいけないので、着ていた上着を肩から羽織らせておいた。起こすのも申し訳がないので、少しファイルの中身を見て時間を潰すことにしよう。


 生まれてからの楽しかったこと、つらかったこと、好きだった人や苦手だった人。すべてが書かれていた。思い出に浸っているうちに時間はあっという間に流れていった。


 まるで少し遅れた走馬灯のように景色が映し出されてちょっと目眩がしたところでファイルを閉じた。


 それとほぼ同時に居眠りをしていた子が目を覚ました。


「ふわぁ~~~。よく寝た」


 大きくのびをしている彼女は本当に天使のようにかわいかった。思わず見とれていると俺の存在を認識したようだ。


「やっと来てくれたのですか~! 待ってましたよ~」


 勢いよく立ち上がるとわさっと地面に上着が落ちた。待っていたのは俺なんだけどな。


「あれ~。これは誰の上着でしょうか~? もしかして、あなたのですか~?」


 そう言いながら上着を拾い上げて、埃を払ってくれていた。


「風邪引いたら大変だろ。気をつけた方が良いよ」

「えへへ。ありがとうございます~。これ返しますね」


 そう言って上着を手渡してきたので受け取っておいた。


「ところでここはどこなんだ?」


 今まで当たり前のようにこの空間で過ごしてきたが、一番の謎はこれだろう。


「えっと~。ここは『天国』と『現実』の狭間です~?」


 何故か語尾に疑問符が浮かんでいるが、やはり、死後の世界で間違いないようだ。


「それで、俺はこの後どうなるんだ?」

「それはですね~。これから決めるのです~! 本来ならあなたはまだ死ぬ運命ではなかったのです~。ですが~、何かの間違いで人生の幕を閉じてしまったので~、もう一度。違う人生を歩んで貰います~」

「死んだらみんなここに来るのか?」

「そんなわけないですよ~。そしたら、あたし忙しすぎて居眠りなんて出来ないです~」


 居眠りすることが当たり前のように話すことについてはつっこまないでおいた。


「居眠りするなよみたいな顔していますね~。だって~、暇なんですよ~。全然、人が来ないですし~。ここに来るのは『私たちのミスによって死んでしまった人』しかこないですから~」

「君たちのミス?どういうこと?」

「人は皆。生まれた段階で死ぬ運命を授けられる。それまでに起こる「幸福」と「不幸」は均等になるよう作られているのです~。良いことをしたらいつかは自分に帰って来るということもその一つで、「苦労」した分はしっかりと帰ってくる予定なんですが、『幸福を受けきれないで終わってしまう人』もいるのです~。そのように運命のバグを理由に死んだ人はここへやって来ます~」


 そこまで悪くはない人生だったが、まぁ特にいいこともなかった。生まれつき病気があったことに関してはそんなに悪いことではなかったが、恐らくそれが大きな不幸と受け取られているのだろう。


「ところで、俺はどんな風に生まれ変わるんだ?」

「それはもう大体決まっていますが、言えないです~。最後にそのファイルの中をチェックしたら準備完了ですよ~。ほら、貸してくださいです~!」


 渡すように催促してくるが正直渡したくはなかった。すごい恥ずかしい。黒歴史が詰まっているポエム集を見つかることよりも恥ずかしい。だって全部書いてあるんだぜ?


「良いから早くするのです~!」


 そう言いながら俺が持っているファイルを力一杯引っ張っている姿は控えめに言っても可愛すぎだった。諦めてファイルを見せることにしよう。


「引っ張らないでくれ。今渡すから」

「分かればいいのです~。ちょっと読んでくるから、3分待っていてほしいです~」


 3分で読める量では無いと思うのだが、3分待つことにした。女の子は元いた椅子に座り机の上に本を置いた。そのまま本を開くことはなく、目を瞑っている。


 3分が経とうとした頃に、女の子が突然静かに涙を流していた。


「だ、大丈夫か?」

「はい……。大丈夫です~。ちょっと取り乱しました。すみませんです~。お兄さんはいろいろと苦労していたのですね。先ほどはすいませんでした」


 ぺこりと頭を下げて謝っている。何のことだか分からなかった。


「ほら~『歩けるに決まっているじゃないですか~』っていったけど、お兄さんにとっては当たり前なんかじゃなかった。本当にごめんなさい」

「いいよ。そんなこと気にしていないし、ここに来て初めて歩くことが出来た。そんなに謝らないで、それに君が教えてくれなければ、俺はここまで来られなかったんだよ。だから俺は言わせて貰うよ。教えてくれてサンキューな」


 可能な限りの笑顔でそう答えると、笑顔を返してくれた。やっぱり笑顔が似合う子だ。泣いているなんてもったいない。


「お兄さんはいい人です~。さぁ、それじゃ~、そろそろ準備も出来たので、新しい一歩を踏み出しましょうか~!」

「え? ファイル全部呼んだのか? あの量を短時間で?」

「当たり前じゃないですか~。小学校1年生の時の担任の先生が好きだったこととか、中学校に入ってからのポエム集のこととかしっかりと目を通しましたよ~」


 ニヤニヤと笑っている少女の姿を見るとすごく恥ずかしい気持ちになり顔面が沸騰してしまいそうだ。


「大丈夫ですよ~。誰にも言わないので、安心してください~。未来についても記されているのですが……」

「え! 未来ってことは高校に行っていたらってことか?」

「そうですよ~。羨ましいほどの良いことずくめが待っていましたよ~」

「そうだったのか……。少し残念だな」

「大丈夫です~。次の世界でも良いことは待っていますよ~。楽しんでくださいね~。それじゃ、こちらに来て貰っても良いですか~?」


 そう言って立ち上がった女の子は青白い光を放つゲートの前に移動して、俺に手招きをしている。


「それはなんだ?」

「これは『異界の扉』です~。新しい世界の入り口ですよ~。しっかり準備を済ませてあるので、後は飛び込むだけです~。さぁさぁ、レッツ・ゴーです~!」


 新しい世界の入り口に何が起こるか分からない不安が心を覆う。不安により一歩を踏み出せないでいた。


「大丈夫です。いつだって私は見ていますよ。しっかり餞別まで付けたんですよ~」

「餞別って何だ?」

「それは、お兄さんがここに来たことを忘れなければ、いつか分かるかもしれませんが、分からなくても役に立ってくれますよ」


 先ほどまでの幼い話し方ではなく。優しさに満ちあふれた声。それが少しの勇気をくれた。その力を使い一歩を踏み出した。体が青白い光に飲み込まれ始めた頃。俺は大切なことを思い出した。


「名前!君の名前は!?」


 もう体のほぼすべてを光に包まれている中。俺の声は聞こえていないようだった。光に体を預ける足は地面についていない。方向感覚はとうにない。徐々に体が青い粒子に変わっていく最中に微かに声が聞き超えた気がした。


「『シルフィー』みんなそう呼んでるです~。お兄さん頑張ってね!応援してるですよ~!いつ……ま……」


 最後まで何を言っていたのか聞くことは出来なかったが、応援してくれているシルフィーに笑われないように頑張らなければいけない。


「シルフィーありがとうな」


 そう心で唱え意識を完全に手放した。



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